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純白の彼女  作者: りん
2/4

【2】

「苑子さん、ごめんなさいね。既製品(プレタポルテ)をサイズ直ししてもらうしかないのかしら。……どうしましょう」

「わたしはオーダーメイドでなくても構いません。デザインもたくさんあるでしょうから、きっと選ぶのも楽しいですわ」

 屈託ない笑顔の苑子に、理久の母親も少しは怒りが鎮まったようだ。


「本当に申し訳ないわ。こちらならいろいろ行き届いていて安心だと思ったのに。……それにしても苑子さんは、こんな場合でも動じないできちんとしていらっしゃって。さすがですわね」

 お育ちが良いから、とまではそれこそ露骨なので口には出さないものの、彼女の内心が透けて見えた。

 そう。苑子はめぐみのような平凡なサラリーマンの娘とは違う。

 名声や金だけではなく、容姿にも恵まれていた。その上惜しみなく注がれた愛情に包まれ育まれた彼女は、心まで美しい。

 誰にでも愛される、世の中には悪意なんてないと信じている、清廉なお姫様。


 めぐみは己が苑子の足元にも及ばないと自覚している。

 本来なら、唯一上に立てる可能性のある社会人経験さえ敵わなかった。

 結婚が決まって職を辞すまで、苑子は父親の会社で正社員として働いていたのだ。


 理久があっという間に心変わりしたのも無理はない、とめぐみも頭では理解している。

 人間ならば、少しでも条件の良い方に行きたいのは当たり前ではないか? しかも『少し』などという差ではないのだから猶更のこと。


 苑子が何一つ悪くないのも重々承知だ。

 大学で最も仲の良かった友人。あらゆる意味で対等とは評せないめぐみにも、彼女はごく自然に接して来た。

 絶対に、自分から男に誘いを掛けるような子ではない。

 それに何より苑子は、彼がめぐみの恋人だという事実すら知らなかった。紹介したこともないのだから当然なのだが。

 今にして思えば理久は、めぐみと付き合っていることを公にはしたくなかったのだろう。


「めぐみちゃん、わたし男の人に交際を申し込まれたの。三歳上でね、誠実そうな感じのいい方だからお受けしようかと思ってるのよ」

 一年前、苑子にそう打ち明けられたときも応援していたくらいなのだ。

 まさか相手が理久(彼氏)だなどと、まったくの想定外だった。


 ただ彼が一方的に、めぐみと会っていた苑子を見掛けて惹かれただけ。

 入り口は外見だとしても、おそらくは彼女の背景(バックグラウンド)を察知して乗り換えただけ。

 別れを突き付けられるまで、めぐみはそのことに気づかなかった。

 正直に告げることが誠意だと勘違いしたらしい理久が、表面的な経緯はすべて話してくれた。


「苑子さんを愛してしまった。彼女には何も言わないでほしい。俺だけが悪いんだ」

 本音は誤魔化したまま無駄に熱意を込めて語る、恋人だった男。

 ただ一言、「お前より苑子さんの方が『上』だから」で片がつく話なのに。

 彼はきっとめぐみのことは、真剣な結婚対象としては見ていなかったはずだ。一時的な遊び相手だと思われていたとまで、自分で矮小化したくはなかったのだが。

 それはもう早いうちからわかっていた。どこをどう取っても理久とは釣り合わない。

 苑子と同級だった大学のレベルはともかく、就職活動(就活)にも失敗してどうにか日々を過ごしているようなめぐみでは。

 いや、それ以前に家の格の問題か。


 けれど少しくらいは悩んでくれる、考えてくれるとどこかで期待していた。

 結果的には叶わなくとも、めぐみが理久と結婚できる日は来なくとも。

 苦悩の末に別れが訪れても、二人の時間は心の奥に温かい想い出として残してくれる、と。

 そんなささやかな希望さえ、彼はあっさり打ち砕いた。


 過干渉で厳しいと聞かされていた母親も、相手が苑子なら大歓迎だったのではないか。

 実際に理久の家の方が平身低頭でお迎えするくらいの立場なのだ。

 めぐみが大人しく引き下がる義理などどこにもない。すべて暴露してやればよかった。

 苑子に「あんたが結婚する『紳士で素敵』な彼はあたしのお古よ。顔と打算で女を選ぶクズよ!」と。

 しかしどうしても口に出せなかった。それではあまりにも自分が惨め過ぎる。

 所詮その程度の男なのだ、と結婚してから思い知ればいい。そんな薄暗い感情がまったくなかったわけでもない。

 これも単なる負け惜しみなのかもしれなかった。それとも僻みか、逆恨みか?


 ──だからこんなことしちゃったのかな。どうせ何も変わらないのに。


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