青くない髭
「あの部屋の扉をあけてはいけない」
私は夫の言葉に、顔を上げた。濃い茶色の髭が縁取る夫の顔が不機嫌になった。夫の髭が青くないことが残念だ。
「お前、例の童話を思い浮かべただろう」
開拓伯を継いだばかりの偉丈夫の拗ねたような口調に、私は笑みを抑えられなくなった。
「申し訳ありません。でも、面白いではありませんか」
「父母の置き土産だ。資産価値はないが、忙しくて片付ける暇がなかった。代りになんとかしておけと言われた」
大きな体の夫から、体格に相応しい巨大な溜息が吐き出された。
「価値はなくとも、今まで置いておられたものを勝手に処分してよろしいのでしょうか」
私の疑問に夫が大きく頷いた。
「私もそう思う。両親の言葉を真に受けて捨てたらしかられそうだ。あの部屋の扉は開けるな。勝手に隠居と洒落込んでくれた両親の片付けなどあとでよい。お前が過ごしやすいようにするほうが先だ」
「ありがとうございます」
夫がようやく笑顔になった。
夫は、私が敬愛する兄である王太子の大親友だ。容姿端麗頭脳明晰と評判の兄と、勇猛果敢質実剛健と評される夫の間に共通点はない。それがよかったのか、真逆の二人は、両親同士が仲が良かったこともあり、物心つく前からの親友だ。
幼い頃から私は、温室育ちの花のように儚く美しい兄でなく、大地に根を張り空に向かって咲き誇る花のような兄の友達に夢中だった。少年時代の夫「熊しゃんのお兄たま」に背負われている幼い私の肖像画が城にあるくらいだ。
年頃になった私は、兄の劣化品である周辺国の王侯貴族に嫁ぐのは嫌だと主張し、兄を喜ばせ両親を落胆させた。嘆いた両親は、王都から遠く離れた地へ私が嫁ぐことを渋々了承してくれた。夫は私だけの「熊さん」だ。
「一度は開けて掃除をしませんか」
私は夫に提案した。
「あの部屋か」
夫はますます太く逞しくなった腕を組んだ。
「面倒で気が進まないが、これからますます忙しくなるしな。一度中を見てみよう」
ゆっくりときしみながら扉が開く。
「あら、まぁ」
入口近くにおいてあったのは木馬だ。夫は部屋の中を見て呆けている。
「素敵なお部屋ですこと」
義両親の子育ての思い出が詰まった部屋に私は胸が一杯になった。義父母の照れくさそうな笑顔が見えるようだ。
「思い出を沢山増やしてきましょうね」
夫は、木馬を撫でた私の膨らんだ腹に、優しく触れてくれた。
お楽しみいただいていますでしょうか。 他にも作品ございますので、是非ご覧いただけましたら幸いです。
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これからも、朝のひととき、お楽しみいただけましたら幸いです