十三歳 六月二十八日
よくよく考えたら、誕生日の事なんて覚えてないんだよな。
「ハッピーバースデートゥーユー」
よく耳にするバースデーソング。手拍子のリズムに合わせて母と姉と舌足らずにも弟が歌っている。僕も照れながらも家族の「おめでとう!」の合図で太い一本のロウソクと対照して細い三本のロウソクの火を消した。昼間なのでロマンとか感動とか、そういうのはない。でも燈芯が燃える臭いとロウが溶ける臭いが混ざった臭いは毎年、年齢を重ねる感覚を味あわせてくれる。ふぅっと一気にロウソクの火を消し、三人の拍手喝采で祝われる気分は中々悪くない。僕がお願いしていたチョコレート色のホールケーキを義母さんが切り分けていく。僕はジュースとグラスを用意し、姉がフォークと皿を並べていく。いつも通りの食卓風景なのだが、特別感は底知れない。
「父さんは夜までには帰るんでしょ?」
僕が義母さんに聞く。
土曜日なのに出勤らしい父は朝は早くに出て、夜は遅くに帰る。大人になったらこんな感じになるんだろうか。いや、僕は父さんのようにはならない。成績も優秀な訳だし、教育大学に行って教師になる。そんな事を脳裏に浮かべながらケーキが分けられるのを待った。
「うーん、流石に夜外食するし帰ってくるんじゃない?あ、プレゼント持ってきて!」
プレゼント。そういえばあったな。欲しい物をお願いしたら即答で却下されたから仕方なく、別に欲しくない家計に迷惑を掛けないような物を買ってもらっていたっけ。何を頼んだかは覚えてないんだけど。
「おめでとー、はいコレ」
姉から渡された紙袋には、青い財布が入っていた。財布なんて百均で買ったミニ財布しか無かったからありがたい。流石は我が姉、かゆい所に手が届くような配慮だ。
「おにたん、はい」
弟が自分で書いた手紙と両親から渡されていたプレゼントを渡してくる。拙い文字で書かれた手紙には微笑ましいものがある。
箱に包まれていたプレゼントは────
───風呂上がり、自室でいつも通り勉強をする。スタンドライトを点け、ぼんやりとした光の中で鉛筆が踊る。計算。テキストの反復。論理回答。テキパキと済ませ、明日に備えて必要な教科書を指定カバンに詰め込み、布団に潜る。明日も部活だ。一年組の僕達は基礎トレーニングとか、筋トレとかそんなもんだろうけど。
今日の事を反芻する。部活は午前中に終わった。一番仲の良い柊香と学校へ向かっていた。
「今日、誕生日じゃん!」
いつもは静かな柊香が、声を上げたので僕は少々狼狽える。
「うお、なんだよ急に。うるさいな」
僕は、元々口が良い方ではない。思ったことをそのまま口にしてしまう。大方、言った後に後悔はする。
そして案の定、柊香はむくれながら、
「なぁに、その態度!折角この私が祝ってあげてるのに!プレゼントあげない!」
と、更に声を上げて言った。
「いいよどうせ誰も覚えてないんだし。それにプレゼントって…元から用意なんてしてないだろ」
「うぐ…まぁ……ハハ」
僕の鋭い指摘に柊香も面食らったようで苦笑する。やっぱりか、口から出任せはお手の物だなまったく。
「今日、部活何するのかなー」
少しの沈黙の後、僕が口を開く。何となく、気まずかったからとりあえずしゃべった。
「いつも通りでしょ。素振り、筋トレ、縄跳び、打ち合い。先輩達も全道大会だし、調整いるんじゃない?」
「そうだな」
軽く雑談をしていると、すぐに学校に着いた。そして柊香の言った通りのメニューが僕らを待ち構えていた。
こんなもんか。その後は昼飯を食べて、プレゼントをもらって、夜は外食、寿司を食いに行った…気がする。昼頃から記憶は飛び飛びだ。
「わかんないな…」
布団からガバッと起き上がり、再度明かりを点ける。引き出しを開いて、何重かに重ねたノートから真ん中辺りのノートを取り出す。
創作。こういう時は何か書くに限る。ただ、姉以外の家族にこんなの見られたくないし、分からないように周到に普通のノートと重ねて置くのだ。
SF、リアルホラー、ファンタジー、転生モノ。うん、今日はこないだからの続き、ファンタジー物のストーリーを作っていこう。主人公は惨めな少年。どうせなら僕を落とすところまで落としてくれ、と思ったら作られていたキャラクター。また筆を踊らせていく。思いつく限り、書き散らしていく。多少真面になった字体は“それ”を小説原画と言わしめるようなものだった。原稿用紙だったら完璧かな。
書く。書く。書く………。
紙と擦れる音が心地良くて、ほぼ考える事無く考えていく。どうせ使わなくなったノートだ。添削なんて後で考えればいい。
二十三時。時間的にはまだ書ける。が、次第に書く手が止まってきた。もう案は尽きたか…多少眠気を誘えたし、もうそろそろ寝るか。おやすみ。
───犬が欲しい!
───ダメだ。弟たちの事は考えてるのか?
───え〜、じゃあ○○は?やりたいゲームが…
───どうせすぐに壊すだろ。お前。
───あ……
───それに、こないだ言ってなかったか?教師になるんだろう?それなら勉強をしなさい。目標があるんだから。
───………わかったよ。じゃあ……
翌日、目が覚めた時、俺はまず柊香といつも通りの話をしようと思った。