光闇戦線6
六、龍福家
三年生を叱りつけた後、龍福和勝は自室へ戻った。
「はあ」
和勝はため息をついた。明日のことを考えると憂鬱だった。和勝が生まれた家である龍福家は五大光家の中でも特に闇獣を忌み嫌っていた。しかし、和勝は闇獣にもいい奴はいるのではないかと思っていた。和勝は顔も名前も覚えていないが、幼い頃、偉零と共に闇獣と友達になったことがある。だが、和勝と偉零が五大光家の人間であった為、その闇獣は五大光家に見つかり、酷い仕打ちを受けた。そのことを和勝は悔やんでいる。和勝はその日のことを思い出し、怒りが湧いてきた。闇獣の全てを否定する家族や友を守れなかった自分自身に対する怒りだ。
不意に携帯が鳴った。和勝が携帯を見ると、父親から今日家に帰るように、というメッセージが入っていた。和勝はまたため息をつき、ゆっくりと帰る支度を始める。正直言って帰りたくない。家族に会うのが嫌で仕方がなかった。それほど家は居心地が悪かった。
(でも、偉零も来るしな)
和勝は自分よりも家の居心地は悪いであろう偉零のことを考えた。偉零の生まれた家である二条家は強さが全てという考えを持っている。なので、強くならない偉零のことをよく思っていないのだ。和勝は用意ができたので部屋を出て、龍福家に向かった。
*****
同じ頃、壱樹も帰ってこいというメッセージが来たので、部屋を出て、二条家に向かっていた。
「壱樹」
後ろから声がかかったので振り向くと偉零がいた。
「お前も家に呼ばれたのか」
「うん」
偉零の質問に壱樹は頷いた。
「そうか。俺もだ」
壱樹と偉零は並んで歩き出す。
「俺はちょっと憂鬱だな。家に帰るの」
「僕も居心地がいいとは言えないな」
「壱樹は強いから二条家は歓迎してると思うよ。他の五大光家は知らないけど。そう言えば、壱樹が二条家に来て二ヶ月ぐらい経ったっけ?」
「それぐらいだな」
「だよな。あーあ、俺ももっと強くなりたいんだけどな。父さんが修行で言ってることとか全く意味わかんないよ」
「偉零は弱いのに何でそんなに強くなりたいんだ?」
「和勝ってさ、めっちゃ強いんだよ。俺、あいつの親友だと思ってるから並び立てるようになりたいんだ」
「ちょっと目標が高すぎると思う」
「ははは。だよなー」
壱樹と偉零は話しながら家へ向かった。
*****
光雅は五大光家の集まりがある日、早くに目を覚ました。五大光家の集まりとやらを見に行こうと思ったのだ。だが、考えてみれば依采も壱樹も和勝も五大光家なので、頼りがいない。二、三年生には五大光家でない人もいるが、ろくに話したことがない。とりあえず外に出てみるか、と思い、光雅は部屋を出て、学生寮の出入り口に向かった。その途中、二年の鳳右大にあった。
「あれ?鳳先輩、だよな?」
「…うん。あってるよ」
「先輩、五大光家の集まりってどこでやってるんですか?」
「…君、見に行こうとしてる?」
「してます」
「…僕も…見に行くから…一緒に行く?」
「行きます」
「…バレないようにしてね…左紀ちゃんに怒られるかもしれないから」
「わかりました!」
光雅は右大についていき、大きな和風の家にたどり着いた。右大はその家の庭の茂みに隠れた。
「光雅くんも…こっちきて。ここなら多分…見つからないから…」
右大にそう言われたので、光雅は右大の隣に行き、身を隠す。
「今日は…龍福家に集まるみたい…。ここが和勝先生が…育った家だよ…。あ、ほら和勝先生いた」
右大が指差した方向を見ると、和勝と和勝によく似た小さな男の子がいた。
*****
和勝は五大光家が集まる部屋に行く途中、弟の和夏にあった。
「あ、お兄ちゃん!」
「和夏か。久しぶりだな」
和勝はこの弟のことが苦手だった。昔、友達になった闇獣が
「俺は兄弟のことが大好きなんだ」と満面の笑みで言っていたのを不意に和勝は思い出したが、和勝は弟のことが好きとは言えねぇな、と思った。歳はだいぶ離れているので、共に遊んだりする時期もなく、兄弟というよりはただの親戚のような感じだった。自分の弟なのだが、龍福家の人間なので、両親の闇獣への考えを受け継いでいると思うと、どうしても愛情が湧いてこなかった。しかし、和勝が弟に苦手意識を抱くのには他に理由があった。
「今日、壱樹くんも来るんだよね?嬉しいなー!会いたいなー!」
これが和勝が弟のことが苦手な理由だ。和夏は壱樹のファンのようなものなのだ。壱樹が初めて二条家に現れたとき、壱樹の現時点の能力を確かめる為、試合を行ったのだが、その時の試合を見て壱樹に憧れてしまったのだ。和勝は壱樹のことが嫌いなので、複雑だった。だが、生徒である壱樹を嫌い、よく衝突しているなんて弟には知られたくなかった。そう思う兄としてのプライドが和勝にはあった。
「何でそんなに壱樹が好きなんだ」
「だってかっこいいじゃん!和夏、壱樹くんに会えるの楽しみにしてたんだよ。お兄ちゃんに久しぶり会えるのも楽しみだったけど」
そう言って和夏は無邪気に笑った。俺はこんなところに帰ってきたくねぇよ、というまだ七歳の弟に言うには大人がなさすぎる言葉を和勝は言いそうになったが、ぎりぎりのところで飲み込んだ。急に無言になった和勝に和夏は不安そうな顔をしたが、座って待ってよう、と声をかけ、和勝と共に集まりがある部屋に入った。和勝は和夏の隣に座り、皆が集まるのを待った。
*****
光雅は茂みに隠れて和勝と和夏の話を聞いていた。
(和勝先生の弟は壱樹のこと好きなんだ…。兄弟で全然違うんだな)
光雅がそう思っていると、和勝と和夏が待っている部屋に段々と龍福家の人間が集まり始めた。和勝とよく似た顔の男が和勝と和夏の方に近づいた。和夏がその男に気づき、お父さん、と声をかけた。和勝の父であるその男は和夏の方を横目で見てから和勝に話しかけた。
「帰ってきたなら挨拶しにこいといつも言っているだろう?なぜ来なかった?」
「お前なんかに会いたくねぇよ」
和勝は父に向かって刺々しく答えた。
(和勝先生、家族と仲良くないんだな)
光雅はその様子を見てそう思った。
「まあいい。人型B級の闇獣が紫千の森で現れたらしい。倒しに行ってこい」
「お前が行けばいいだろ。ああ、そうか。人型B級も倒せないぐらい、お前弱ぇもんな」
「いいから行ってこい。俺はお前に期待しているんだ」
「チッ」
和勝は舌打ちをしながらも立ち上がり、部屋を出ようとする。
「いい加減、闇獣にいい奴もいるという甘い考えを捨てろよ」
和勝の父は和勝にそう言った。和勝はその言葉に苛立ったようで拳を握りしめ、もう一度舌打ちをした。和勝は光雅たちが隠れている茂みの横を通り、家を出ていった。光雅は和勝が横を通ったとき、横目で見られ、一瞬目があった気がした。しかし、何も言われなかったので、多分大丈夫だろ、と光雅は思った。