92話 男装の麗人(上) 化粧士
男装の麗人って、普通女性ですよね。
(明日、日曜日の投稿はありません)
「わぁぁ。レオンちゃん。久しぶりぃ」
いつもの露出が多い部屋着姿で、アデルが迎えてくれた。すぐ抱き付かれる。
後ろ手に彼女の部屋の扉を閉めて、錠を掛ける。
少し酒臭い。結構飲まされたな。
サロメア歌劇団の4月公演は、大好評の内に今日で終了した。
なかでも、初主演となったアデルの評判は凄まじく。早くも名優候補出現とか、大器の片鱗ありありとか、褒め千切った活字が躍る新聞や雑誌がたくさん出回っている。
公演が始まる前は、ギュスターブ大劇場前だけだったアデルの役者絵看板も、いくつも街で見掛けるようになった。システムで見るような本人そっくりの像でもないが、確かに似てはいる。おそらく、街を歩けば彼女があの新進男役だと、多くの者が気が付く程度には。
そのせいかどうか。
おとといの夜の部に見に行った劇場でも、公演2日目に行ったときとは、打って変わった雰囲気だった。その時も混雑はしていたのだが、客の表情が華やいで見えた。
「うん。久しぶり」
ここに来るのも2週間ぶりだ。
「今夜は来てくれないのかと思った」
「えっ?」
打ち上げという会があると聞いていたので、今夜は10時を過ぎてからやってきたのだ。
「だって、レオンちゃんは、若くてかわいい子に囲まれているからさ、目移りするのじゃないかと思って」
「ははは、僕がアデル以外はそういう目で見てないって、知ってて言ってるよね」
そもそも、誰かに恋をしたのも彼女だけだ。
「そっ、そうかなあ。うれしい。公演をがんばったかいがあったわ。中に、中に入って」
居間に入ると、いくつも花束がテーブルの上に置いてある。
「たくさんお花をもらっているけれど、僕からも」
魔導収納から、赤い花束を出して、膝をついて捧げるように差し出す。
「わああ、私の好きな花だ。あり、が、と……」
えっ。
見上げると、アデルの頬を幾筋も涙が滴っていた。
「アデル!」
たまらず、立ち上がって抱きしめる。
「うぅぅ、うん。今まで言っていなかったけど。怖かったぁ……凍えるぐらい、怖かったの」
公演が始まってから2回逢ったけれど。そんなことは言っていなかった。
美しい顔が、今は随分幼く見える。
「んん」
「だってね、私なんか、イズンさんの代わりができるわけないじゃない」
男役の大女優か。
「客席の目が全部私の方を向くのよ。ああ、歌詞が飛んだら? 声が裏返ったらどうしよう、どうしようって。初日から3日ぐらいは、足が竦んだわ」
「ちゃんとできていたよ。僕が行った時は2回とも、うっとりするような歌だった」
「うぅ……ん。私は男役だから、仮面を被ってたの。顔だけじゃない、全身」
仮面。
「そうなの?」
「うん」
「でも、教えてくれた決め姿をやると、背中にレオンちゃんが居るような、支えてくれているような暖かさがあって救われるんだよ」
「ふふっ。少しは効果があったんだ」
「うん。絶大」
「そうかそうか」
「それでやっと客席が見られたの、誰も私を睨んではいなかった」
「そりゃあ、そうだよ」
「うぅん最初は違った───気もするんだよねえ」
鋭いな。たぶん、みんな最初は疑っていたんだと思う、アデルの力量を。
「ただ、この頃は、結構うっとりしているように感じるんだよねえ。私も、足元からじわじわって、何かしびれるような、にじり上がってきて。あぁ俳優になってよかったぁって」
うん。
「でも、さっきわかったの」
「さっき?」
「それでも、まだ仮面が脱げてなかったって。レオンちゃんに抱き付いて、何か解けるような……」
愛おしさがこみ上げて、再び抱き締めた。
† † †
停車場で待っていると、馬車鉄がやって来た。
見知った顔2人と、もう2人、計4人の女子が降りてきた。
「おはようございます」
「お迎えありがとう。レオン君」
ローブ姿でない、オデットさんとバルバラさんを初めて見た。
「3年のヘレン先輩と2年のゲルダ先輩です」
理工学科の模擬店をやるにあたって、最初は1年生だけ動いていたのだが、途中から上級生も参加してくれるようになった。
余りよくは知らないけれど、裏でミドガン先輩が動いていてくれるらしい。
「よろしく。レオン君」
「よろしく」
この2人が協力してくれる女子の先輩か。
両人ともほっそりとした体形だ。目を引くような美貌とは言えないが、今回の件には意外と良いかもしれない。
「よろしくお願いします。では行きましよう」
「あっ、えっ、そっちなの?」
「ああ、今日行くのは支店じゃなくて、寮です」
「寮?」
「ええ」
寮といっても住んでいる人はごくわずかで、使い方としてはエミリアから上京した従業員が滞在する方が大多数らしい。入試の時の僕もそうだったし。
少し歩いて、寮に入る。
「結構大きい建物ね」
ええという言葉も聞こえた。大学にはもっとでかい建物があるけどな。
「えっ、勝手に入っていって良いの?」
「大丈夫。停車場に行く前に来ていましたので」
玄関から上がり込み、廊下を歩いて広間に入る。中で6人の女性が待っていた。
「うわぁ。綺麗な人」
「ちょっと待って、あの人って」
「まさか?」
僕に聞こえるぎりぎりの声が横から聞こえる。
僕とオデットさんは、彼女たちの前に進んだが。残りの3人は、広間の入口に滞っていた。
「責任者のオデットと申します。よろしくお願いします……先輩方!」
後に並んだ3人がそわそわし始めたので、少し声を荒げている。
「ああ、ヘレンです」
「ゲルダです」
「バルバラです。よろしくお願いします」
「アデルさん。この4人です」
「そう。サロメア大学の皆さんね。ようこそ。アデレードと申します」
わぁ、やっぱりとか声が上がる。
バルバラさんと先輩2人は、待ち構えていた内の中央の人物が、誰か気が付いたようだ。
すっかりアデルも有名人だな。
「ちょっと、なんなの?」
事態が飲み込めていないオデットさんを、バルバラさんが引っ張った。4人で頭を寄せて、談合を始めた。まあそうなるよな。
「えっ……歌劇団? うそぉ? 本当?」
終わったようだ。
「大変失礼しました。あっ、あのう……アデレードさんが、サロメア歌劇団の俳優というのは?」
「はい。そうですよ。歌劇団白組所属、アデレードと申します」
きゃぁぁぁーーと先輩方が騒ぎ始める。
「しっ、静かにして! すみません。そっ、その、アデレードさんが、なぜここへ来ていただけたのでしょうか?」
敬語になってる。
「えっ? レオンちゃん、皆さんに言ってないの?」
レオンちゃん? とか、小声が聞こえてくる。
「いやあ、言っても信じないかと思いまして」
「もう! それでね、レオンちゃんは、私の従弟なの」
「いっ、いとこ?」
「そう。わたしはここの支店長の娘でね。ああ、オデットさんとバルバラさんだっけ? 2人は父に会ったのよね?」
「あっ、はい」
「それで、その時に居合わせた副会頭さん、その子供がレオンちゃん。だから従弟」
「なっ、なるほど」
「えーと。紹介が途中でした」
アデルが僕に手のひらを向けた。
「それは、わたしから。まず私の専属化粧士マルガリータさん。通称ガリーさん」
「よろしく」
さっき絡まれた人だ。30歳くらいの細身の人で、髪が短い。
「それから……」
4人の若い化粧士が紹介された。
「みんな、私が所属する白組の化粧士でね、ガリーさんが声を掛けたら、面白そうだって、休みなのに来てくれたの」
「恐縮です」
「うん。彼女たちは化粧士としては一人前なんだけど、男役というか男装の化粧は、ほぼやったことはないから、勉強になるだろうと思って、呼びかけてみたのよ」
そういう動機もあるのだろうが、やはりガリーさんの顔が利いたのだろう。後はアデルの存在も大きい。
「いずれにしても。あなた方の見た目を変えて、意識を追い付かせましょう」
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訂正履歴
2024/03/31 誤字訂正
2025/04/02 誤字訂正 (花猫さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (ひささと よみとさん ありがとうございます)