90話 折衝(下) 麗しの君
昔は壁にポスターだったけど、今は待ち受け画像かなあ。
思わず珍妙な声を出してしまった。
「ああっ! 麗しの君!」
オデットさんに、対面していた女子学生が、僕を指さして叫んだ。
悪夢だ。
「麗しの? ……レオン君、イザベラさんと知り合いなの?」
「いいえ!」
「えぇぇ、つれないなあ」
嫌な過去のできごとが脳裏によみがえってくる。
「話はオデットさんに任せます。僕はこれで」
素早く振り返ったのだが、ローブの裾をがっつりオデットさんにつかまれた。
「ちょっと何を言っているのよ。逃がさないわよ」
「へえ、レオンっていうお名前なんですねえ」
ぐっ、名前を覚えられてしまった。
「麗し……とは、じっくり後で話し合うとして。ボクに何の用?」
不審そうな顔で、オデットさんが僕を睨み付けたあと、3年生へ向き直った。
「用件は大学祭の件です。イザベラさんは絵画学科の展示責任者ですよね」
「そうそう。そうか。どこかで見た顔だと思ったら、オデットさんだっけ。総会にいたね」
「はい。実は、私たちもランスバッハ講堂を模擬店として使わせてもらおうって思っていまして」
うわっ。あからさまに嫌そうな顔になった。
「そうなんだ。われわれ絵画学科が、例年あそこを単独で押さえていることは知っているよね?!」
「はい。それであいさつをと思いまして」
「単独で押さえるのは、ちゃんとした理由があるんだよ」
そうでしょうね。
「ボクたちの絵画を飾るには、それにふさわしい厳かな雰囲気が良いの。他の店があったりすると、それが壊れるでしょう?」
ふぅむ。
うちの芸術学部は、入学試験の競争率が相当高いと聞いている。
そのせいかどうかはともかくも、先輩の描き掛けの油絵は、かなりうまい。まあ静物の写実画だからか、素人の僕にもそう思える。
確かに厳かな環境で展示するのはふさわしいだろうな、納得せざるを得ない。
「いっ、いえ。ウチの店が入ったからといって、雰囲気が壊れるとは限らないですよね」
「確かに、南側の区画は毎年使わないから空いているよ。でもそこに何か入ってほしいわけじゃなくて、直射日光が当たるのが嫌だからだよ。絵に悪いからね。模擬店が来たら、騒がしくなるんじゃない? そんなことをされたら、台無しになるんだよね」
なるほど、彼女の言い分はわかる
「いえ。そんなことはありません。喫茶をやる予定ですが、こちらも至って厳かです」
「本当?」
なぜ僕の方を見る。
ほら、隣でイライラを募らせて居るぞ。
「レオン様は、どう思う?」
様って。
「彼女が言った通りです」
「いやあ、レオン様の口から聞きたいの」
おっ。だめそうだ。顔が真っ赤になっている
「あの、先輩に向かって不遜だと思いますが、いくら何でも失礼じゃないでしょうか?」
いいぞ! もっと言え。
「そうかなあ」
「レオン君も、鼻の下を伸ばしていないで、状況を説明しなさい! 実は知り合いなんでしょ?!」
おっと、こっちに矛先が向いた。そもそもそんな物は伸ばしていない。
たしかに、この先輩は、よく見ると容姿は整ってはいるけれど。それ以前の問題だ。
「えーと。11月ぐらいだったか。学食を出たところで、この先輩に声を掛けられたんだ、絵のモデルになってくれって」
「はっ?」
そういえば、そのときイザベラって名乗っていた気がする。意図的に記憶から消したけれど。
「そうそう。できれば裸婦像を描かせてって頼んだよねえ」
「裸婦?」
「もちろん僕は男だって言って断ったよ」
ああって、顔をするな。
「そうしたら、美少年の裸だったらもっと良いとか言いだして」
「だって、より詩的になるじゃない。でもきっぱり断られちゃって。避けられるようになった」
「何度もしつこく頼むからじゃないですか」
がっくりするな、そうしたいのはこっちの方だ。
ん? 余りに呆れたのか、オデットさんの怒りが霧消していた。
「そうだ! 本当に、雰囲気を壊さないって誓えるなら、出店しても構わないよ」
「おおっ!」
「ただし、条件があるわ」
話の展開が読めた。
「オデットさん、帰りますよ」
「ちょっと待ってよ。先輩が言うその条件というのを聞いても遅くはないわ」
意外に冷静だ。
「簡単なことよ。レオン様に絵のモデルを頼みたいの。時間は取らせないわ。素描だけ付き合ってくれれば良いから。ああ、裸になれとは言わない半裸で良いから。同好の士、4、5人に声は掛かるけど」
「いえ、お断りします」
「待った、レオン君」
はっ?
「私とバルにあれをやらせるのだから、レオン君も対価を払っても良いわよね」
†
憂鬱だ。
結局、絵のモデルを引き受けさせられてしまった。
いや、彼女たちの方は目的に直結しているが、僕の方は明らかに生け贄だ。んん? ヒトバシラってなんだ? 最近思考に意味不明な言葉がよく浮かぶ、
食欲が……まあ食べるけどね。
深皿にスプーンを突っ込んで口に運ぶ。ここの料理は地味にうまいよな。安いし。
「いたいた」
「ディア、ベル。久しぶり」
「うん、ひさしぶり……って、ちがう」
何だか不機嫌そうだ。それも僕に。
2人は、トレイを置いて僕の前に並んで座った。
「なんなの?」
「レオン、見たぞ」
ディアも横でうんうんとうなずいている。
何を?
「レオン、オデットと、昨日の授業後一緒に歩いていただろ。どういうことだよ、私たちが気に入らないって言ってあっただだろう」
「ああ」
そういえば。管理部に行くときに、教練場の横をオデットさんと2人で歩いたけど、あそこを見られたのか。そういえば、何人か教練場で運動していたけど、その中に居たらしい。
「まあまあ、ベル。レオンが誰と仲良くしても別に良いけれど」
「そうだけど。相手が相手だ、説明してくれてもいいんじゃないか?」
「別になにもやましくないし、かくすことでもない。大学祭が全部悪いんだ」
「大学祭?」
「そういえば、うちの委員が、オデットが理工学科の委員になったって言ってたな」
「あいかわらずだな。ああいうのにしゃしゃり出てくる」
「でもレオンは委員とは違うだろ?」
「違うけど。模擬店の発案をしたので」
「そうなのか。なんだイヤイヤやっているのか」
「いや。模擬店は掛けている物があるので、全力だ。ウチを暗いと言わせないために」
「そっ、そうか。そこにつながるのか」
ディアも、少し顔が強張っている。
「まだある。そのあと芸術学部にも行ったろう。2人で」
「そっちも見てたんだ」
「そうか、寮への道筋だからな」
「それも、模擬店の件だよ。場所のことで調整に行ったんだ」
「ふぅん」
「そのせいでひどいことになったけど」
「ひどいこと?」
ベルが、なぜかうれしそうに喰い付いてきた。
「言わない」
「私たちにもか?」
「ディアとベルだからだよ。はずかしい」
パンを千切って口に放り込む。
「あと。オデットさんのことをかばうわけじゃないけど」
「「ん?」」
「彼女は責任感は強いよ。精力的に自ら動くし。自負心も強いし執念深いし酷薄で……」
「いや、レオン。かばってないと思う」
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訂正履歴
2024/03/24 イザベラの一人称の統一
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/09 学園祭→大学祭(寿司ジャンキーさん ありがとうございます)
2025/04/24 誤字訂正 (十勝央さん ありがとうございます)