88話 木工物議
手に馴染む物って嗜好が出ますねえ。
春休みの前半は、東南の森やその手前で、主に角を持った魔獣を狩った。
後半に差し掛かり、僕は大学に来て魔導学部の工芸実習室にいる。ここは魔結晶以外の部材の加工を行う部屋だ。
手の先に浮かぶ小さな発動紋から、赤橙の魔導光が迸り、その先で白煙を上げている。
何をやっているかというと、材木から大まかに形を切り出す、いわゆる木取り作業だ。
刻印魔術を使っているが、今は半閉ブース、通称ブースでやっている。1メト幅の3方を黒い衝立で囲まれた区画だ。
「ほうぉぉ」
「ちょっと先輩、もう少し離れてください」
ミドガン先輩が、僕の背後からのぞき込んでいる。背後は遮る物がないので、魔導光が後に漏れる可能性はある。つまり、このブースを使う者は、そのようなことを起こさない程度の力量を認められた者のみ。僕も検定試験を受けて、刻印魔術専用個室からブースに移った。
それでも、すぐ背後に立たないに越したことはない。
「大丈夫だろう。レオンなら。それに照射しているのは、魔結晶じゃなくて木材だからな」
ここでは、エンスタの機能しか使っていないから、そうかもしれないけれど。
木材なら、反射したとしても減衰しているからな。ミドガン先輩もむやみに近くにきているわけではないということか。まあ真後ろにいるから、僕の身体で大部分は隠れているし。
「それにしてもすごいな」
「先輩に褒められると、自信が付きます」
振り返らずに答える。
本心だ。
先輩の木工や金工の手作業を見ていると、学生とは思えない熟練さが伝わってくる。脳内システムのアプリであるエンスタ頼みの僕の刻印とはわけが違うのだ。
そんな先輩に、下級生としては失礼な態度かもしれないが、安全の方が大事だ。危険作業中に話しかける方が悪いのだ。
「しかし、切削加工を刻印魔術でやるやつがいるとはなあ」
最初は下宿の部屋でやっていたのだが、焦臭くて掃除に入ってくれたリーアさんに嫌がられたのと、別作業で大量に出てくる切削屑と粉に閉口したので、大学でやっているのだ。
「いや別に、僕が初めてじゃないでしょう。機械や手作業も併用していますし」
「正直、刻印魔術は学内でレオンが1番うまいと思うぞ。もちろんジラー先生は別格だが」
「僕はともかく。たしかにジラー先生は、年季が違いすぎますねえ。もちろん、それだけじゃないんでしょうけど」
休み前の授業でジラー先生の模範刻印を見学したが、すばらしかった。
何と言うか速い。しかも速遅自在だ。機械刻印で問題にしている、焦点径縮小も強度調整と刻印の移動速度差で吸収している。いつかあの技を盗みたいものだ
「まあ、刻印のうまさもそうだけど……」
「へ?」
「……それ何本目だ?」
「6本目ですかね。朝からやってますから」
あと10ミルメト。
「6本目かよ。って、これ全部、今日作ったのかよ。どれだけ魔力と集中力があるんだよ。刻印魔術は両方を使うんだぞ」
「いやまあ、魔結晶ほど細かくないですし」
5ミルメト。
ジラー研究室は、大学祭に加工品である魔石と魔道具およびその部品を展示することになっている。例年1年生の展示物はないと聞いていたので、せいぜい何かの手伝いくらいと踏んでいたのだが。
『レオン君も用意できるでしょう?』
春休み直前に、そう言い出した人が居たのだ。
2。
「おお、やってますね、レオン君」
1。
「先生もこちらにいらしたですか。もうすぐ終わるらしいので待ってやってください」
「ええ」
木材が完全に2つに別たれ、魔導光が消えた。
振り返ると、用意できるでしょうと言った張本人がやって来ていた。
「リヒャルト先生。こんにちは。講師就任。おめでとうございます」
朝、校門の掲示板を見たが、人事情報が載っていた。
4月1日付発令。現職助手を免じ、講師を命じる。そう書かれていた。
「ありがとう。まあ学生諸君には関係ないが」
「いやあ。そんなことはありませんよ。先生にはもっと広範に教えていただきたいものです。ジラー先生の支援も重要だと思いますが」
他の学生が言えば追従に聞こえそうなものだが、ミドガン先輩が言うと真摯に聞こえる。
「ははは。まあ期待に添えるよう踏ん張ってみるよ。ところで4、5……レオン君が手に持っている物を含めると6本か。順調そうに見えるが、どうなのかな」
「はあ、このあと工具を使って細部を詰めて、3本くらい、それなりな物ができればと考えています」
「それなりのか。レオン、一応確認するけれど、これらは不定型の杖の持ち手だよな?」
「はい」
「不定型ですか。手に取って見せてもらっても?」
「どうぞ、先生」
リヒャルト先生は、顔の高さまで持ち上げてしげしげと見はじめた。
「ふむ。この段階でも、新規性が高い造形に見えるけれど。ミドガン君はどう思う?」
不定型の杖は、先端の棒の部分と持ち手部分を分けて作って、あとで組み立てて完成させるものも多い。これもその形態だ。
「いやあ、仕上がらないと、しっかりした評価はできないでしょうけれども。確かに見慣れない形です。先生は、刻印魔術を使って木取りすることはどう思われますか?」
「そうですね。機械加工より熱で加工した方が、魔気抵抗が劣化しにくいって論文はあったけどねえ」
「へえ」
知らなかった。金属だったら残留応力を減らす焼き鈍しになるのかもしれないけれど。木材はよく分からない。
「いや。しかし、魔結晶と違って、魔導光の掃引速度はかなりゆっくりですし、そんな何本も切断できるような魔力量を持っている人間なんて」
「たしかに、論文もそうでしたが、術者発動ではなく魔導具を使う前提ですからねえ」
「そうなんですか? 僕の場合は切削工具を使って見本を作ったんですが。慣れてないせいか、このやり方の2倍以上時間が掛かったんで……えっ?」
先生と先輩が顔を見合わせていた。
「なかなか、すぐには納得がいかないけれど……見本があるんだね?」
「はい」
「見せてもらっても?」
魔導収納から取り出して先生に渡す。
「どうぞ」
「こっちは、先端まであるんですね」
持ち手だけでなく15セルメルばかりの円錐状の先端も付けてある。
資格は取っていないので、杖全体を作ることは禁止だ。よって魔石は付けていない。
「むぅぅ」
うなるだけで何も言わず先輩に渡した。
「いやこれ、学生の水準じゃないだろう」
その声が聞こえたのか、居合わせたディアン先輩が寄ってきて、背中越しに眺める。
「レオン。仕上げ油は?」
「亜麻仁油です」
持ち手は、白木のままだと手の汚れが移りやすいので、一般に塗装する。ただ膜を作るような塗料を使ってしまうと魔束の絶縁性が高まってしまうので、油を塗布するぐらいに留めることが多い。
「これでもいいんだけど。染料系の方が木目が引き立つぞ」
「ステインですか」
「ステインも派手で良いが、俺はこのままの方が良いと思うぞ。それより、ここまでできるなら、もっと高級な木材を使う方が……」
「いやあ、そうですかねえ?」
何だか先輩同士が揉め始めた。
その手のこだわりがうすいというか。僕は余り関心がない。
「まあまあ、ふたりとも」
「はい、先生」
「あと6本、仕上げるつもりなんですよね?」
珍しく人の悪そうな笑みをリヒャルト先生が浮かべた。
「そうですが。でしたら、ミドガン君お奨めの油とディアン君お奨めのステインを両方半々ずつ使ってみるというのは、どうですか?」
「「おお……」」
ええ?
両先輩があからさまに乗り気だ。
「分かりました」
「よぉぉし」
何だか、うれしそうなんだが。
「ただ、高級材で作り増しをすること、今回はお奨めしません」
「なぜですか?」
ディアン先輩がやや詰め寄る。
「大学祭は、技巧の冴えを展示する場であり、展示品の価値を誇るところではないと思いますが」
おお、質実剛健で行けということだな。
「確かに販売するわけではないですからねえ」
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訂正履歴
2024/03/20 誤字脱字、わずかに加筆
2024/04/07 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/02/20 誤字脱字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/03/26 誤字訂正 (akio2さん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (三条 輝さん ありがとうございます)
2025/04/17 誤字訂正 (orzさん ありがとうございます)
2025/04/21 誤字訂正 (星月雨夜さん ありがとうございます)
2025/05/18 誤字訂正 (端者屋さん ありがとうございます)