87話 女と口を狙え
タイトルは、藤田田著 ユダヤの商法から
大学祭の出し物企画について、詳細に母様と叔父さんへ説明した。
われながら、結構熱弁したと思う。
「レオンさんは、自信をもっているようですが、そう簡単なこととは思えません」
母様の目は冷ややかだ。
「それはいったん置くとして。よく分からないことがあります。原料を卸すこと、これは良いでしょう。ただリオネス商会に、什器と茶器、それに衣装を提供する利益はどこにあるのですか? それを説明いただけないと、商談そのものが成り立ちませんが」
また。ふっと笑った。はあ、挑発してくるなあ、母様。
おっと、オデットさんと、バルバラさんの顔が引き攣っている。母様の圧は強烈だからなあ。
「はい。説明が遅くなり恐縮です。こちらの、リオネス商会にて、2年前王都に外食事業を企画されたものの、見送られたことを存じています」
経理の手伝いで、市場調査費用の計上を見ている。
「ほう」
「それに対して、私たちが実施するやり方が、ひとつの試行になるのではないかと考えております」
「つまり、あなた方のやり方を、当商会が学べと?」
「そうは申し上げませんが、商売の種は、意外なところから出てくる。そうおっしゃった方を知っています」
「奇遇ね、私も知っているわ」
父様だ。
「いいでしょう。他ならぬレオンさんがおっしゃることですから信用しましょう。それで、当商会がどの程度の費用を用意すれば良いか、見積もりはありますか?」
「あのう、誠に申し上げにくいことですが。什器と茶器については某男爵、衣装については某子爵より賜った物があると聞いております」
賜ったというか、借金の形に差し押さえたのと、ツケ払いを物納として押し付けられて、この支店の倉庫に不良在庫として眠っているらしいけれど。
「その話は、誰から聞いたのかしら?」
思いっ切り、叔父さんの方をにらみ付けているけれど。
「まあよいでしょう。客単価を上げる。なるほど、おおよそレオンさんの狙いは分かりました。当商会への要求額は、大したことがないようですし、ぜひ実証してもらいたいところです」
よし!
「しかし、私共から見れば、計画にまだまだつたないところが散見されます」
†
支店から出てきた。
「よかったわね、オーちゃん。商会さんが、いろいろ提供してくれることになって」
「全然、よくはないわ」
「えっ?」
「オデットさん、悪かった」
僕は頭を下げた。
「おや、謝るんだ?」
「本当に悪いことをしたからな」
「そうね。わたしとバルを全く信用しないで、あんな資料を全く知らない間に、勝手に用意して。なぜ、最初に言わなかったの?」
「うん。正直なところ、母様……母が王都に来ているとは知らなかったんだ。それまでは、言っていたように叔父、支店長に説明する予定だったから。資料を使ってまで説明する必要はないと思っていたんだけど、念には念をと思って」
オデットさんは、鼻息を荒く吐くと腕組みした。
「たしかに、色々在庫が商会にあるって知っていたのは、あの支店長さんから聞いていたわけだから。絶大なる信頼があるんでしょう。あっ、もしかして、ここに来たとき、落胆したのは、あなたのお母様がいることを、感じ取ったってこと?」
素直にうなずく。
「うーん。魔術士って、そういう感覚はあるわよねえ」
「まあね。でも、あの副会頭さんとレオン君は、本当に親子なの? まあ顔はそっくりだったけれど」
「本当。綺麗だったわよねえ。上品だし。怖いけれど……おっと、ごめんね」
「謝る必要はないよ。バルバラさん」
「いろいろ、気に入らないし、腹の立つことはあったけれど。結果には満足できるし。レオン君の判断は的確だったと言わざるを得ないわ」
「オーちゃん。ちゃんと言おう!」
「バル……で、でもそうね。言うわ。今日はありがとう」
「うん。レオン君。ありがとうね」
「いや」
「あっ、そうだ! 訊いて良い?」
「なにかな?」
「レオン君、リオネス商会の会訓だっけ? ”商売は女性と口を狙え”とは?」
「そのことか」
何かと思った。
「最も重要な教え。簡単だけど、本質的な話でね」
「うんうん」
「昔も今も、金銭は男性の方が持っているよね」
「そう……かな」
「まあ、認めたくはないけれど、そうね」
「だけど、金銭を多く遣う権利を持っているのは女性なんだよ」
「はっ?」
「男は金銭を持っていても、実は遣う権利は少ない、少なくとも自由度は少ない。つまり、利益率が高い商品購入の権限を握っているのは女性の方ということだよ」
一瞬反論をしかけて、口が閉じた。僕の言葉に思い当たるところがあったのだろう。
「ふぅむ。だから、女性を狙え?」
「そう」
「わかった、なんとなく」
男性は実用に供することに多く費やす。よって、多くの場合は利益率の低い商売となりがちだ。
「じゃあ、口の方は」
バルバラさんは、好奇心が強いようだ。
「口とは、口に入るもの全般は、商売の対象として儲かる。ざっくり言えばそういうこと」
2人は微妙な面持ちだ。
「口に入る物。食物でも、飲み物でも、極端に言えば薬でも何でも良い」
「それだと利益率の低い物がありそうだけど?」
「そうだね。でも、口に入ったが最後、どのように高価な物、どのような美味な物でも、間もなく価値を失うよねえ。おいしかったとか、記憶は残るかもしれないけれど」
「うっ。まあ、そうね」
「そして、何時間かしたら、また何か別な物を入れる必要がある」
「えっと……つ、つまり、口に入る物とは、需要が尽きない商品だということ?」
「その通りだよ、バルバラさん」
「ふん。聞けば当たり前だけど。それは真理ね」
「それはそれとして……」
おっと母様と口調が似てしまった。
「2人には重要な役目があることは忘れないでね」
「ふぇぇ……そうだった」
「覚悟を決めなさい、バル! 毒を喰らわば皿までよ!」
†
「じゃあ、レオンちゃんは、今日から4月まで休みなんだ」
「うん」
土曜日の夜。またアデルの部屋に来てしまった。
ソファーに隣り合って座ると、身体を押し付けてくる。
「いいなあ。そうだ、明日、どこかに行きたいなあ」
「どこかって?」
「うん、どこでも良いの。レオンちゃんと一緒なら。まあ無理だけどねえ」
「んん?」
「まだ、歌劇のセリフが全部入っていないから。あと、振り付けが固まっていないしぃ、レオンちゃんに見てほしいの」
「もちろん」
「やったあ。自分で考えたんだけどねえ。やっぱりその筋の達人に意見を訊かないと」
その筋って。怜央の記憶であって、僕はチューニ病とかではないんだけれど。
アデルが男役で抜擢されたのは、立ち姿やポージングの独自性が評価され、それが切っ掛けになったらしい。もちろん、歌劇の基礎がしっかりできていてこその、新たな強みだよと何度も諭すけれど、アデルは僕のおかげと譲らない。
「よしよし。じゃあ、今夜はゆっくりと楽しみましょう」
「うん」
「あっ! 思い出した」
何を?
蕩けていた、アデルが真顔に戻った
「お父さんに聞いたんだけど。おととい支店に女の子2人を連れてきたそうね」
アデルは僕のシャツのボタンを外すと、手を突っ込んできた。
「んんん」
指先で、胸の辺りをなぞってくる。
「2人とも、とてもかわいかったそうよ。どういう関係なのかな?」
「イタイ、イタイ、タイ……」
乳首をつねられた。
「どういう関係って。別に関係はないよ。同じ1年の」
「うそ! 関係ないのに、部屋に呼んで、一緒に飲むの?」
ん?
アデルは、わかりやすく唇をとがらせた。
「誤解だよ。一緒に飲んだのは、技能学科の2人。支店に連れて行ったのは、僕と一緒の理工学科の2人」
「えっ?」
「5月2週にある、大学祭の出し物について、リオネス商会に協力してもらおうと思って連れて行ったんだ。その出し物の責任者が、その一方だったからね」
「大学祭? それは、お父さんも言っていた気がする。ごめん! むぅぅ。だって、心配なんだもん。痛かった?」
「うん。うわっ!」
アデルが、僕の胸に吸い付いて、舐めてきた。
そのまま僕を押し倒す。
「それでね」
「何?」
アデルが、わずかに顔を上げた。
「その2人に、男装させようと思うんだけど」
「なんですって?」
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訂正履歴
2024/03/17 誤字脱字訂正
2024/11/30 誤字訂正(haruさん ありがとうございます)
2025/04/24 誤字訂正 (あろさん ありがとうございます)