86話 戦術変更
やっぱり戦術は相手に合わせないと……
「ああ、レオン。おととい、学祭の出し物のことで一席ぶったんだって? (魔導)技能学科でもうわさになってるぞ。リーリン先生が引いていたって」
昼休み。学食でパンを千切ったとき、いつものように同席しているベルがニヤニヤしながら訊いてきた。素知らぬ顔で、そのまま口へ運んで咀嚼する。
技能学科は耳聡いなあ。
「ベル、言い方にトゲがあるだろう。まあ、何と言うか、そういう方面にはレオンは情熱をあまり見せないと思っていたのだけど」
どうも、放置すると話に尾ひれが付きそうだ。
「ベルは、理工学科が暗いと思う?」
「暗い? いや、まあウチに比べると……ちょ、ちょっと、目が怖いよ、その顔やめてよ」
「だっ、大丈夫だ。少なくとも、レオンは、暗くなんかない! なっ、な!」
「そっ、そう。その通り」
おっと。顔に出してしまったようだ。
「すみません。どうも暗いと言われると、怒りが湧いてきて」
「うん。レオンは、いつも冷静で飄々としているのに、別人みたいで。ちょっと鳥肌立った」
別人か。怜央の何かが浮かび上がってるなあ。
「ともかく。理工学科もがんばるよ。今年の学祭は」
「おっおう。たっ、楽しみだなあぁぁ」
悪しき伝統は、断ち切らないと。
そう、理工学科が暗いならば、魔導制御も暗いことになってしまうではないか。
そんなことは誰にも言わせない───
†
馬車鉄を降りると、オデットさんと……ええと、バルバラさんだったか。仲が良いらしい2人が、停車場で僕を待ち受けていた。
17時少し前。昼が長くなってきた。まだ西日がある。
「これはこれは、お揃いで」
「あいさつは良いから、目的地に案内してくれない? 東区は余り来ないし、大通りは落ち着きがなくて嫌いなのよ」
「了解」
「ここ……なの?」
「ええ。ここですよ」
レンガ造り3階の建物の玄関前。
「レオン君の実家って言っていたじゃない」
「そうですけど、リオネス商会の王都支店です」
「リオネス商会。聞いたことがあるわ。こんな大きい商会だったとは」
そうか、僕が工房に入り浸っていたという偽りの過去を紹介していたから、規模を小さく誤解したようだ。
「オーちゃん。でも王立劇場に魔道具を納入するぐらいだから」
「そうね。バル」
オーちゃんに、バル。ねえ。バルバラさんの声を初めて聞いたな。何かと前に出てくるオデットさんと、見るからに人見知りそうなバルバラさんは、対照的だ。
どういう経緯で仲良くしているのかと浮かぶ。まあどうでも良いことだけど。
「本当に、ここの支店長さんが会って、話を聞いてくれるのよね?」
「ええ。手紙で返事をくれましたから」
叔父さんいるよな。
建物を見上げ、感知魔術の感度を上げ───
「ちょ、ちょっと。どうしたのよ」
「だっ、大丈夫? レオン君?」
よりにもよって。
「今さら、怖じ気づいたわけじゃないわよね?」
「正直少し」
「「えぇぇええ!」」
「とにかく約束ですから、中に入りましょう」
†
受付にいくと、上級の方から数えた方が早い応接室に通された。
「失礼します」
さっきここへ案内してくれた女性が、お茶を出してくれた。
「いい茶器を使っているわね」
「おいしいわ。バルも飲んだら」
「うん」
そんな会話が、耳を通り過ぎて行く。
やはり。だめだ。
「オデットさん」
「何よ!」
「今回の件、説明を僕に代わってもらえないか」
「はっ? いや、あなたが私に説明しろって、練習までさせたんじゃない。なんで怖じ気づいた人に、変わらないとならないのよ!」
「まあ、まあ、オーちゃん。なんか事情があるみたいだし。ここはレオン君に任せてみない?」
「えぇええ。ふん。まっ、まあ、案を考えたのは、レオン君だし、いいけれど……」
「わるいな」
「でも、理由を言ってよ!」
「それは、すぐ分かるよ。たぶん」
ノックがあって、ニコラさんが入って来た。
それに続いて、叔父さんと感知で引っ掛かった母様も入って来た。
こちらも立ち上がって会釈する。
横の2人は、母様を見て目を見開き、僕と母様の間で視線を行き来させた。
まあ、そうなるよな。
「レオン。久しぶりね」
「お久しぶりです」
「どうぞ。お掛けください」
「では。ここからは商売の話をしましょう」
来た!
母様は目を細めた。
他人には臈長けた優美なほほ笑みに見えるらしいが。僕にとっては氷が突き刺さるようだ。
だが、負けるわけにはいかない。
「まずは、おふたりを紹介してもらえるかしら」
「はい。サロメア大学魔導学部魔導理工学科1年。つまり僕の同級生である、オデットさんと、バルバラさんです」
「よろしく」
「「よろしくおねがいします」」
「私たちも」
「はい。左がリオネス商会、副会頭にして僕の母です。そして右が王都支店長で僕の叔父です。本日は、お時間を取っていただき、ありがとうございます。また、副会頭殿にもお聞きいただけるようで、恐縮です」
「まあ、重要取引先のレオンさんの申し出ですから、当然です」
同級生ふたりは、取引先? どういう意味という顔になっている。
「痛み入ります」
「では、来訪の趣旨を聞かせてもらえるかしら」
「率直に申し上げます。5月第2週の週末に行われる、サロメア大学、大学祭での行事に協力していただけないかとの提案を持って来ました。オデット女史は、1年生の責任者です」
提案? ようやく聞こえるような声が隣からする。
ここに来るまで、練習させてきたのとは違う説明の筋だからな。
「なるほど。支店長より聞いていた内容とは少し違うようですが。親子の情に頼る協力要請ではなく、あくまで提案という事ですね?」
「はい」
「いいでしょう。前者であれば即座にお引き取り願うところですが、話を聞かせていただきましょう」
ふう。第1関門通過だ。
「では続けます。サロメア大学祭は、北区とわれわれの南区の両キャンパスにおいて別々に年1回ずつ実施されます。今年は先程の日程で予定されています」
カバンを開け、中から紙束を取り出して、母様と叔父さんに配る。
隣から視線が刺さった。後で謝るって。
「左上のグラフをご覧ください。例年の出席者は、2日間延べ約5千人です。全日程で天候が悪かった3年前の実績で4521人。比較的安定した集客が見込まれます。そのなかで、われわれが入る前の魔導理工学科は地味な展示となっていました。しかし、今年はそれを変えたいと考えています」
「どのように」
「出店内容は、喫茶を主体に考えています」
「喫茶……」
ありきたりではないかという醒めた視線。
「無論ただの喫茶ではありません。提供するものとは違うところを狙います」
「ふむ」
「まずは、来場者のうち、女性客のみを対象とします」
「女性。もしかして……」
「はい。こちらの商会の会訓。商売は女性と口を狙え。あれです」
「ふふっふん。女性のみに絞ると、売上に影響するでしょうが。その辺りは?」
「客単価を上げることを予定しています」
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訂正履歴
2024/03/16 紛らわしい表現修正
2024/05/11 誤字訂正
2025/03/26 誤字訂正 (ビヨーンさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (よろづやさん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (むむなさん ありがとうございます)