85話 反射と反骨
レッテル貼る人居ますよねえ。
本日遠出するので、早いけど投稿します。
3月。
研究計画書は学科の承認がとれ、ラケーシス財団へ提出した。
確かに受理しましたとの手紙は来たが、中身に関しては特段の反応はなかった。文面には学科の時のように説明せよとの文章もなかったので、計画書に関しては無事終了らしい。
この時期、ほとんどの学生は期末試験を受けている。
ディアもベルも大変そうで、レオンは良いよなあと言っていたが、学期の初めに苦しんだのだからゆるしてほしい。
今月後半は、10月からの上期が終わり、4月初めまで短い休暇に入る。
だからと言って、なまけてよい時期はない。計画した内容は、なかなかに長大だし、幸か不幸か注目されている。
課題もたくさんあるしな。目下の取り組み事項。
反射。
可視光を反射させる必要がある。
何を使うかと言えば、普通は鏡だ。
購買部に売っていた、手鏡だったものを眺める。そのまま使うためではないので、枠と持ち手は既に外してある、
ガラスの一面に銀をメッキした鏡。鏡面はガラスの向こう側、銀の面だ。さらにその裏には暗褐色の塗料が塗られている。
反射率がなあ。
大いに不満だ。
反射率とは、反射した光量を入射した光量で割った比率だ。
普通の鏡の反射率はおおよそ9割らしい。
幼い頃、母様に相手にされないので、僕は彼女の部屋に忍び込んだそうだ。それを見付けた母様は僕をとがめようとしたそうだが、三面鏡を弄ってたくさん自分が映り込むのを不思議そうに見ていたので、おもわず笑ってしまったそうだ。
合わせ鏡には、いくつもの自分が並ぶ。しかし、どれも微妙に違う。
何度も反射した自分の像は暗くなっていく。
それが反射率の重畳だ。反射率が9割なら、隣の像よりおよそ1割9分ずつ暗くなっていく。行き帰りで2回反射回数が増えるからだ。
僕の課題のひとつは、反射率の向上だ。
大課題である刻印魔術の光焦点径の縮小を分解していくと、いくつかの課題のひとつに鏡が上がってくる。
しかしだ。鏡の技術を僕は持って居ない。
脳内システムのドキュメントも、入手していない魔術については、検索にあまり出てこないし、閲覧もできない。
あと、怜央の記憶も、鏡についてはわずかな物だ。彼が学んだことや興味があったことは豊富な情報量があるが、その範囲から外れると、急減する。それは致し方ないし、彼の知識に頼りすぎるのも余り良くはない。
せいぜい分かるのは、簡単な反射の原理だ。
反射とは、光が入射した物体内の電子、その電子のエネルギー(準位)がいったん上がり、そのあと光を発してエネルギーを失う現象の一部。発した光の内、界面に対して入射した側に放出される分を反射と呼ぶ。(逆側は、透過もしくは屈折)
透明に近いガラスや水のような物質はよく透過や屈折がおき、銀などの金属はよく光を反射する。無論、光の波長や入射角度で起こる現象は変わってくる。
まあ、あとは界面というのは、誘電率の違うふたつの物質間とか、細かいことも微妙に知識にはあるが、まあそんなところだ。
もっと知識を積み増すとともに、この世界の専門家の常識を知らなければならない。
†
今日は、知財ギルドで特許収入分の税申告を済ませてきた。
セシーリア王国にはもちろん徴税機関がある。ただし、知的財産権は匿名で出願や申請ができるが、税申告を国の機関に申告すれば、匿名性が失われる。よって、知財ギルドが統括して申告を代行してくれるのだ。
匿名で知財行為をする者にとっては便利だが、それ以外の収入や赤字がある場合でも合算できないし、知財行為以外で税控除も受けられない。今のところ問題はないが、近いうちに考えないとな。
午後は、ターレス先生の伝手を頼って、板ガラスと鏡の工場を見学してきた。
まずはガラス。
原料はケイ砂(二酸化ケイ素)、ソーダ灰(炭酸ナトリウム)など6種。それを溶解炉に入れて溶かし、混合して融けた液状ガラスを、なんと、やはり融けた錫が広がった浅い水槽の上に流す。錫の液面は当然平たいので、薄く一様な板厚で、かつ平面度の高い板ガラスが作られる。あとはゆっくり徐冷して、必要な大きさに切ればできあがりだそうだ。
なんとそれを説明してくれたのは、わが大学工学部の10年前に卒業の先輩だった。持つべき物は先輩だ。
そのあとは鏡の工房に移動。ここでも見学させてもらう。
まずは板ガラスの研磨。砥粒と水を混ぜたものをガラスに掛けながら、ブラシで擦って研ぎあげて平面度を上げる。平面度が悪いと、映った像が歪むからね。ここでも魔術が使われている。
次に平面度が上がった板ガラスに鏡面の膜をメッキする。メッキと言っても僕が知っている電気メッキではなく(常温ではガラスは絶縁体)、銀引きというやり方だ。見せてもらったが硝酸銀を水で希釈、窒化水素を加えた液を、ガラス面に噴霧、さらにある種の塩と説明された液を噴霧すると、銀が還元されてガラス面に析出するらしい。透き通ったガラスが白く濁ったと思うと、水で流したらあっと言う間に鏡面になっていた。なかなかに衝撃的な光景だった。
これで鏡面は一応できあがりだが、機械的と化学的に脆弱なので、裏には塗料を塗って保護する。あとは手鏡などは丸や楕円などに切り出して枠や持ち手に填めて、完成だ。
案内してくれたのは、やはり工学部の先輩だった。いくつか聞きたいことがあったので、質問してみた。
「なぜ鏡面を作るのに銀を使うのですか」
「ふむ。レオン君は光魔術の研究をしていると言っていたね」
「はい」
「ならば分かると思うが、銀は波長の広い範囲で反射率が高い。つまり、実像と虚像の光の波長包含率がかなり近くできる。したがって、直接見た時とほぼ同じ色に見える」
「はあ」
分からないでもないが。
「例えば赤だけ反射率が低い手鏡だと、自分の顔が実際より青白く見えることになる。それを基準に化粧をしたら、過剰に赤い化粧品を塗ってしまうことになるだろ」
「なるほどわかりやすいです」
「そういった面で、銀は優れている。まあ、この方法を遺してくれた、古代エルフには感謝だな」
「ははは……ん?」
「どうした」
「先輩は、そういった面でと仰いました。ちょっと引っかかったんですが」
「鋭いね。まあ、反射率だけで言えば、銀は万能選手だが、第1位ではないこともある」
「ええと、すみません」
「そうだな。ああ、特定の波長の帯域では、銀に優る物もあるということだ」
「それは興味深いです」
「だが、さすがにこれ以上は後輩でも言えない。悪いね。他に質問は?」
「はい。鏡面はガラスの向こうにありますから、どうしてもガラスの色に影響されますよね? 往復で2回も。その辺りは……」
「いやあ、本気で反射率にこだわっているね。ガラスの透明度は重要で、それを改良した物もある。それに、実はそれ以外の問題もある。ガラス自体も反射するからね」
おっ! これはもしかして光束の焦点径縮小に役立つのでは?
「もしかして、鏡面の反対面を使うということでは?」
「ああ、そういう特殊な鏡はある。ざっくり言えばメッキのあとに塗料を塗らない状態。と言ってもそのままでは、ガラス面ほど平滑度がないからね、銀引きでは難しいが。それに長持ちはしないから、最低限の保護は必要だ」
「そういうことなんですね。非常に助かります」
「うん。うちの工場の関連では鏡だけでなく、光学用製品もやっているからね。まだ早いけれど、卒業したら就職も考えてくれよ」
「そうですね。心に留めておきます。ありがとうございました」
†
期末試験が終わったのが切っ掛けになったのか、なにやら学内に浮ついた雰囲気が漂っている。
3限目終了後に、集合と廊下の掲示板に書かれていたので、指定の教室に行く。すると魔導理工学科の1年生が集まっていた。そして指定された時刻には、ほぼ全員が集まった。
リーリン先生が入って来たが、教卓前を素通りして、部屋の隅の椅子に腰掛けた。
ちょっと不思議に思っていると、オデットさんが教卓に進み出た。
「この時間に集まっていだだきありがとうございます。なるべく早く終わらせたいと思いますので、ご協力をお願いします。では、会合を進めます」
そう言って、周囲を睥睨した。
世話役だから、彼女が仕切るらしい。
「議題は、5月2週に予定されているサロメア大学祭についてです」
大学祭ねえ。
大学の周辺住民や、一般客を受け入れる年1回の行事だ。
例年2日間で延べ5千人程の人出があるそうだ。
進学率を考えると、縁のない人にとっては大学とは得体の知れない場所だ。そういうものへは潜在的な恐怖を覚えるらしいので、それを払拭するために、大学運営側は必要としている。
学生側も、発表の場だったり、欲求不満の捌け口として好意的に捉えて居るようだ。
もちろん、学部、学科によっても当然ばらつきはある。
「みなさんが取り組んでいらっしゃる、研究報告。1年生は出される方が少ないと思いますが、そちらは各研究室単位でやって戴きますので本会合では扱いません。それ以外に、学科として、何か出し物をやりたく考えています」
「やるって、何を?」
「発言するときは、挙手してください」
見渡してみると、やりたくない、面倒くさいという雰囲気だな。まあ同意だ。
「サロメア大学祭……学祭と略しますが、その南キャンパス実行委員会から、わが魔導理工学科は、こう言われています。質実剛健というのは言い訳で、集客力がないと」
ふむ。
ベルの言っていたことと、符合している。
魔導学部は、おしなべてそうらしいが。まだ(魔導)技能学科の方が、魔術演舞を定期的に実施していて、派手な火炎魔術などを実演しているので、評判も良いし集客力もあるそうだ。
その点、わが理工学科は、技術面ではともかく。ごく限られた観覧者にしかウケない。
それは認めよう!
「はい」
「レイリーさん。どうぞ」
「オデットさんが言ったことは事実なのでしょう。しかし、それは先輩方のせいで、われわれ1年がその報いを受けるというのはどうかと思いますが」
ふむ。
「ああ、レイリー君」
「はい。先生、なんでしょう?」
「君の発言はもっともだ。ただ来年の1年生も同じことを言うだろう」
ふう。皮肉が効いている。
これで、表立ってなんで我々がとは言いにくくなったな。まだ確定しない者のために。
「オデット君。あれも言ったらどうかな? 君の中だけに留めることはない」
んん?
あれって、何だ? 他にも何か言われたのか。
「わかりました、先生。技能学科からは、そのぅ……暗いって言われました」
暗いだと!
腹の奥で、何かが循環を始めた。
自負心が高いであろう彼女は、握った拳をふるわせた。
「ですから、わたしはここで始めなくては、そう思いました。そこで、皆さんに提案があります。模擬店を出したく思います。積極性を見せて、周りを少しずつ認めさせましょう。いかがでしょうか?」
「意見があれば発言をお願いします。ええと? レオン君」
僕は手を挙げていた。
「オデットさんに賛成です!」
彼女は目を大きく開いた
「ただ、模擬店を出すだけでは足らないと、僕は思います。理工学科を暗い学科などと誰にも言わせない、それこそが僕たちの目指すところです」
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訂正履歴
2024/03/13 誤字訂正(ID:300048さん ありがとうございます)、わずかに表現変え
2025/03/24 誤字訂正 (にゅるぽんさん ありがとうございます)
2025/03/26 誤字訂正 (ビヨーンさん ありがとうございます)
2025/04/01 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)
2025/07/08 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)