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84話 虚勢

虚勢は張らないなあ、ネガティブだから。

「んんん」

 まぶたが開くと、薄暗かった。

 むっ!


 あっ、ああ。そうか。一緒に寝たんだった。

 誰かと一緒に寝るのはコナン兄さんのベッドにもぐり込んだ時以来か、10年以上前だな。それはともかく。

 何も身に着けていないのに暖かい。


「うふぅ……あぁ。レオンちゃん、おはよう」

「ああ、おはよう」


「起きるの?」

「9時少し前だ」

「ねえ、もうちょっとぅ」


 結局起きたのは10時過ぎだった。

 パンとサラダの朝食を食べると、再びローブを着た。


「ねえ、レオンちゃん。これ」

 鍵だ。両手で(ささ)げるように差し出された。

「持っていって」

「でも」

「今度は来週の土曜は、夜に来てね。9時には居るから。誰かに誘われてもちゃんと帰ってくるからぁ」


 歌劇団は、日曜と月曜が休みだそうだ。

 理由は、聖神教会では土曜日の日没から、日曜日の日没までが安息日だかららしい。いまでは有名無実に成りつつあるが、市場も開かないし、開けば客が入りそうな劇場も閉まっていることが多い。


「うん。わかった」


 僕が鍵を受け取ると、アデルは幸せそうにほほ笑んだ。

 一歩二歩玄関へと進んだが、戻って彼女を抱き締めた。


     †


 月曜日。

 上期の学期末が近づき、教養科目の試験期間になった。

 僕はそれらの単位は取得済みなので大学に行かず、東区のリオネス商会王都支店にやって来た。応接室に通された。


「やあ、レオン」

 間もなく待ち人がやって来た。

「叔父さん。こんにちは」


 ダンカン叔父さん(支店長)ニコラ(秘書)さんが、入って来た。


「悪いな、来てもらって」

「いいえ」

「さて、じゃあ、商売の話から始めよう」

「はい」


「アイロンの協業の件だ」

 僕が出願した蒸気機能付き魔導アイロンについては、商会が審査優先手続きをして、2月末に登録された。まだ異議申立期間が残っているが、今のところ特許権は、僕とリオネス商会の物になった。


「協業ですか。仕事が早いですね」

「はっははは。褒めてもらって悪いが、ウチから持ちかけたわけじゃない」


「相手からですか?!」

 叔父さんがうなずいた。特許ギルドは、審査の末に登録査定となると、登録を特許権者に通知するとともに特許の内容を公示する。

 したがって、その公示公報を見た企業が、そこに書かれて居る記名権利者であるリオネス商会に連絡を取ってきたわけだ。


「連絡をしてきた相手は、今のところコンラート商会とレクスビー商会の2者だ」

「ほう」

 コンラート商会は僕が改造したアイロンを作った会社だ。家庭用魔道具製造では中堅だろう。

 あとは政商レクスビー商会か。ここは国内最大手の商会で、それこそ揺り籠から棺桶まで、なんでも扱う総合商会だ。


「それで、状況というか、相手の言い分が全く違ってな」

「そうなんですね」

「コンラート商会は、試作品を見てかなり感心したと言っていた、まあ半分は外交辞令だろうがな。許諾権料を支払うので製品化をしたいとのことだ。あとは秘密保持契約の上、技術開示と魔石と現品提供を求められている。各3つほど用意してほしいそうだ」

 ふむ。


「こっちは、友好的だが」

「レクスビー商会は、ですか?」

「ああ、かなり敵対的だ」

「敵対的と言うと」


「契約金1万セシル(ざっくり1千万円イメージ)で、独占販売権を買い取る。拒否するなら、まず異議申立をして特許潰す用意があるそうだ」

「異議申立をするのに1万セシルも必要ないだろうに」


「そういうことだ。まあ、異議申立がうまくいっても、彼らに独占販売権は行かないからな」


 現状類似製品が出回っておらず、公報を見て圧力を掛けてきたということは、部分的にしろ公知例があったとしても他者のもので、レクスビー商会にはその権利がない可能性が極めて高い。もし自分たちに権利があるなら、圧力を掛けるより、異議申立した方が話が早い。もしくは、黙っておいて、あとから裁判を起こしてウチから特許料を取った方が手間がない。現状販売していないのだから、差し迫って損害は発生しないはずだ。


 つまり正攻法では、うまくいかないと考えてのことだろう。


「父様や、母様の耳には入っていますよね。何か指示が返ってきましたか? 聞いて良ければ教えてください」

「うむ。そのために来て貰ったと言っても過言じゃない。コンラート商会は話を進めろ、レクスビー商会は放置しろだそうだ」


 僕の意向とおおむね一致している。

 後者がなんとかできるなら、異議申立期間内に、何らかの動きがあるだろう


「放置して大丈夫なんですか? レクスビー商会に逆らうことになりますが」

「ははは。相手が彼らなら、何を売っても商売敵だ」

「商理に合わぬ商売はするな、ですか」

 リオネス商会の会訓だ。


「まあな。それで、差し当たり頼みがあるんだが」

「魔石と現品。各3つですね」

「話が早い」

「了解です。エミリアの工房は照明魔道具もありますからねえ」

 笑いながら、叔父さんはうなずく。

 国立劇場に納入する分で忙しいはずだ。


「ちゃんと手間賃は払うからな。ニコラ」

「承りました。アイロンの製品は別途、レオン様のお宅へお送りします。魔結晶はいかがしましょうか?」

 レオン様か。まあ商売相手になったからな。


「ああ、こちらにあるのなら、持って帰ります。アイロンも」

「お持ちになる? なるほど。そうでした。準備いたします」

 ニコラさんは、一礼すると応接室を出ていた。


「さて、商売の話は以上だ」

「はい」


「そうだ」

「ん?」

「あのう。ヨハン君は大丈夫ですか?」

「ヨハン?」

 叔父さんは何度か瞬いた。


「そういうことか。なついていたアデレードが出ていったからな。ときどきピーピー泣いているよ。日曜日は帰ったし、その時は甘えている。それより……」


「それより?」

「ブランシュがぼうっとして、泣いているときがあるよ」

「叔母さんがですか」

「うむ。メイド頭が言うには母親はそういうものだそうだ。あと息子だったらもっとひどいらしい」


 そうかなあ。ウチの母様は違うと思う。一応僕のことは気に掛けているようだけど。

 泣きはしないよな。


「叔父さんは、どうなんですか?」

「俺かあ。そうだなあ。義理の娘だし、1年余りの付き合いだが。少なからず来るものがあったなあ」

「へえ」

「まあ、少し肩は軽くなったかな」

「肩ですか」


 叔父さんは、しみじみとうなずいた。

「ブランシュと一緒になるときは、ヨハン同様に2人の娘もちゃんと育てると誓ったからな。なかなかに重かった。それが少し減った。普通は、嫁に出すときに感じるものだろうが、女優になるなんてそれに等しいからなあ」

「そうなんですね」


 立派だな、叔父さんは。アデルと付き合っている身としては、心苦しい。彼女が言わないでと言っているから、なんともできないけれど。

 

「だからな、レオン」

「はい」

「レオンも、そのうちどこかの家の娘をもらうことになるから」

「はぁ」

「義父にも、少しは気を掛けてやってくれ」

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

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訂正履歴

2024/03/10 誤字訂正

2025/01/08 名前間違い:エタルド→ブランシェ(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)

2025/04/07 誤字訂正 (シュウゴさん ありがとうございます)

2025/04/12 誤字訂正 (hiroさん ありがとうございます)

2025/04/18 誤字訂正 (1700awC73Yqnさん ありがとうございます)

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― 新着の感想 ―
大変面白い作品に出合えて本当にうれしいです。 『「義父にも、少しは気を掛けてやってくれ」』フラグを立てましたね
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