9話 探検(下) 三位一体
三位一体。この話では、宗教の話ではありません。
ほこらの中央にあるドームに戻ってから、残る2つの通路も当然調べた。
いずれも、少し進むと行き止まりになった。
そして、通路の突き当たりの壁に、それぞれ起動紋を見付けた。
まぶたのうらに起動紋を浮かべて、起動させてみたが、どれも発動しなかった。
「ふふふ……」
にもかかわらず、調べ終わってドームに戻ると、思わず笑えてきた。
もしかしたら政府の調査団とやらは、僕と同じことをやって諦めたのかもしれないし、それ以前に他の遺跡と同じと判断して引き上げたのかもしれない。
まあ、他の遺跡がここと同じとは限らないが。
しかし、しかしだ。僕はあることを思い付いていた。
起動紋が3つで1つではないかというアイディアだ。
よく分からないが、それらしい記憶が怜央にあったのだ。
意味が不明な3つの回路図を重ね合わせると、1つ完成された回路図になるという記憶だ。僕は、起動紋が同じなのではないかと思ったのだ。
もしかしたら、古の調査団を出し抜けるかもしれない。
シムコネを脳内システムに起動し、それぞれの起動紋にあったブロック線図を呼び出す。合成。
うーん。違うか。
3つの図を重ね合わせても、線図は完成しなかった。
そうなるだろうなとは、うすうす予想はしていた
伝達関数や結合点など部品だけはあるが、ほとんどがつながっていない。それぞれを線で結ばないと、線図は動かない。しかし、それがわかったのは、起動紋らしき図形を、ブロック線図に脳内システムが変換してくれたからだ。起動紋を見ただけでわかる人が居るのだろうか。
今は知らない人より、この線図だ。どうつなげば良いかは、試すしかないな。
幸い、脳内システム上では、何かが壊れるわけではない。
とりあえず、ひとつの通路分は、グループ化して全体的に動かしてみよう。最初の通路の線図を真ん中に、左の通路分を左側に、右のを右側へずらす。
んん。何か違うな。分岐点が左の方にあるのはいやだな。
ならば……あっちをこっちに、こっちをあっちに。あれ?
なんか。
左の箱から、白丸の結合点を通過して、真ん中の上の箱の入力に線をつなげる。次に、その箱の出力から、右の箱の入力へ。さらに、右の箱の出力を黒丸の引出点を通して最終の出力とする。引出点から分岐の線を出して、真ん中下の箱に入力へ、最後にその出力を左の結合点へ戻す。符合はマイナスにしておいた。
親の顔よりよく見た、負帰還系ブロック線図のできあがりだ。とりあえず配置は落ちついた。
「さあて」
つぶやきながら、最終出力の端子に部品パレットからスコープをドラッグして配置、線をつなげる。これで波形が見えるはずだ。
次は、左の末端、最初の入力に何を入れるかだ。
定番のステップ入力でも入れておくか。
ステップ入力とは、例えば0レベルから、瞬時に一定値レベル、例えば1のレベルに上がって、そのまま1をキープという段状の波形だ。何の変哲もない形だが、無数の高周波波形が含まれているので、系の過渡応答、要するに安定性を見るにはよく使う。
ステップ波形生成の部品をドラッグして配置、入力端子へつなぎ、さらにそこにもスコープをつなげて、実行。
出力スコープを見る。なんかグチャグチャとしたノイズぽい波形が出たが、あっという間に一定値になった。
はずしたか。まあ、当たる方が確率が低いはずだ。いやいや、あきらめるな。入力波形が違うという線はないか? ステップが駄目なら、周期波を入れるとか?
ステップ入力の部品を外して、正弦波生成の部品をつなげて実行。
おっ!
方形波(四角い交番波形)が出た。それが途切れ、また方形波、途切れ、方形波……。
ふむ。
方形波の周期は、入力の正弦波の周期と同じだ。
おおう、途切れる頻度が落ちていってと思っていたら、また良く途切れるようになった。ノイズか?
んんん、何か意味ありげな波形だな。止めて、もう一度実行。
同じか。
もう一度止めて、スコープのスライダを左へ。記録した波形の時間をさかのぼる。
方形波のデューティ(上端と下端の時間の比率)はおおよそ50%だから、0レベルを閾値にして正弦波の2値化が基本なのだとして、途切れるのは何だろう。
途切れる間隔は、左に行く程に短くなる。つまり逆に時間が経つ程、途切れる頻度が少なくなっていくわけだ。
じゃあ、最初の方はどうなっているんだ。
スライダーを時間0まで戻し切った。
ふむ。最初は方形波2周期で途切れ、次は3周期で途切れ、さらに5周期、7周期、11周期……。2、3、5、7、11。
素数?
なっ、なんだ。
突然足元がぼうと緑に光った。
光は輪状にせり上がり、僕全体を包んだ。
一瞬、虹色の光が見え、浮遊感を覚えた。
数秒でそれがなくなる。おっと、なんか平衡感覚が狂った。
えっ?
どこだ。ここは。
辺りを見回す。広い。
というか、目を凝らしても、壁も、天井も見えない。
そもそも、ここが屋内なのか屋外なのかすらわからないが、少なくとも頭上に空はない。
しかし、この開放感はなんだ。
明らかにドームとは違う空間だ。閉塞感がない。
───侵入者よ どうやってここへ入った?
なんだ? 頭の中に声が響いた。
これって、怜央が転生した時……とは似てはいるが違うな。
腕や脚の感覚はあるし、ちゃんと目に見えている。体の重さも感じるし、第一呼吸をしている。
───侵入者よ
「侵入者とは、僕のことか?」
───そなた以外に 居るのか?
辺りを見回しても、人影はない。
「確かに、僕以外は居ないね」
───どうやってここに入った?
「さあて、3つの起動紋を合成したら、波形が……」
そう。
「それで波形が素数の連なりと思ったら、ここに居た」
───関門の謎を解いたということか 神の英知を持っているようだな
「神の英知?」
───起動紋を解く術だ
どうやら脳内システムのシムラボ・エミュレータのことのようだけれど。
「持って居たら、どうだと言うんだ」
膝が震えてきたが、強がって訊き返す。
───謎を解くだけでは ここへ入れるはずが …… ふむ 系譜か
系譜?
───ここは死せる上級エルフ族の記録
「死せる上級エルフ?」
───神の英知を持っていて 知らぬのか おもしろい
「おもしろい?」
───ここに入って来たことに免じて つなげてやろう
「つなげる? 何を?」
───すぐにわかる だが ここに来たことは …………
「なっ……」
身体の感覚が急に失われていく。
───遠き胞よ さらばだ
†
あっ、あれ?
目を開けると、すぐ前に地面があった。
「なんで?」
僕は、地面に寝っ転がっていた。おどろいて起き上がる。
「痛たた」
腕に少し砂利が喰い込んでいた。
どこだ、ここは。
腕をさすりながら辺りを見回すと、斜面にぽっかりと穴が開いている。
「ああ、ここって」
少し昔の記憶がよみがえった。ハイン兄さんと来たことがある場所、ほこらの前だ。
上を見上げると、太陽が傾いている。
しばらく倒れていたようだ。なんでだろう。
それ以前に、なんで僕はこんなところに居るんだろう。
おかしいな。湖の畔に行くつもりで館を出たよなあ。でも、ここに居るということは、沢の途中で、右に曲がったに違いないが記憶がない。もちろん、ここで寝るに至った状況もだ。
誰かに連れて来られた? 誰に?
さっぱりわからない。
そういえば、昨晩は魔術のドキュメントを読みあさっていて。寝不足だった。だからか?
国史の課題をやる気が……何だかムシャクシャしてきた。
おっと、それどころじゃない。時間が無くなる。
僕は、足早にほこらの前を後にした。
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訂正履歴
2025/04/05 誤字訂正 (penteさん ありがとうございます)