81話 覚悟
そうそう覚悟なんてできるものではありません。だよね?
───レオン視点
何かあったのだろうか?
硬い表情で、アデルがあとに付いて階段を昇ってくる。
とにかく話を聞かなければ。
だが、話してくれたのは、意外な内容だった。
「結婚!?」
「そう。結婚」
「ええと、それは僕と別れるとか、縁を切るとか、そういうことでは?」
いわゆる身辺整理だ。
「違うわ。そんなの嫌よ!」
「うぅむ」
これは、大問題だ。
アデルはそこまで思い詰めていたのか。それなのに僕と来たら。
「ごめん、アデル。僕は、結婚とか考えて居なかった。もっと、真剣に考えるべきだったね」
「えっ。そうね。謝ることはないわ。私もそこまで考えていなかったし……あれ? どうしてだろう? 結婚できないって言われて、急に悲しくなって……レオンちゃんに申し訳ないって気持ちに」
「んんん」
よくわからない。
「私ってバカよね。レオンちゃんも大学生になったばかりだし、すぐ結婚するなんて、考えないわよね」
差し迫って結婚しないといけないということではないのか。
そうだよな。あれからそんなに日もたっていないから、身籠もったとか分かるわけないし。
「でも、俳優になったら、養成学校と違って何時に終わるとか分からないから、レオンちゃんと会いにくくなるわ」
「うぅん。それは嫌だし、つらいけれど、支障がそれだけなら、アデルは夢を叶えるべきだ。何年もがんばってきたんだよね」
「応援してくれる?」
「もちろん」
「私を捨てたりしない?」
「なんで? しないよ」
強ばりが解けるように、アデルの面差しが和らいだ。
「あぁぁ。何だか急にうれしくなってきた」
「あらためて、おめでとう」
とても、胸が熱くなって、頭を撫でてしまった。
†
「鶏の味がよく出ていて、おいしいです」
丸鶏のスープというのだろうか。透き通った色に似合いの澄んだ味。
「そうかしら?」
言葉少なだが、テレーゼ夫人は満面の笑みだ。横でリーアさんもうなずいている。
何気ない下宿での夕食。
でも、料理のひとつひとつが手が込んでいる。
ここに下宿できていることは幸せだな。なんとなく運も向いている気がするし。
「そういえば」
ん?
リーアさんが僕の方を向く。
「アデルは、大丈夫なのか? まあ帰るときは穏やかな顔に戻っていたが」
「アデルさんというと、去年ウチに来た……」
夫人が少し上の方を見遣った。きっと、アデルの顔を思い浮かべているのだろう。
「はい。僕の従姉です」
「従姉なあ」
他意が大部分を占めた声が聞こえてくる。
「そう。あの娘さんが、今日来ていたの?」
「はい。奥様。私が帰ってきたときに、ちょうどこちらへ来たようでした」
「まあ、それじゃあ、お昼過ぎねえ。レオンさん。何か聞いていたの?」
「いいえ。学校で、結構驚くことがあったと聞きました。ちょっと、それ以上は申し訳ありません。彼女のことなので言えません」
先に釘を刺しておかないと。そもそもペラペラしゃべることじゃない。
「そうね。いいのよ。あの娘さんの立場もあるでしょうし」
「そっ、そうですね」
そう夫人に言われるとリーアさんも、これ以上追及しにくいだろう。
「まあ、アデルも落ち着けたようでよかった」
「そうですね」
警戒はしたけれど、アデルはリーアさんに感謝していた。
僕としても、思い詰めていた彼女を引き留めてくれていたので助かった。その証拠に、あの後、急におなかが空いたと言いだしたからねえ。お昼を食べるのを忘れていたそうだ。収納魔術に入れてあった、肉串を食べさせた。
「ふぅむ。リーアさん。その、アデルさんを気に入ったようね」
「ええ。容姿の割に細やかな性格のようですし」
へえ。そういう見方なんだ。
この日の夕食は、それ以上の話にはならなかった。
翌週には、アデルさんから、俳優として契約したことを聞かされ、3月になると、新男役として白組という歌劇団にいくつかある組に所属して登場することが、同団のビラなどで広報されることになる。
† † †
2月下旬。
「光魔術の改良研究 ─ 刻印魔術用途を前提として ─」
僕の今後数年にわたる研究主題を、そう決めた。
全体はリーリン先生に、技術面ではリヒャルト先生にいろいろに相談してまとめ上げ、10日ほど前に計画書を理工学科に提出した。主題目は広く表記して、何かあっても余り変えないようにとのリーリン先生の助言だ。副題の方で調整するというやり方は、ずるい気もするが知恵だよな。
計画書の内容が影響したのだろうか、早々と僕の担当教授がジラー先生と決まった。まあ、客員教授は毎日大学へ来られているわけではないので、実質日々の指導は助手のリヒャルト先生に見てもらうことになるだろうが。
「つまり、提出した計画書は承認されたわけではないということですか?」
工作実習室でリヒャルト先生に呼び止められた。
「その通り。それでだ。今週の木曜日の3限目、リヴァラン教授とジラー先生……たぶんリーリン先生も出席されることになると思うけど、面談をすることになった。計画書に書かれた概要について説明を君から聞きたいそうだ。支障はないかな?」
リヴァラン教授は学科長だ。学科長の面談をやるとは聞いていない。
「はい。承りました」
だが断る選択肢はない。
「うん。よろしい。では」
「ああ、先生」
離れかけた、先生が振り返る。
「あのう。計画書に何か不備があったのでしょうか?」
「不備?」
今回の面談は学生全員に実施する行事ではない。ならば不備があって指摘を受けることになるのでは? そう思えるが。
「ふむ。そうだなあ。不備という不備は……ああ」
何か気づいたようにうなずいた。
「えっ?」
「不備というよりは、計画書にしては、少し書き過ぎたというところはあったね」
「書き過ぎですか」
「うむ。あくまで、僕の私見だけどね」
「はぁ」
「最初の計画書だからね。かならずしも内容が固まっている必要はない。その割に、レオン君が書いた計画書は、具体性が高かったからね。まあ学科長が僕と同じことを、お考えかどうかわからないけれど。まあ、そんなに心配することはないよ」
「わかりました。ありがとうございます」
先生を見送った。
木曜日か。3日後だ。
「レオン」
「はい」
ミドガンさんだ、なんだろう。
「担当教授が、ジラー先生に決まったんだって?」
「はい」
「じゃあ、俺と一緒だ。よろしく」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
ジラー研究室の先輩ってわけだ。
「とはいっても、実質リヒャルト先生だけどな」
「そうですね」
「うん。時に、そのリヒャルト先生なんだが」
ん?
「はい」
「4月から、講師になられるそうだ。まだ辞令は出ていないし、ご本人から聞いたわけではない。他では言うなよ」
では、どこでその情報を入手したのだろう?
「はい。でも、よかったですね」
助手と講師では、格が違う。給料も上がるし、学生の方も見方が変わる。
「まあな」
うなずいたが、なんかそうでもなさそうな反応だ。
「……助手は、まあ、教授や准教授の文字通り手伝いだが。講師となると、自身もしくは研究室の研究成果が問われる。それもたぶん5年くらいの期間で成果を上げないと、この大学で出世の道は閉ざされる」
「そうなんですか?」
「学内に留まる限りは、講師にならないと、さらに准教授、教授とはなっていかないから、講師になること自体はめでたい。が。見方を変えると、結構厳しい立場ということだ」
「なるほど」
「俺は、先生には世話になっているからな。もちろんがんばるが。レオンも少しは気に掛けてくれるとうれしいな」
「了解です」
「ははは。じゃあな」
ふむ。先生の出世のことまで気を回すのか。
こういうところが人望なんだろうか。
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訂正履歴
2025/04/05 誤字訂正 (長尾 尾長さん ありがとうございます)