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79話 研究計画書

計画書。ううう、苦手。ハイにならないと書けない。ようするに無計画なやつ>小生

「冬休みは良かったなぁ。はぁぁ……」

「えっ?」

 久々に一緒になった昼食時の学生食堂で、ベルがぐったりしている。ディアの方を向く。


「いやあ。ベルは大学が再開して結構たったのに、まだこんなことを言っているんだ」

 たしかにもう1月も下旬だ。


「えぇぇ……例の飲み会が楽しかったって、ディアも言っていたじゃないか」

「楽しかったけれど、ベルはもう少ししゃきっとすべきだぞ」

 んん。もう一度開けということか?

 違うな。いやそうは思っているかもしれないが、それなら単刀直入に言い始めるのがベルの性格。つまり、もっと別のことがあるはずだ。つまり、僕にはどうしようもないこと。

 ベルの性格から考えるに、魔術の実技ではなさそうな気がする。


 ぴんと来た。

「ああ。研究計画書を作るのがおっくうだと」


「おおっ、同士よ! さすがはレオン、乙女心まで分かるとは」

 ベルは上体を起こして、僕の手を取る。

「僕は、そうでもないけれど」

 そもそも乙女心と何の関係が?


「なんだよぅ。裏切り者ぉぉ」

 学食って、酒は出していないよな?


 まあ、ベルの気持ちも少しはわかる。

 サロメア大学では、半分以上の学生が奨学金をもらっている。僕もそうだ。

 その援助は、大学を通じて研究や研さんをするという前提なのだ。だから、返済額が支給額より少なくて良いとか、利子が付かないとか、優遇されている。ただそれなりに義務は発生する。そのひとつとして、計画書を2月末までに提出する必要があるのだ。


「今回に出す計画書は、まだ完成度は要らないって話だったから、そう深刻に構えなくても」

「えぇぇ、理工学科はそれで良いかもしれないけれど、技能学科はなあぁ」

「そうなの?」

 もう1人の技能学科生(ディア)の方を向く。


「まあな。援助元より学科の承認をもらうのが、厳しいんだよ」

「そう、厳しいんだよ」

 得意そうにうなずく、ベル。


「ふぅん。そうなんだ」


 無論計画書は、学生が勝手に作って提出するわけにはいかない。形式として学科長の承認を得る必要がある。とはいえ、学生はたくさんいる、学科長が全部を見ているわけではないだろう。


 それに計画書と言っても研究内容が確定しているわけでないので、以後に見直すことも往々にして起こることだそうだ。

 しかし、8月に提出する経過報告にて大幅に変えることになるのは、できるだけ避けたいところだ。言い訳が面倒くさいからね。


「どうせ似たり寄ったりになるから、ディアの計画書を丸写しさせてくれよ」

「すぐばれるぞ」

「そうなんだよなあ。そもそもディアの方が日頃から信用があるから、私が悪者になる」

 だろうな。


「聞いたか、レオン。ともかく自力でがんばれ、ベル」

「わかってるよぅ。あっ!」

 ん?


「そういえば、レオン。オデットって女子を知ってる?」

「ああ、同じ学科の1年のことかな? ほとんど接点はないけれど。彼女が何か?」

「うん。寮の1年生舎監なんだけど」

「ああぁ」

 舎監というのは、寮生活の風紀維持を担う係だ。


「ああって?」

「彼女は、学科の1年の世話役もやっている」

「ふぅん。そういうの好きなんだね」

「そこまでは知らないけれど。それで」


「レオンの部屋で飲んで寮に帰ったときに、オデットに見られたみたいで」

「え?」

 何か、悪意が混ざっている。

「それで、酒に酔って帰ってくるなんて、寮生にあるまじき行いとか、冬休み明けに第3舎の学年総会で問題視してさぁ」

 うわぁ。


「まっ。私たちは成人しているから飲酒は問題ないし、別に周囲の住民から苦情が来たわけでもないし。そんな指摘を受けるいわれはないと反論したんだけどね」

「どうなったんだ?」

「その時は、寮生1年の多くが、私たちに賛同してくれたからね、事なきを得たんだけど」


「まあ。レオンも気を付けて」

「うん。そうするよ」


     †


 3限目。

 ここ最近、学科によらず、3限目は自習になっている。何をすべきかというと、研究計画書の作成だ。

 僕も2月にラケーシス財団に提出する、研究計画書の準備を始めている。学内の図書館で調べ物だ。


 さて研究計画書だ。

 計画の完成度はそれほど問われないとはいえ。やる内容はぶれないようにしたい。時期の前後は致し方ないとしてもだ。

 方向性としては、光魔術と決めている。

 できれば発光原理のところに関わりたい。


 現在主流なのは、照明魔道具に代表される、魔気エネルギーから光エネルギーへの変換に熱エネルギーを経由する方式だ。物体は加熱すると、電磁波を発するので、その一部を(可視)光として利用するのが原理となる。ただ、この発光方式は、なにしろ効率が悪い。ほとんどが熱として逃げてしまうからだ。


 よって、違う発光原理としたい。

 いくつかあるが、おおむね原子、分子、電子などが外部からエネルギーを受けて、発光(電磁放射)するものだ。地球文明上では、まとめてルミネッセンスと呼ばれるそうだ。このエネルギーの受け方(励起)によって分類される。


 脳内システムのドキュメントの情報と怜央の記憶により情報をまとめるとこんな感じだ。括弧内は実例。

(1)化学反応による励起(燃焼など)

(2)光(紫外線)による励起(地球:蛍光灯、水銀灯)

(3)電子線や放射線による励起(地球:ブラウン管)

(4)電界による励起(地球:発光ダイオード)

(5)魔界による励起(刻印魔術)


 ルミネッセンス以外の原理も、あるにはある。例えば光速が下がった物質に高速の荷電粒子を通過させる方法もあるらしい。地球上での呼び方が面白いというか、読むのに苦労した。


『チェ、チェ、チェレ、チェレン、チェレン、チェレンコフ……』


 発見した人物の名前らしい。放射性物質が水の中で、蒼白(あおじろ)く発光している光景が脳裏に浮かんだ。格好良いが、効率が悪い。


 まあ、そういうのは、除外して。ルミネッセンスから考えよう。


(1)は今さらなので論外として、技術の難度で手頃なのは(2)だ。この世界にも蛍光材料はある。地球でも、蛍光灯というのがかなり普及していたそうだ。ただ、発光効率がもうひとつだ。もちろん熱経由方式よりは数倍良いのだが。


 エネルギー効率で行けば、(4)と(5)が良いらしい。


(4)は、物体を併用した魔術が前提となる。ちなみに地球上では半導体を使っているそうだ。たしかに正孔(ホール)という物体内の状態を使う以上、事実上純粋な魔術では難しい。

 仮に魔道具に限定するとしても、重大な問題になりそうなので、この図書館で調べている。この世界に(4)の理論と技術の積み上げがあるかないかの判断だ。

 僕が研究して成果が得られたとして、それを発表するとなると、背景となる基盤技術がなければ、一介の大学生が、どこからその知見を得た? そういう疑問が生じるのは必定だ。調べてはみたが、やはりない。半導体という概念はあるが、それを利用するという段階にはないのだ。

 説明できないならば、残念ながら、それは避けるべきだろう。少なくとも、奨学金をもらってやる研究ではない。


(4)が厳しいとなると、残るは(5)だ。

 電子線に魔界を印加すると電子がいったん励起され、基底状態に戻るときに、2者の外積方向に発光するというのが原理だ。この現象を利用したのが刻印魔術であり、魔道具も存在する。印加する魔界に依存して光量が得られ、なかなかに効率が良い。失われた古代エルフ文明のひとつだそうだ。

 問題は、研究の価値だ。一部とは言え実用化できているわけだから、見方によっては新規性がないとも言える。こういうとき着目すべきは、従来の問題点の解決だ。


 問題点は、熱経由方式より術式が大規模で複雑なことだ。まあこれは仕方ない。他には焦点径の大きさだ。現状も改良が図られているものの、1ミルメト(≒mm)の100分の1が限界らしい。それでも見た目には、直線にしか見えないほど光束(ビーム)にはなっており、他の方式よりは優れていて、細密な魔術紋章を魔結晶に刻印するのに向いている。だが、刻印密度を上げるには、さらに焦点径を小さくする必要がある。


 この改良辺りが、研究の狙い目になるだろう。


     †


「ほう。刻印魔術の改良か」

 指導教官が決まっていない中で、外部の窓口をやってくれる、リーリン先生に相談した。

 先生は、腕を組んで考え始めた。

「改良とは具体的に何を目指すのかは決まっているか?」

「加工光線の焦点小径化です」

「うぅむ」

 うなって、あごをまさぐった。


「どうでしょう?」

「そうだなあ。まず研究主題の着眼点は悪くない。ただ、焦点小径化は、ここ何十年も多くの研究者が取り組んだし、現在も進行中だ。知って居るか? 確か本学でもやっていたはずだ」

「はい」


「ふむ。レオン君は、もっと派手なところを志してくるかと思ったが……」

「派手なところというと?」

「いやまあ、攻撃魔術とかな。はっははは……ああ悪い。なかなか堅実で結構だ」

 どうも、僕は派手好きと見られることが多い。ディアたちの会話でも、同じようなことを言われた。


「分野で言えば、理論と工学のちょうど中間というところだな。私としては良いと思う。しかし……」

「なんでしょう?」

「たぶん、今回の計画書提出と7月の経過報告あたりまでは、良いかもしれないが。来年は結構大変だぞ」

「それは……」

「ああ。2年経過時には、外部の審査官に向けて、奨学金研究の中間報告をやることになるだろう。その時に、研究主題を過去の例から、安易に真似たと解釈されかねない。ある程度成果が出ていれば良いが、そうでないときは叱責(しっせき)されかねないぞ」


「望むところです」

「ふふふ。大した自信だ。いや学生はそうでなくてはな」

「はあ」

「よし。俺も応援する。説明してくれた線で行こう。そうだな計画書の第1報を2月の上旬までに作成してくれ。それから、調整しよう」


「ありがとうございます」

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2024/02/28 細々修正、表現変え

2024/05/13 報告時期の誤りを訂正(8月→7月)

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