78話 お尋ね者
お尋ね者って、今だと指名手配犯みたいなものですが、言葉が柔らかい気がしますね。
1月8日。昨日、今日と南東の森に来た。
しかし、獲物は小物か灰猪ばかりで、中庭という場所にも行ってみたが、鱗鎧犀や、もっと大物はみつからなかった。
まあ、ハーコンとグリフィスの話からして滅多に出現しないらしいから、当然なのかも知れないが。
森の中の拠点に戻ってきて、買取窓口に並ぶ。
朝は、年初に比べて倍以上の冒険者が居たが、まだ4時前だからか待ち行列は短い。
今日の職員は、知らない人だな。
「灰猪、6体だな。ギルドカードを」
差し出して見せる。
「レオン、ベーシス、15歳……んんん」
「なんだ?」
「うむ。査定は1時間掛かるかどうかだが……ちょっと待ってくれ」
何か歯切れが悪い。
後を見て、手に取った紙束をめくってうなずいた。
「それで、今日は王都のギルド支部に行ったか?」
「いや。行っていない」
「そうか。わかった。査定情報は送るから。支部へ顔を出してくれないか?」
ん?
「それはどういう?」
「わからん。理由については書かれていない。当該の……つまり、レオンが、この拠点に現れたら、伝えるように指示が来ているだけだ」
思わず、眉根が寄る。
「安心してくれ。職員で身柄を確保しろとは書かれていないから、それほど悪い話ではないはずだが」
「それほどね。わかった。行ってみる」
呼び付けられる心当たりはない。が、まあ、すぐに金が入り用ではない。
それにしても、何かまずいことを起こすと、職員に取り押さえられるってことか。気を付けよう。
「着いたら、総合案内に申し出てくれ。預かり書だ」
†
森を抜け、市街へ向かって駆け出す。
別に急ぐ必要はないのだが、日課になっているし。森はさほど起伏がないし、バンバン魔術を撃てないから、身体がなまるんだよな。
15分も掛からず、街の端まで来た。
止まって、ズボン、上着をはたいてから通りに出た。そのままギルド支部へ入る。総合窓口はホールの正面だ。
先客は3人ほど居るので後に並んだ。
一番前の冒険者は何か揉めているのか、大きく身ぶり手ぶりで掛け合っている。もうひとつ窓口は閉まっている。長くなりそうだな。
「あのう」
振り返ると、ギルド職員が立っていた。
えーと。なんだか顔に見覚えがあるような気がする。20歳代前半位の女性、そこそこ綺麗な……ああ、加入の手続きをしてくれた人だ。
「たしか、レオンさんでしたよね」
「ああ」
2カ月半くらい前のことなのに、よく俺の顔を覚えていたなあ。
「こちらに並んで居るのは……」
「ギルドから呼び出されたからだが」
「承知しました。こちらへ来てください」
職員に手配が回っているのか。
2階へ昇って、来たことがない区画へ入り廊下を歩く。冒険者の姿はなく、擦れ違うのはギルド職員ばかりだ。
6番応接室と書かれた部屋の扉を開け、中へ誘われる。
「こちらで、お待ちください」
中にはソファーセットがあったので、腰を降ろそうとすると。
「ああ、すみません」
「えっ」
立ち上がる。
「奥へお掛けください」
「わかった」
テーブルを回り込んで、今度こそ座る。
「少々お待ちください」
何を待てばよいのだろうか?
まあ、ここまで来たんだ。それにここは応接室だ。拠点の職員が言っていたように、それほど悪い話ではなかろう。
5分位待つとお茶を出され、さらに10分弱待つとノックがあって、人が2人入ってきた。
まず間違いなく、僕を呼び出した人物だろう。
立ち上がる。
「お待たせした。南支部を預かるアレクサンドラ・マーキスだ」
「レオンだ」
へえ。女性なんだ。荒くれ者が多いギルドなのに。明るい茶髪が胸まで伸びている。
ぱっと見30歳後半から、40歳代前半。リーアさんほどではないが大柄だ。家名を持っているところを見ると、貴族らしい。
「ふむ。どうぞ、掛けてくれ」
軽く会釈して座る。
「呼び出して悪かったな、レオン君」
支部長が振り返った先に、厳つい顔の大男がいた。ソファーの後で控えるように立っている。
「レオン。加入は昨年9月。ベーシス3級、15歳。王立サロメア大学魔導学部在学中」
「用件は?」
後ろの男に、思い切りにらまれた。
「率直に言おう。君を優良戦闘冒険者へ勧誘したい」
優良戦闘?
「なんだそれは? そんな等級は約款にはない気がするが」
「主幹」
「はい」
後に立った男がしゃべり始める。
「確かに一般約款には存在しない。冒険者の等級であるスペリオールには、強制動員という義務条項がある。これは緊急事態において、当ギルドの指示にしたがって活動してもらうというものだ。その交換条件として、いくつかの特別な便宜を図っている」
「ふむ」
「等級は、個人的な戦闘力と相関はあるものの、あくまでギルドへの貢献度によって決まるものだ。だが、貢献度は大手クランに属するだけで等級は上がりやすくなる。逆にいくら戦闘力が高くとも、貢献度が低いものは、上級者には成れない。ギルドとしては、緊急事態に備える必要がある。よって、等級とは別に戦闘力の高い冒険者を囲いこむための制度だ。登録された場合は、上級者と同等の待遇が得られる」
「つまり、俺の個人的な戦闘力が、一般者にしては高いと」
「そういうことだ」
「どんな根拠で、そういう評価をしたのか訊きたいものだ」
「先日査定に出した鱗鎧犀だが、通常3人では手に余るはずだ。さらに魔獣の死因は頭部が炭化するほど喪失していた。無論、魔術が命中した結果だ。ただそれだけでは、どのようにして、炭化するほどの熱量が印加されたか分からなかった」
ここで言葉を区切り、俺の顔をにらみ付ける。
「が、精密な解剖を進めたところ、胴にも同様に熱が掛かった部分が、右後肢に向けて帯状に分布して居ることが分かった。この状況によれば、莫大な電流が同経路を流れたことによる熱傷と判断される。つまり、3人の内、誰かが電撃魔術を発動して、仕留めたことになる」
「主幹ありがとう。そういうわけだ。君で合っているよな、レオン君」
「評価の根拠については、理解した」
「ふふふ……どうかね。優良戦闘冒険者になることは、君の将来のためにも有利になることだと考えるが」
「断ったら、どうなる?」
支部長の笑みが消えた。そして身を乗り出してきた主幹を手で止める。
「特に現状と変わることはない」
ならば。
「お断りさせていただこう」
「理由を訊かせてもらおうか? レオン君」
「理由は俺の属性について、読み上げた中に入っている」
「ん?」
「俺の本分は、大学生だ。しかも、研究を実施するために奨学金をもらって居る立場だ。その線で有効な成果を出す使命を既に負っている」
「おかしなことを言う。ならば、なぜ冒険者ギルドに加入したのかね。今の話と矛盾しているぞ」
主幹という男の舌鋒は鋭い。
「魔術研究の中で、検証することは欠かせない事項だ。つまり、魔獣を斃すこと、魔結晶を得ることは必要となる。ギルドに加入することは都合が良い。なんら矛盾するところはない」
「レオン君の意向は分かった。ただ勧誘は続ける。気が変わったら申し出てくれ。お引き取りいただいて構わない」
あっさりしたものだ。
逆に不気味さを感じつつ、応接室を、そしてギルド支部を後にした。
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訂正履歴
2025/04/01 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)