77話 家飲み(下)
78話は、明後日の日曜に投稿予定です。
「こっちの白も、うまいなあ」
「それは何より」
2本目のワインの栓を開けた。
「時に……」
ベルさんの目が泳いでいる。
「なんです」
「こうして、部屋に呼んでくれたわけだ。私たちは、親密な……友人ってことだろう」
「そうですね」
”親密な”の後、少し間があったが。
「そうだよな」
「そこで、レオンに提案だ!」
「提案。なんですか? ベルさん」
まだ酔ってないよな。
「その、ベルさんだ」
「ん?」
「たしかに私たちの方が、年上だが。”さん”を付けられると、もうひとつ、なんというか、打ち解けてないというか……」
「隔たり」
「そうそう、隔たりが感じられる」
まあ、年齢だけじゃなくて、貴族と平民の差もあるけれど。
「これからは、私たちを、ベル、ディアと呼んでくれ!」
「えっ!?」
「ベル、良いことを言った!」
何だか、既視感を感じるんだが。
「他人の目が気になるんだったら、3人の時だけでも良い。なっ!」
ディアさんも、大きく何度かうなずいた。
「じゃあ。ディア、ベル。乾杯しよう」
「うん。いいなあ」
「よし」
「「「乾杯!!」」」
†
最初の乾杯から1時間あまり。
2本目のワインが空いた。
魔術士は、毒に強いと言う定説が、正しいという実感が湧いてきた。酒精も、ある意味では毒だからなあ。
「しかし、レオンには恋人がいると思ったんだけどなあ」
毒に強くても、酔わないというわけではない。絡み酒傾向だな。
「いませんよ」
アデルさんの夢実現のためには、恋人がいるとか、うわさになるのはまずい。じゃあ、自制しろよっていうのは、その通りなんだけど。
「本当か?」
「疑い深いなあ、ベルは」
「じゃあ……」
ん?
「その、首元の赤くなってる痕はなんだ?」
「ああ、これ?」
「ここに来たときから気になってたんだ。先月はそんなふうになってなかったよな」
ディアもうなずく。
「誰かに吸い付かれたんじゃないのか!?」
鋭いけど、小指を立てるな。
「吸い付かれたのは事実だけど」
「「なんだと!!」」
「声が大きい」
「すまん」
「でも、吸い付かれたのか? 誰に?」
「違う違う。年が明けて、南東の森に行ったんだけど」
「森?」
「うん。魔獣狩りに。それで、木からたくさんのヒルが降ってきて、全部は避けきれなくて吸い付かれたんだ。まあ、そいつがメスかオスかは知らないけれど」
あれ? 雌雄同体だったかな?
「ヒル!?」
「なんだ、ヒルかぁ」
「色気がないなあ。でも、よかったな、ディア」
「そうだな」
「良くないよ。すごく痒かったし」
「「あははは……」」
「でも、それぐらいで済んで良かったな」
「すぐに回復魔術を掛けたので」
言い訳を考えておいて良かった。
たしかに、おまじないの効き目があるなあ。
「まあ、その痒みの対価が、みんなで飲んでいるワインだけど」
2人がまじまじとグラスを見た。
「心して飲まないとな」
「レオンは、冒険者ギルドに加入したんだよな?」
「したよ」
「いいなあ」
「んん? 何か、ギルドに入れないような口ぶりだけど?」
「ああ、技能学科は禁止なんだ」
「へえ……」
僕を受付してくれた職員の反応と矛盾するけど。
「正確に言うと、冒険者ギルドだけじゃなくて、傭兵、警備など職務の一部に戦闘が想定されている職業の参加禁止だ。期間は入学から1年間」
「なんだ、期間限定か」
参加って、一時的なものも許可しないってわけだ。
「魔術士は初期の事故率が高いし、変な戦闘方法に染まらないようにってことだな」
「ふふっ。じゃあ。理工学科生は、別に死んでも構わないってことだな」
つい軽口を言った。
彼女たちは、顔を見合わせた。
「レオンは別として、ほとんどの理工学科生は、戦闘する志向がないと思うけどなあ」
「そうねえ」
ふーん。確かに、同学科生はそんな気がするな。
かく言う僕も、魔術制御の実証と金儲けが狙いだからなあ。後者は誰でもそうかもしれないが。
「そもそも、魔力総量が多い受験者の10番目くらいまでは、例年技能学科だったって、あの准教授が言ってたし」
「やっぱり理工学科は禁止しなくても問題ないんじゃない?」
むぅ。
訊いてみるか。
「そうだ。この前、魔術の杖を買ったんだけど」
「レオンが?」
「使わないって言ってなかった?」
「いやあ、まあ。自分で使う気はあまりしないんだけれど。研究用に」
「研究、ねえ……」
「うぅぅん。そこは理工学科生なんだ」
机の引き出しから、3本の杖を取りだして、食卓に並べる。どれも300ミルメト程だ。
「棒型に、回転体型、不定型。いやあ、こうやって見せられると、本当に使う気がないってわかるね」
魔術に使う杖は、ほとんど魔石と木材でできてる。杖というだけあって、ほとんどは長細い。
棒型は、魔石部分を除き太さ10ミルメト未満のもの。回転体型は、それより太く、凹凸があって長手方向軸に対しておおむね回転対称のもの。不定型は、それ以外のものだが、多くは握り部分が指の形にえぐれた形だ。
一般的な特色は、次のように説明されている。
棒型は指向性に優れ照準を付けやすいが、魔力量消費がやや大きい。回転体型は万能、悪く言えば個性が少ない。不定型はその逆で、使う人を選ぶ。
「初心者用の杖ね」
「確かに、安かったけど。そもそも、僕には魔石以外の善し悪しが実感できないんだよなあ」
「使ってみたの?」
「まあ一応」
ギルド支部に金を受け取りに行って売店で買い、最近使ってみたが。
「正直、かえって発動が遅くなったし、照準も甘くなった」
「はっ?」
「いやいや。どれを使ったのよ。」
「ひととおり使ってみたけれど。どれも、なんというか、逆に雑音が強くなる感じで」
「これだよ。天才君は」
「ベル。まあ、最初は多少違和感があるわ、私もそうだったし。今でも杖を替えると再発するわ」
慣れか。
魔術には、それぞれ共振周波数がある。
しかし、人間の立ち上げる魔界強度には雑音が含まれている。有効誤差範囲内に収めないと、魔術は発動しない。ゆえに杖がある。
杖の主目的は、魔術発動の短時間化と命中率の向上だ。言い換えれば、誤差範囲を狭くすることと指向性の向上だ。
魔気インピーダンスが高い、人間の身体から魔界強度を発生させると、基本的には高周波雑音が重畳する。これを魔束容量性を持つ杖を伝導させることで、抑制させる。ただし、少し周波数変位があって、杖ごとにばらついている。これがディアの言う違和感の正体だ。変位分を逆算して、魔界強度を発動することが慣れだ。
ともかく雑音が減れば、分散が減って早期発動が実現できる。
指向性は杖の形状に依存する。単純には、細くて長い方が指向性が上がり、命中精度が上がる。しかし、魔圧損失も増え、魔界強度を高くする必要がある。ただし、魔術が命中しなければ、結局発動数が増えるので、杖の形の向き不向きは人によることになる。
「2人の杖は、普段どの型を使っているか訊いて良いか?」
合同魔術技能実習の時に見た気もするが、その時はまだ関心が低かったので、しっかり記憶がない。
「えっ、持って来ているから見せようか」
「いや」
間近に杖を見ると、魔石にどんな術式が刻まれているか見えてしまう。それでは2人に悪いからな。
「じゃあ、私のはこれね。握りはこれより太くて、もう少し凹凸が多いわ」
ディアは万能型か。
「子供の頃から?」
「最初は棒型だったけど、なんというか汎用性があったほうがいいかなあと思って、変えたわ」
「そうなんだ」
なかなか興味深い話だ。
「あたしは、あたしは。棒形! もっと細いわ、その代わり伝導性の良いトネリコなのよ」
そう言われるとそうだった気がする。
「発動を早くして、狙いを鋭くしたいからね」
「ベルは、もう少し慎重に狙った方が良いわよ」
「ああ、それ、マルロー先生にも言われた」
「まあ。ベルは、思い切りがいいのが、持ち味だし」
「おっ、レオンは良いこと言った!」
「だから、甘やかすなって」
ディアさんの魔術士としての成長を考えるとどうあるべきかはわからないけれど、杖がもっとそれを支援しても良い気もする。
†
「おっ!」
部屋を出て玄関へ行くと、リーアさんが居合わせた。
「彼女たちを送ってきます」
「その方が、良いだろうな」
後から階段を降りてくる、2人の足取りを見ているようだ。
「お邪魔しました」
「失礼しますぅ」
陽気だなあ。
下宿を出ると、陽光がだいぶ低くなっている。もう4時か。
「寒ぅい」
「また大学の授業が始まるなあ」
「だな」
西に出て、人通りの多いベイター街市場を避け、少し迂回しつつ彼女たちの寮に向かうと、それでも15分も掛からずに着いた。
玄関の前まで送っていき、手を振って別れた。
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訂正履歴
2024/02/23 誤字訂正
2025/03/29 誤字訂正 (じゃこうねずみさん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)