75話 ロマンス
明日の投稿はありません。よろしくお願いします(体調が……)。
1月4日。王都は普段の営みに戻った。
数日間閉まっていた市場が開いたので、テレーゼ夫人とリーアさんが連れ立って買い物に出掛けた。
その留守を狙ったというわけではないが、アデルさんが僕の部屋に来ている。
「乾杯」
「乾杯」
「成人、おめでとう。レオンちゃん」
「ありがとう」
少し前、敬語は禁止と言われたので、対等なしゃべり方だ。
テーブルではなく。今日は、ソファーというか革張り椅子で差し向かいだ。なんだか距離が近付いた気がする。僕は長椅子なので、ちょっと微妙だが。
アデルさんは、清楚なコートを着てきたが、部屋に入って脱いだら体形の浮き立つブラウスだった。
美しすぎて溜息が出る。
「でも。成人したのに、ちゃん呼びはだめね」
「いや、別に良いで……良いけれど」
「そう。じゃあ、しばらくはレオンちゃんって呼ぶわね。それにしてもおいしいわね、このワイン」
「そうだね」
鱗鎧犀の素材は、抜群の値打ちで、その半分の取り分でも結構な収入だった。よって、今朝つまみとなる食べ物と一緒に奮発して買ってきたのだ。
2人ともグラスが空いたので、さらに注ぐ。
「でもさぁ……」
「ん?」
「レオンちゃんが、あんなに飲むなんて思ってなかったわ」
アデルさんの視線の先、6本ばかりワインを買ってきてある。流しに置いてあるのを見たのだろう。
「ああ。明日同級生が遊びに来るから、それ用にね。でも、飲んだら飲んだらで、また買いに……」
えっ。
アデルさんの笑顔がすぅと消えた。
「同級生って、女の子よね」
「そっ、そうだけど」
なぜ、そう思った?
えっと。
アデルさんは、まだなみなみとあったグラスを一気にあおった。
「もう。レオンちゃんも、かわいい顔して隅に置けないんだから」
かわいい?
グラスを置くと、立ち上がった。
そのまま、小テーブルを回り込み。
「あっ」
僕と肘掛けの間に、意外と大きいお尻をねじ込んできた。まあ寝そべるほどの長椅子だから十分座れるけれど。
そして、横にずれて少し距離を置こうした僕に抱き付く。
「レオンちゃん。その同級生と仲良いの? いいのよね。遊びに来るのだから」
「んんん。大学でお昼を一緒に食べるくらいだけど」
「まあぁぁ。くやしい」
いや、くやしいって。
「えっ、アデルさん。もう酔ったんですか?」
顔が紅い。
「酔ってない!」
いや、酔っている人は、大体そう言う。
「あと、アデルさんじゃなくて、ア・デ・ル」
酔ってるなあ。まさか演技じゃないよね。
ギュウギュウと自分の身体を押し付けてくる。
「ねえ、注いで」
置いたグラスを手に取って突きつける。
「大丈夫か? アデル」
「ふぅん、大丈夫」
本当かなあと思いつつ、半分ぐらい注ぐ。
「ありがっと」
なんだか、かわいいけれど。
一口飲むと、グラスを置いた。
「でも、このまま放っておくと。レオンちゃんに悪い虫が付くわ」
「何か勘違いしているけれど、明日来るのは1人じゃなくて2人だよ」
これで、誤解が解けるだろう。
「えっ! 2人も!? ますます危ないわ」
何が?
「えっ」
僕を押し倒した。
「浮気者のレオンちゃんは、こうしてやる」
そのまま覆い被さってきた。上に上へと、にじり上がってくる。
美しい。
至近にアデルの顔。目が閉じた。吐息が顔に当たる。
世界が暗くなって。
ダメだ───
アデルの上体を引き剥がす。
彼女は目を開け、僕を見つめた。その瞳はなぜと問うている。
肘を曲げながら体を入れ替え、長椅子の上に組み敷いた。
「好きだ。アデル。こうしたくなった」
今の今まで気が付いていなかった願望、欲望を思い知った。
アデルはうなずいてほほ笑むと、再び目を閉じた
身体を重力に委ね、唇を重ねた。
†
冬の夕暮れは、なぜこんなに早いのだろう。
そう思わざるを得なかった。
互いのコートを相手に着せて、部屋を出た。
玄関に降りると、リーアさんが居た。
「なんだ来ていたのか」
「はい。また来ます。合鍵を預かりましたので」
「そっ、そうか……」
リーアさんが、艶冶にほほ笑んだアデルに気圧されたように通路を空けた。
外は強い風。
寄り添って腕を回す。そうか、2人だとこうも違うのか。温かい。
通りに出て、辻馬車を拾った。
「どう? もう大丈夫か?」
「大丈夫よ、ちゃんと歩けるし。ああ、でも心臓だけは、ずっと収まらないの」
「ふふっ」
「レオンちゃんを、もっと好きになっちゃったみたい。あと安心した」
「何に?」
「その。ちゃ、ちゃんと、付いて……た」
「はっ?」
「だって。そりゃあ、信じては居たのよ……」
わからん。
「レオンちゃんは男の子だってね。でも、ちょっとだけ、もしかしたらって。だって、ついてなかったらどうしようって。レオンちゃんが風邪をひいたときも、見せてくれなかったから」
あぁぁ、付いてたって。そういうことか。
「いや、普通見せないって」
「ふふふ。そうよね。楽しいわぁ。このまま、いっしょにどこか遠くへ行きたい」
「そりゃあ。僕もそうだけれど」
胸が締め付けられるような心地。
「明日、女の子が2人も遊びに来るものねえ」
「そうじゃなくて」
「ふふふ。ごめん」
「叔母さんも、叔父さんも、心配するよ」
「わかってるもん。女優が本当の自分を見せるのは……」
うっ。
首に吸い付かれた。
「レオンちゃんに目移りをさせない、おまじない」
結構あるはずの道程はあっけなく終わり、数日前来たときには、こんなことになるとは思っていなかった、叔父さんの家に近付いた。
一筋手前で降りて代金を払い、一緒に歩く。
「じゃあ。また学校の帰りに寄るから」
「うん」
うれしそうに、鍵を見せてきた。いや、僕が渡したんだけどね。
紅い夕日が彼女の面差しを隠すと、すっと敷地の中に消えていった。
帰ろう。
少し歩いて馬車鉄に乗ると、浮き立った気持ちが静まってきた。
数時間前に起こったことが幻じゃないかと思えてくる。アデルのことが好きなのは疑いない。だが……長椅子で抱き合う寸前まで、あそこまでの衝動があっただろうか。
そもそも僕はその辺りが疎い。
それ以前に、そういう欲望があったことが意外だ。ほとんどの男にはあるとハイン兄さんは言っていたけれど。これまで、沸き上がったことのない衝動だったからな。
なんというか、まだ子供だからか? それとも、脳内システムの副作用か? そんなふうに思っていたが。
バシバシ。
おっと。年配のご婦人がおどろいた。
自分の両頬をたたいた僕を、何事とかと訝しんでいる。
しっかりしないとな。
僕は、もう大人になったんだ。
誰かに保護される存在じゃない。自分がやること、やったことに真の責任をとれるようにしなければ。
アデルとのことも。
魔術のことも。
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訂正履歴
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/01 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)