74話 南東の森の魔獣狩り(5)
電撃って良いですよね。
───レオン視点
あの荒れ地を、中庭と呼ぶらしいが、そこから再び森に戻り、沢を下った。今は、そこからも逸れてギルドの北西拠点に近づいて居る。
鱗鎧犀は斃したが、反省点は多い。
1撃目で魔術の効きがよくなかったので、2撃目は魔圧を調整したが、増強しすぎた。
それで頭部が昇華するほどの発熱があったのだ。脳が融解するぐらいで十分だったのだろうが。試行が足りてないので分からなかった。
今回は1体しか居なかったから、何の問題にもならなかったが。過剰な魔力消費は危機につながる。まあ、魔力が他人より少ないと思い込んでいた以前よりは、危機感が緩んでいるけれど。
発熱量は、電流の2乗、抵抗、時間の3項目の積だ。空気の抵抗率が圧倒的なので、抵抗はおおよそ放電距離で決まるからな、発動時にパラメータを決めず、モデル化することが、今後の課題だ。
「レオン」
先行するハーコンだ。
「なんだ?」
「犀を斃した魔術、俺は見たことがないんだが」
「おい、ハーコン。魔術士に訊くのは失礼だぞ」
「うぅぅむ、俺は剣士だ。魔術のことを訊いても、何の役にも立てられん。訊きたいのは大ざっぱなことだ。あれはなんだ?」
清々しいほどの開き直りだな。まあ、この2人に隠す程でもない。
「電撃魔術だ」
「電撃だと!」
グリフィスの眉根が上がった。
「いや、電撃魔術ってのは上級魔術士の領分だろう」
「そうか?」
魔術の大半は電磁力だ。電撃魔術も術式は公開されている。だが使う術者が少ない。
電磁波ではなく電流を直接攻撃に使うのは難しいらしい。
なぜか? 遠隔で電撃とはすなわち放電現象だ。
放電に対しては、発動紋と対象の間の空気が立ちはだかる。空気は優秀な絶縁物で、放電させるには高電圧が必要だ。要するに多大な魔力量が必要となるのだ。そのため、一般に魔力対効果が低くなる。
よって、使いづらい。特に下級魔術士では、というのがグリフィス発言の主旨だろう。しかし、俺は使い方次第、つまり制御次第だと考えている。
「あの発動紋が、犀の頭のすぐ上に見えたのは、何か関係があるのか? 当たりやすくなるとか」
ほう。グリフィスは、魔術士を目指しただけあって、よく分かるようだ。
「その通りだ」
半分は。
あとの半分は、魔力対効果を少しでも高くするため、放電距離を縮めるためだが、そこまで話すこともなかろう。
「そう……なのか。発動紋の発現位置を変えられるのか。むぅ、灰猪もそれか。すごいな。ああ、大丈夫だ、よそではしゃべらん」
「なんだよ。頭が良いやつらだけで通じ合いやがって、気にくわねえなあ。そもそも、電撃ってのはなんだ?」
「ああ、雷だな」
グリフィスが説明してくれるようだ。
「雷? あの、黒い雲からドカーーンって落ちてくる?」
「そうそう」
ハーコンは上を見た。
「今日は雲もねえし、空も光ってないぞ」
「まあ、魔術だからな。俺も見たのは初めてだ」
「ふぅぅん。雷が作れるってわけか。ますます良いな」
「何がだ?」
「なあ、レオン」
「ん?」
「俺たちのクランに入らないか?」
「おい、ハーコン」
「なんだ、グリフィス? レオンなら銀鎖の剣に入る実力は十分だろう」
「それは否定しないが、ロヴェルさんがなんて言うか」
「マスターには、俺が紹介する」
「ああ……」
「ん?」
「悪いが、加入する気はない」
変な方向に話が進む前に、否定しておかないとな。
「なんだ。俺たちが気に入らないのか?」
ハーコンが脚を止めて振り返り、グリフィスも寄ってきた。
「2人がどうだとか、銀鎖の剣がどうだということではない。当面どこのクランであれ加入する気はない」
「なんだと。なぜだ?」
「冒険者に言うのは気が引けるが、俺は冒険者を副業だと思っている」
「副業でもクランに入るやつは居る」
「ハーコン。レオンの話をしっかり聞こう」
「あっ、ああ……」
「あとは、時間が自由にならないからな、クランから動員されても応えられないことが多いというのが理由だ」
「そうなのか」
「時間が自由にならないって、そういえば本業は何をやっているんだ?」
「ああ、今は冬季休暇中だが、俺は大学生だ」
「「大学生?」」
「ああ」
「大学生、魔術士、南区……もしかして、サロメア大学か?」
「そうだ」
勘か? 推理か?
「なんだ。ロヴェルさんの後輩かよ。頭がいいわけだ」
ふむ。クラン・マスターてのは魔術士なのか。
「ふぅむ。時間が自由にならないのは良くわかった」
「そうなのか?」
うなずいておく。
「大学生ねえ。ん? ええと、レオンは何歳になったんだ?」
今日は1月1日、皆が年齢を加える日だ。
「15になった」
「え?」
「15なのか? 本当に?」
「そうだが?」
「うわぁ、そんな歳には全然見えねえ」
なんだよ。
「そうか。おめでとう」
「そうだな。今日から大人だな。酒飲みに行くか? それとも娼館の方が良いか?」
「行かない。それより」
前方を示す。
ギルドの北西拠点が見えてきた。
†
「換金できないだと!」
拠点の査定窓口で、鱗鎧犀を出庫したところ、ジョーゼフさんが難色を示した。列に並んで、30分ぐらい待たされたのだが。
「なんでだよ!」
職員に喰って掛かる態度はともかく、発言には同意だ。
「そうか、そういうことか」
「なんだよ、グリフィス?」
「買取価格が1000セシルを超える物は、ここでは換金できない。知ってるだろ」
「本当に?」
ジョーゼフさんがうなずく。
「これだけの大型魔獣だ。それに傷も、頭だけ。あとは、背筋はすこし変色しているぐらいだ。売れ筋の硬鱗も革もほぼ丸々採れる。そのうえ薬になる角も問題ない。確実に買取上限額を超える。もうすぐ支部行きの馬車が出る。それに乗っていって構わないから、支部に回ってくれ」
「わかったよ」
出した物を、グリフィスと手分けして再度収納してから外に出た。
「はぁあ。体の良い護衛だよな」
「まあ、いいじゃないか。ヘルマンさんに、良いところを見せられるぞ」
「そっ、それはある」
馬車の荷台に乗り込むと、まもなく輸送団は走り出した。
†
特段何も起こらず、王都のギルドに着いた。
早速査定に回る。
時期のせいか、時間帯のせいか、閑散としている。待たずに、ヘルマンさんの元に行った。ハーコンが大物個別と得意げに告げたので、仮設舎の奥に回る。
「なんだ、レオンと一緒だったのか?」
「ああ。ジョーゼフさんが、一緒に回ってやれって言うものだから」
「ふーん。南の森に行ったんだな。で、大物ってなんだ?」
査定台ではなくて、膝下ほどの高さのでかい台車が置いてある。
グリフィスがそこへと指すので、真ん中に大物と、その脇に灰猪を出庫した。
「おおぅ、鱗鎧犀じゃないか。3人で仕留めたのか? やるな」
「いやあ」
ハーコンがやに下がった。
「頭が……炭化しているな。魔術か」
ヘルマンさんが、俺を見た。
「しかも、炎で燃えたわけじゃないか。よし。査定は初期解体込みで2時間ってところだ。どうする?」
初期解体とは、査定に必要な最小限の解体だ。大物の場合は、その後に本解体と段階を踏むそうだ。どうするとは、このまま終わるまで待っているか、どうかということだな? そろそろ3時だ。
「俺は帰る。取り分は、約束通り頭割りで」
「いいや!」
ん?
「犀の代金は、レオンが半分、俺たちが1/4ずつで良い。なっ?!」
グリフィスもうなずいた。
「約束が……」
「新人の手柄をかすめ取る気はねえ。それとも何か俺たちの評判を落としたいのか?」
「まあ、俺たちは、中庭に連れて行っただけだからなあ。特にハーコンは犀には何もしてないからな。格好を付けたいんだろう」
そんなことを吹聴する気はないが。
それに、そこに連れて行ったというのは、結構な手柄だと思うが。
ヘルマンさんの取りなしも有り、彼らの主張が通った。
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訂正履歴
2024/04/14 誤字訂正 (アルトさん ありがとうございます)