73話 南東の森の魔獣狩り(4)
戦闘シーンは書くのは、手が掛かりますねえ。
───グリフィス視点
「武者震いが来たか。いいな、みどころがあるぞ」
「痛っ」
ハーコンの機嫌が良い。
剣士と魔術士。
対照的な職能だが、レオンのことがずいぶん気に入ったようだ。
沢の脇、少しゴロゴロと岩が転がる地を、2人とも剽悍に遡っていく。
ハーコンは学がなく、とても頭が良いとは言えない。
しかし、実は賢いやつだ。
賢いとは何か? 俺は、問題や課題を解決できることだと思っている。頭が良いことは単なる賢さの一側面でしかない
ハーコンは、人間として良いやつで、友情というか義理に篤い。そこもやつの好きなところだが、それだけで冒険者の相棒を組むことはない。
自分では勘と言っているが、何か選択を迫られる場面では誤ることはない。少なくとも間違えたところを、俺は見たことがない。長い付き合いなんだが。
そのハーコンがみどころがあると言う、レオン。
魔術士としての素養は、俺が見ても歴然としているが、どうもそれだけではない。おそろしく賢い。見たことも聞いたこともない魔術を使うが、彼が作ったのではないかと思えるほどだ。
上流に向かって歩き出した2人についていく。
†
1キルメトも遡っただろうか。木立が途切れ、ぽっかりと空が見える。一層細くなった沢は右に逸れていったが、そのまま南東に進み。荒れ地のような乾燥した大地、遠くを見れば右も左も森に囲まれており、仲間内では中庭と呼ばれる場所だ。
今の時期はどこが庭だと思えるが、それは樹木の葉が落ちて、森にも陽が差し込むからであって。夏の頃は木の葉が遮って鬱蒼とするから、ここに来ると確かに少しは気も晴れる。などと考えながら、木立の際から結構離れた。
先行2人が同時に足を止めた。
「魔獣か?」
小声で訊く。
「ああ、4つ脚のでかいやつだ」
でかいやつ。
それだけでは絞り込めない。それから無言で数分。
ハーコンが指さした先、緩い窪地から土ぼこりが立ち上っている。2人がかがみ込んだので、俺もそれに倣う。
じりじりと進むと、その元が見えた。
「チッ!」
ハーコンの舌打ち。どうした?
ああぁぁぁ、見えた。
鱗鎧犀か。なるほどやっかいな魔獣だ。
体高は、俺の目線辺り。全身を手のひら大の強固な鱗が覆い尽くしている。あれでは、ハーコンの大剣も俺の鏃も貫くことはできない。
それに鼻の上に突き出たでかい角の一撃を食らえば、プレートアーマなどひとたまりもなくひしゃげ、着けている俺たちは圧死を免れない。
なぜ、こんなところに居る?
おまえの縄張りは、この森のずっと南東だろう。
「引くぞ」
だな。ハーコンの判断に賛成……。
「俺は、試したい魔術がある」
レオンがこっちを向いた。
「2人は引いてもらって構わん」
おい。
「面白いことを言うじゃないか、小僧」
眉がつり上がり、口は笑っているが、愉快だからじゃないぞ、レオン。
「その魔術を実戦で使うのは初めてだ。何回か試して駄目なら、俺は走って逃げる」
「むぅ」
ハーコンがうめいた。
レオンが笑ったからだ。
「上等! その時は、俺が担いで逃げてやる」
声がでかい。
だが、鱗鎧犀は、こちらを気にする様子もない。
もちろん聞こえているだろう。単純に俺たち人間を気にする必要などない。そう思っている。
この魔獣を斃したことは、なくもない。
俺たち2人ではなく、クランの多くを動員して、マスターが指揮。しかも、落とし穴に引き込んで、なんとか仕留めた。もはや斃したというか、駆除だな。
2人から10メトばかり離れ、俺はめくらまし付の矢を番える。どうにもならないが、当たれば多少は時間が稼げる。
レオンは、腕を伸ばした。
昼食前は、ここまでしなかった。大魔術か?
一瞬で魔圧が立ち上がる。
ダッァァァァァン!!
何?
レオンを注視していたが、全く違う場所で閃光が轟音とともに生まれた。鱗鎧犀の方だ。
ギィシャァオアォオォォォーーーー。
犀は弾かれるように、立ち上がり、のたうち回って飛び跳ねる。途切れぬ雄呻きが耳を突く。
魔術が当たったのは分かる、効いてはいる。
しかし、致命傷にはなっていない。
まずい!
怒り狂っていた犀が、その元凶を本能で察知したのか、窪地を飛び出すと、2人に向かってきた。
冷たい何かが背筋を走るのを覚えながら、番えていた矢を放つ。
狙い違わず、犀の肩に命中───破裂!
くぅ。
小魔獣なら吹き飛ばす、魔石の爆風にも無傷。
全く勢い落ちることはなく、2人へ。
ダァン!
今度は見た。犀の頭上に魔紋が現れ、そこから目映き電光が迸ったのを。
「レオン!」
ハーコンが、魔術士の腕を引っ張った。
間一髪、猛烈な塊がすれ違う。
指呼の距離を駆け抜けた犀は、のめるように荒れ地を滑り止まった。
耳障りな擦過音を残して。
「離してくれ……」
振り返ると、ハーコンとレオンが仲良く地に倒れていた。
無事か。
そちらも気になるが。俺は、まだ土煙が収まらない巨体に近寄っていく。
死んだか?
微動だにしない。
確かに魔術が当たったようだった。それで、こいつを斃したのか?
巨大な臀部を見ながら背中を回りこみ、土埃とは異なる白煙が立ち上った部位へ近付く。
頭? なんで煙が出ているんだ。臭い。何かと言っても魔獣に違いないが、燃えて焦げ臭い。
鼻先の角は健在か。炎はない。
濛々と白煙というか、湯気がそれは今も上がっている。おかげでどうなっているか、よく見えない。
首に巻いたショールを、解いて広げて扇ぐ。
何度も扇ぐと、見えてきた。
「うぅわ!」
鱗鎧犀の頭蓋の上部が抉れたようになかった。その根元は黒い。炭になっている。
「どんな炎だ。いやちがう」
さっきの輝き。あれか。
知らない魔術だ。
見返すと立ち上がったレオンが、自分のローブをはたいて土を落としてた。
「むちゃをしやがる」
「腕を引っ張ってもらって、助かった。礼を言う」
本当にそうか?
あの時、ハーコンがつかむ前に、レオンの重心がずれていた。自身で避け切れたんじゃないか?
「ああ、良いってことよ!」
レオンは、頭を下げて、こちらにやって来た。
俺の横に来て、彼が手を伸ばすと風が起きた。
「はぁ、魔界を掛けすぎたか。1.5倍で良かったな」
俺の顔を見て、気まずそうに息をついた。
「買取価格は下がるか?」
なんだ、そんなことを心配していたのか。
「魔結晶以外で高いのは、無事そうな角と鱗に皮革だ。頭がなくなっても大して価値は下がらん」
「いぃや、鎧に使う部分はまるっと無事だ。問題はねえ。で、どうする?」
ハーコンの言いたいことは分かる。
「そうだな。応援を呼ぶか?」
魔導カバンには、入れられる容量に限界がある。この巨体はさすがに無理だ。午前中に仕留めた灰猪が数匹入っているしな。
「なぜ?」
そうか。
「レオンの収納には、こいつが入るか?」
「さあ、やってみるか」
レオンが腕をかざすと、体長5メトを超える鱗鎧犀が掻き消え、後から風が吹いた。
「入ったのか?」
レオンがうなずいた。
「すげーな。ふぅむ。他に獲物は……びびっと来ない。いったん拠点に戻るか」
「そうだな」
レオンが同意したので、帰路に就くことにした。
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訂正履歴
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)