8話 探検(上) 反発心
思春期って、なんで親にむかつくんですかねえ。
4年の時が流れた。
18歳になったコナン兄さんは、3年前から商館で働き始め、今はリオネス商会の支配人補佐となって、父様や支配人ベガートとともに働いている。順調にいけば、副支配人、支配人と昇っていくそうだ。無論代替わりすれば、父様の代わりに商会の会頭となると聞いている。まあ、それまでには10年以上はあるとは思う。実直だけど果断だし、弟の僕が見ても人望がある自慢の兄さんだ。最近下級貴族の娘と婚約し、近日結婚するそうだ。この間、顔合わせがあったけれど、17歳でなかなか綺麗な人だった。
16歳のハイン兄さんは、去年から番頭レギルに付けられて、物流や買い付けの手伝いをしている。とても忙しそうにしていて、僕にも余り構ってくれなくなった。
授業も終わったので、一緒になるのは夕食時ぐらいだ。そこで、仕事が大変なの? そう聞いてみたことがあったけれど、実は楽しいらしい。逆にコナン兄さんは、責任を持たされて、気を使うことが多いので大変だろうなあと言っていた。
僕は14歳になった。
モルガン先生が辞めてから、すぐに代わりのビーゲル先生が来てくれた。だが、教えてくれるのは、普通に国語、国史、アルゲン語だ。
去年から科目が増えたアルゲン語は、国語に似ているけれど、やや違う言語で、この辺りの国の共通語だ。商人としては、身に付けておくべき教養らしい。
だが、魔術の授業はなくなった。
モルガン先生の頃は知らなかったけれど、魔術を教えてくれる家庭教師は、極少ないらしい。
時々、母様には便りがあって、病気は一進一退とのことだ。病気のことは、商館中でも問題になり、モルガン先生を診察した医者に掛かった。結果としては全員特段の異常は見つからず、あれから今まで誰も肺の病気にはなっていない。
僕も先生に何度か手紙を送ったけれど、返事は来ない。代わりに時折、起動紋が書かれた羊皮紙が僕に届く。フレージャではなく王都から、それに無記名だが、それは先生の手配だと思っている。
もちろん、それらを含めて、モルガン先生が託してくれた起動紋集は全てを試したし、改造して試し、自分なりに使い熟している。
昼食を食べていると、母様がやって来た。
「レオン、ここにいたの。ちょうど良いわ」
なんだろう?
「あなた、国史の課題を滞らせているそうね」
うわぁ、ビーゲル先生に報告されたらしい。
「それと、日曜学校も休みがちだと、聞いておりますよ」
ああ、まずい。
「はっ、はあ」
「成績が偏るのは良いでしょう。あなたは算術と簿記の成績はかなり優れているそうだから、町にいる他の子と同じように、いまさら基礎的な学習をするのは気が進まないのはわかるわ。だから、それは目をつぶるとして……」
日曜学校は、聖神教会が開催している学校だ。町に住む子供は、千差万別だ。ウチのように裕福な家だけではない。家庭教師を雇うなど論外な家庭の方が多い。それらの子に極々、初等教育を施すのが日曜学校だ。
僕が所属するのは最上級の12歳から14歳の子が集まっているクラスだけど、一部には読み書きもできない子も居る。その子たちが劣っているわけではなく、教育機会の問題だ。
そもそも、エミリアの町には日曜学校以外に学校はない。貴族も学校ではなく、子供には家庭教師が教える。その上で、高等教育を受ける場合は、大都市か王都に留学するのだ。
「ビーゲル先生の課題を滞らせるのは論外です。わかっていますか? レオン」
「はい。母様」
とはいうものの、どうも国史はなあ。
数百年以上前の話は、神話と区別が付かないし、現王朝への崇めまくる文章が鼻に付いて、気合いが入らないんだよなあ。
「あまり気がないようですね。ならば課題を提出するまで、外出を禁止しましょうか?」
まずい。
「わっ、わかりました。次回の授業までに終わらせます」
去年から、1人で外出することが許されたのに、今さら付き添い必須に戻されたら面倒臭すぎる。
「そう。あなたは、言ったことは守る子だから、今回は見送ることにしましょう。自分が不要だと思っても、修行だと思ってやりなさい」
「はい」
館を出た。
ふう。あぶなかった。
いやあ、父様より母様の方が怖いと、ハイン兄さんが前に言っていたが。その通りだ。いつも優しくて、美しい母様だけど、それだけに怒っている時の表情はなあ。
農作業をしていたリーブさんに手を振って、ウチの私有地の柵を通り抜ける。
いつものように、獣道に分け入って登り、掘っ立て小屋の前も通り過ぎる。さらに沢をさかのぼり、小さな湖の畔まで登るのだ。
最近は、火を伴う魔術を使うようになったので、開けているとはいえ、木立の中は避けている。
ん。
獣道の途中で止まる。湖は、まだ先だ。ここを右に行けば……。
まっすぐに行く予定だったが、思い返せば、叱られたせいかムシャクシャしていたのかもしれない。
何が言ったことは守るだ。
ふん。
僕は、右に曲がってしまっていた。
数分歩くと、ほこらの前に出た。危ないから行ってはいけないと言われていた場所だ。
そうそう。
3年前以来か。
ほこらは、あいかわらず斜面にぽっかりと口を開けている。
入口の手前は砂利が多くて、なぜか周りには草も生えていない。
ほこらと言うだけあって、人が侵入することが前提になっているのだろう。立ったままは無理でも、腰を曲げたら入れそうだ。
≪ルーチェ≫
光魔術を行使すると、腰を屈めて中に入った。
まだ暗いか。
少し魔圧を上げると、額の上にある光源の明るさが増す。
いくつもガレキが転がっているので、足元と前方を交互に視て、気を付けながら進んで行くと、穴の上面が高くなってきた。腰を伸ばしつつ歩くと、やがて大きな空間に出た。
ここは。
直立して見渡すと、直径15メト程の半球状の空間だ。
壁や床は、石でもレンガでもない。白いというか、やや褐色味が入った白だ。つるっとしていて継ぎ目がない。なんでできているんだろう?
怜央の記憶にある、コンクリートや漆喰でもない。おそらく一枚岩をくりぬいて造った空間だ。しかも、ノミのあとひとつも見つからない。
明らかに、僕らのとは違う文明水準で作られた物だ。
「ほこらが、エルフ文明の遺跡というのは、本当だったんだ」
だったんだ……声が反響した。
何だろう。反響が気になったせいか、ずっと耳がキーンって言っているような。余り気分が良くない。いや、気にしないぞ。
そういえば、このほこらは100年以上前に発見され、政府の何とかという部局の調査が入ったそうだ。だが公開された調査結果は、エルフの遺跡というだけで、それ以外はうやむやだったらしい。なんとも不明瞭な情報だ。
いずれにしても特段の立入制限や保護もされず、その後さらに数十年経って、リオネス商会の創始者の1人、僕の曾爺様が、この辺りの別荘地と牧場地として買い取った中に入っていたと聞いている。なお買った時には、そもそも遺跡が含まれているとは、曾爺様は知らなかったらしい。
などと、思い浮かべながら、見渡す。
興味深い空間ではあるが、それだけだ。
この空間には何の用途が有ったのだろう。墓? 神殿? わからない。
なんか頭が熱くないか? 何だろうと思って上目遣いになる。照明魔術の光源が見えた
あれが、光魔術が熱を放っているのか。
前から思っていたけれど、この魔術って怜央の知識にある白熱電球みたいだよな。
魔気エネルギーのほとんどは熱になっていて、ごく一部が光になる。いかにも発光効率が悪そうだ。などと、概念が浮かんだ。まあ、白熱電球とやらは見たことも、触ったこともないのだが。
熱、熱、熱々……。
反射的に、魔圧を下げた。少し熱さが和らぐ。やっぱり、さっき光量を増やしたからだ。でもこの明るさで、探検は厳しい。
光源の位置、つまり発動紋を変えよう。魔術モデルを脳内システムに呼び出し、基準位置としてる額からやや離す。離しすぎると、天井やら壁に光源が入ってしまって、一気に暗くなり使い勝手が悪くなる。とりあえず何回か試して、距離を暫定的に決めた。
距離の可変制御が良いのだろうけど、それはまたにしよう。今は別にやりたいことがある。
調整が終わったので、遺跡観察へ意識を戻す。
前方、左右に通路が口を開けている。入って来た通路を入れると、このドームから4方向に通路が伸びている。その奥は、真っ暗で何の気配も感じられない。ぱっと見、どの通路も同じ形にしか見えず、わからなくなりそう……ああ、入って来た通路は、床面が擦れた跡が濃い。これで見分けが付くか。
さて数分間、辺りを見回していたが、それ以上の発見はなかった。ここに居ても仕方ないので、前の通路に進む。どれも直立のままで進める高さがあるので、ここは腰を屈める必要もない。
上機嫌で通路を進んだが、数十メトで行き止まりとなった。
途中で通路を掘るのを止めたという風情ではない。突き当たりの壁もしっかり作られている。
意味が不明だなと思ったが、よく見ると奥の壁に浮き彫りがあった。
大きな丸に、三角やら剣の装飾のような図形が鏤められている。
「これって……」
起動紋だよな。
視界の右斜め上に三角のプルダウンアイコンがかぶっている。
その前に。
最近うまくなってきた、網膜に残った起動紋に魔力を流す、通常の起動法をやってみるか。
集中しつつ、魔圧を上げる。
「だめか」
何の反応も、異変も起こらなかった。
まあ、そうだよな。
何か起こるなら、僕がここに入るまで放置されるはずがない。
調査した先人が起動紋を見落とすはずはないし、僕以上の術者を連れて来ないことも考えにくい。
その上で、ここが有益なら保護されるはずだし、有害なら埋められるか入口をふさがれるかのどっちかだろう。
いずれでもなく、ここが放置されるということは、何もわからなかったか、あるいは処置する価値すらなかったということだ。
もうひとつ。聞いた話では、ここのようなエルフのほこらと呼ばれるという場所は、国内だけでも数十以上発見されているそうだ。意外にありふれた場所なのかもしれない。
肩が落ちる。
まあいい。他人にとってはそうでも、僕にとっては違う。
発動しないなら、中身を見るだけだ。
例の下向き三角を意識すると、シムコネのブロック線図に変わった。
表示されたのは、箱が上下に2つ。それぞれ入力と出力の端子が左右に出ているだけだ。つながってさえいない。これだけじゃ、何も起こらないのは当然だ。端子をつなげて、何か入力を入れないとな。
箱を意識して、下層構造を見ようと思ったが、ワーニングが出た。作成者によって禁止されているか、ドキュメントが存在しません、ねえ。
ふむ。よく分からないな。
ブロック線図が壊れているのか、あるいは起動紋が間違って彫られたか……いやそれはないか。ドームや通路の作りというか、完成度から見て、この起動紋だけ適当に彫ったというのは不自然だ。起動紋の一部が欠けているような感じもない。
そうは思うが、それ以上の手掛かりはみつからなかった。
後ろ髪をひかれつつ、一旦ドームへ戻った。
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訂正履歴
2023/09/26 言われたことは守る→言ったことは守る
2024/03/24 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/03/26 誤字訂正 (毛玉スキーさん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (闇灯さん ありがとうございます)
2025/04/12 誤字訂正 (asisさん ありがとうございます)
2025/05/01 誤字訂正 (折田英雄さん ありがとうございます)