72話 南東の森の魔獣狩り(3)
───レオン視点
「狙ってない? どういうことだ?」
おっと、つい素直に答えてしまった。
同行したグリフィスが、目を吊り上げている。
「ははん。狙う間もなく、斃したってことだろう」
「明らかに違う」
「おっ、おい。グリフィス」
ごまかしても仕方ないか。
「うそは言っていない。照準を魔術でやっている。俺は、起動して魔力を供給しただけだ」
そう。
統合感知魔術。
収納魔術に向けた、低水準空間魔術の研究の副産物だ。
これまでの可視光、赤外線の電磁波だけではなく、重力波が感知できるようになった。
感知重量の範囲設定がむつかしいが、慣性と静止重量の分別をすれば十分使える上に、手段の重複により、穴が少ない感知手段にできていると確信している。
見下ろすと、設定通り魔獣の頭部中央に着弾している。
3体皆中だが、今回は相対速度がほぼ0だったからな、この程度は当然だ。
「ふむ。索敵はともかく魔術で照準だと? そんなことは聞いたこともない。信じがたいが、そうでなければ、あそこまで瞬時に狙い撃ちなどできない。それにしても、2体ではなく3体だったとはな」
おっ?
ハーコンはともかく、グリフィスはまともそうだ。
「魔術の深奥を尋ねて悪かった。だが、レオン。他人にそのようなことを軽々しく言うべきじゃないぞ」
なぜか、横に並んだハーコンが大きくうなずいた。
「そうだぞ。剣一筋の俺でも、少しうらやましいぐらいだ。普通のやつらなら、通り越して、妬まれるぞ。なあ、グリフィス」
ふむ。
「俺は、別にうらやましくはない」
「なんだと?」
「狙わなくとも、命中する魔術。そんなものが容易く手に入ると思うか?」
「あ?」
「相当な修行、あるいは信じられないほどの研鑽。いや両方か。両方を積んだに違いない」
「おおぅ。レオンは苦労を先払いしたってことか?」
「そういうことだ。だが、それを理解しないやつもいる」
「いや分かったって」
「安心しろ、俺は他人には喋らん。ハーコンも口にするなよ!」
「おうともよ! そもそも、誰かに話しても鼻で笑われるだけで、信じちゃあくれないだろうしな」
ふたりとも、人間性は良さそうだ。
すこし違うが、兄たちに通じるものがある。
「ところで、この灰猪は査定の時まで、とりあえず俺が保管で良いか?」
「ああ、別に構わないが」
≪ストレージ───入庫≫
「持って歩くつもりか? でも結構重……い、消えた?」
グリフィスがにぃと笑った。
「なんだよ、俺たちと同じで魔導カバン持ちかよ!」
「ハーコン。カバンじゃないぞ」
「はっ?」
「今の収納には魔導具を使っていない。そうだな、レオン?」
うなずく。
「すっ、スゲー……けど、何の意味があるんだ」
グリフィスは、目を瞑って頭を掻いた。
†
それから交互に魔獣を斃し、少し連携がとれてきた。
「よし、この辺で昼食にしよう」
「そうするか」
僕も空腹になってきた。
また新しい倒木があったので、そこに2人が逆向きで座り込む。僕も腰掛けた。
そそくさと、彼らは食べ始めた。パンに何かを挟んだ物のようだ。
「レオン。食い物は持ってきているって言ってたよな」
「ああ」
昨日買った肉串を、出庫する。
「ぁむぁむぅうむむ……」
「飲み込んでから喋れ、ハーコン」
「んぐぅ。いやあ、レオンの喰ってるやつ、拠点の屋台にあったか? なかったよな」
「昨日、王都で買った」
「だが、湯気が立っている」
「肉串も、魔導カバンじゃない魔術で収納してたのか?」
肉をかみながら、うなずく。
「前から思っていたが、ハーコンは食い物だけは鋭いよな」
「おうさ! なんだって?」
ノリが良いな。
「やっぱり魔導カバンに入れた物にも、時間がたたないのか?」
ハーコンとグリフィスがこっちを向いた。
「時間? 何のことだ? さっぱりわからねえ。なあ、グリフィス!」
問われたもう一人は、あごに手を当てている。
「ふーむ。時間がたたない───そういう解釈もあるな」
「なんだよ」
「中に入れた、魔獣の肉が腐らないだろ。温かい物も、冷たい物もそのまま出て来る」
「おお!? それが時間と何の関係があるんだ?」
「魔導カバンの環境が、隔絶されているからと思っていたが、そうじゃないってことだ」
「やだやだ。賢いやつらのいうことは、わからねえ」
肉串を3本食べ終わると、2人も終わったようだ。
そうだ。
「なあ、あんたら。カップを持っているだろう?」
「ああ」
「温かい茶はどうだ?」
出庫したポットを見せる。
「レオン、そんな物まで収納しているのか?」
「賢いじゃないか、冷えるからな。1杯頼む」
2人が錫製のカップを差し出して来たので、茶を注ぐ。盛大に湯気が上がる。
今朝、淹れた物だ。
「砂糖は入ってないぞ」
「構わねえ」
「わるいな」
「ふーむ、うめえなあ。こんど同じように俺たちもやろうぜ。俺たちが淹れても、温かいだけで何割増しかになる」
「じゃあ、ポットを買うか」
「でも、カバンにポットを入れるのは良いが、中でひっくり返ったりしないのか?」
僕の魔術と変わらないと思うけれど。
「そうだな、出し入れするときに気を付ければ、いけるんじゃないか。なんせ時間がたたないのだから。まあ物は試しだ。一度やって見れば良い」
グリフィスがうなずくと、ハーコンは眉根を寄せて首をひねった。
一服が済むと、場所を移した。ひとつ初心者向けの灰猪の縄張りから、小さい丘を越えたやや大物が出没する域らしい。
ハーコンが寄ってきた。
「どうだ? 魔術で何か感じるか?」
「いや。少なくとも100メト以内には感じられない」
統合感知魔術唯一の弱点は、距離だ。
距離が離れるほど、重力の感知が厳しくなってくる。様々な物が放つ重力波が誤差要因となってくるからだ。
自動照準の有効距離は、精度設定によって異なるが。30ミルメト以内に的中する設定では、およそ50から60メトぐらいだ。
もちろん時間があれば、誤差因子を除去して感度を上げることは可能だが、それでは即応性がない。つまり動いている的などは、照準できないということだ。
脳内システムのドキュメントに依れば、数値計算を深層学習などの代理モデルに置き換えれば、誤差除去を高速化できるらしい。ただ、深層学習のためには、実際には魔獣がこう分布していたという、教師データが必要なので実現は当分先だ。
それはともかく。
自動照準に使える程、精度を確保しなくても良い用途。例えば索敵であれば、もっと距離は稼げる。100メトは最小限で、モデルベース上では200メトぐらいはいけている。
「ほう、やるな。俺もそう思う。中庭の方へ行くか」
むっ。
「そう思った根拠は?」
「根拠? 俺の勘に根拠が要るのか?」
勘ね。
確かに比較的若い割に、スペリオールになっている実績が証明しているとも言えるか。
それと同等というのは誇るべきか? それとも単なる勘と同じと悲観するべきか?
「その勘が言っている。大物はこっちの方にいる」
そのまま数百メトも進むと、小さな沢に出た。
川幅は10メトもない。渡るのかと思ったら曲がった。
「上流だな」
ふむ。
流れを遡る……左を向くと、何かが背筋を駆け上って、震えが来た。
けして不快ではない。
「ほっ、ほう。武者震いが来たか。いいな、みどころがあるぞ」
ハーコンに背中をバシバシとたたかれた。
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2024/02/10 脱字訂正