70話 南東の森の魔獣狩り(1)
4章開始です。
紀元490年1月1日。
僕は15歳(0歳始まりの1月1日年齢加算)になり、正式に大人となった。
これからは、金銭がともなう契約にも親の添え書きが不要となった。
それから、結婚ができる。予定はないけれど。
あとは、酒を飲んでも叱られない。
さて、今日は狩りに行くぞ! しかも南東の森に!
年末までは、必修の科目の課題とか、アイロンの特許で忙殺されていて───それは、言い訳だ。夜な夜な、魔導カバン改め亜空間収納魔術を改良していたのだ。
入庫や出庫の自由度を上げ、発動紋通過ではなく空間指定できるようにした。そもそも術式というか、ブロック線図上で無効化してあった部分を有効化しただけで、この点については僕の独創でも改良でもない。だが、移動しづらい重いものや大きいもの、数が多いものも比較的入庫と出庫が簡単になった。
使い勝手の改良はまだある。これまでは番号に紐付けて何を入庫したか記憶しておかなければならなかったが、入庫時に日付と時刻、画像、重量、数量、名称を自動で逐次データベース化できるようにした。これで脳内システムで検索して、出庫できるようにした。
魔力は入庫のときと出庫のときに必要だが、術式最適化により、目に見えて魔力が減るという感覚は味わっていない。理論上、質量が重いほど魔力消費が大きいはずなので、入庫に上限値を設定はしている。
後は、低水準空間魔術の基本がわかったので、空間収納魔術以外に応用魔術をいくつか作った。どちらかというと、こちらが興味深く、時間も掛けてしまった。
しかし、モデルベースでの魔術制御が楽しかったので、後悔はない。
ただ、制御はモデルを作って終わりではない。あくまで使って初めて価値が生じる。だから亜空間収納とその他諸々の魔術を生かすべく行動開始だ。
身支度を終え、まずは腹拵えだ。
今日は、下宿で食事は出ないし、数日は店もやっていないので、いろいろ買い込んである。別途湯を沸かす。
テーブルに昨日屋台で買ったトルテという、コーム粉生地を薄く焼いたものを丸めて野菜を包み込み、タレで味付けしたものを出庫する。
温かい。
亜空間では時間がたたないのか、それとも真空になっているのか。良く考えると、後者ならば、パッサパサに乾燥しているはずだが、野菜はみずみずしいからそうでもない。よって僕の中では前者だということにしている。
つまり、亜空間とは空間はここだが時間が異なる時空ではないかという仮説だ。時間が異なるといっても、過去や未来なのか、そもそも違う時系列なのかそれすらわからないけれども。まあ、考えても今のところ確認のしようがない。
さて、空腹が満たされたので、出掛けることにしよう。
沸かした湯をポットごと収納して、新調した厚手のローブを着込む。
下宿先を出て、馬車鉄に乗った。
†
南区の東南角にもっとも近い停車場で降りて、市街を出る。
夜半に少し降雨があったようで地面は少し湿気っているが、歩行や戦闘に支障が出るほどではない。
見上げると、朝の空は晴れ上がっていて、地平線に近い高さにしか雲は見えない。
たぶんそのせいだろう。厚手のローブを着てきたのに、寒い。
舗装はされていないが、荒れ地に無数の轍でできた道がいつも遠くに眺めていた南の森まで続いている。
走るか。
自己強化魔術を併用した小走りは、森の端に着いときには身体を温めていた。
初心者だから、ギルド推奨の経路を通ろう。
そのまま道に沿って森に入っていく。徐々に木々の密度が高まり、道の前後以外は鬱蒼としてきた。
むっ。騎馬の一行がこちらへ向かって来た。少し道を外れて見送る。騎馬3騎の後は大きい荷馬車が3両続いて、さらに後を騎馬が挟んで通り過ぎて行った。王都に向かう輸送隊なのだろう。
500メトも進むと、目の前が少し開けた。
すると土塁を巡らした、場所が見えてきた。ギルドの北西拠点らしい。
道の先には土塁の切れ目があって、門がある。両脇に丸太で組んだ櫓が立っている。
王都のギルドで、警備員にカードを見せてくださいと言われていたので、その通りにして拠点に入る。
おっ。屋台がある。
土塁脇に何台も並んでいて、良い匂いが漂ってくる。すぐ食べられる物を売っているようだ。
なんだ。昨日買わずに、ここで買えば良かった。そう思ったのも束の間。
高い? 高いよね。そうだなあ、市内で買うより価格が3割4割は高い。
うぅん。まあ、でも、ここまで持ってくるのも大変だし、危険もあるしね。
そうなるよな。
さて、北西拠点に来たらやること。
ギルド職員が集まっているところへ行って、最新の情報を収集しなさい。そう、そこそこ美形なギルドの受付職員に言われた。
拠点の中は、直径100メトくらいの円形。
中央に物資の集積場と、掘っ立て小屋と幔幕が何張りか見える。
行くべきは、あそこだろう。
近付いていくと、なんなのか見えてきた。
ああ、市中のギルドと似ているとは思ったが、ここはギルドの買取窓口だな。ああ。そうか。さっき擦れ違った馬車隊が運んでいったのは、ここで買い取られたものだ。
窓口は避け、ギルド職員がたき火の周りで屯しているところに向かう。
「ああ……」
3人の職員の内、2人がこっちを向いた。30歳代後半から40歳ぐらいかな。
「何かご用かな?」
「ああ。先日ベーシスになって、初めてこの森に来たのだが」
「おお、そうなのか」
1人が、数歩こちらに向かってきた。
「職員のジョーゼフだ。ギルドカードを見せてくれないか」
「ああ」
ローブの内から差し出す。
「レオン。魔術士。14歳……いや今日から15歳か。そうは見えんが、昇級おめでとう。この森は、パーティを組めば比較的安全だが。1人なのか?」
ジョーゼフと名乗った男は、視線を巡らす。
「1人だが」
ううと唸って、彼は顔を顰めた。
「まあ、慣れれば問題は少ないが。初回でひとりはなあ。そもそも、どこに魔獣が出没するか、勝手がわからないだろう」
焚き火の方に首を向けた。
「そうだな。できれば、クランに入って複数人で狩りに出て、慣れてからが良いが。おっ」
ん?
振り返ると、2人組の男がこっちに寄ってきた。
げっ!
「レオン、じゃないか」
声を掛けてきた。
「ハーコンにグリフィス、彼と知り合いか?」
そう。クラン・銀鎖の剣の2人だ。今日も一緒だな。
「まあ、一応……先に用件を。昨日、3本松の尾根にサーベルジャガーが出没していたので、広めておいてほしいんだが」
サーベルジャガー?
「ここ数年は姿を見せなかったのにな。危険度が高いな。わかった、掲示しておく」
顎を決ると、比較的若そうな職員が小走りで走って行った。
「それで、レオンが何か?」
「うむ。ベーシスになって、初めてこの森に来たそうなんだが、1人でな」
「1人! うわっ、怖い物知らずだな」
もう一人のグリフィスも眉間にしわを寄せた。
「それでだ、今日もこれから狩りに行くんだろう。知り合いなら、彼も同行してやってくれないか?」
「えっ?」
ハーコンが驚いて俺を見直す。
「知り合いが、サーベルジャガーに喰い千切られた姿を見たいか?」
おい!
「仕方ないな」
「ああ、レオンには借りがあるしな。取り分は人数割りでどうだ? レオン」
「その前に、サーベルジャガーというのはどんな魔獣だ?」
「牙が大きい、4足歩行の剽悍な猛獣型だ。体表面は、黄色の地に斑模様だ」
「警戒心が強いから普段は、人間の気配には近寄らないが。活溌期、つまり現在は別だ。希には1体でも複数人を襲うこともある」
「ふむ。情報感謝する」
「それでどうする。彼らに同行してもらうか? 2人ともスペリオールだぞ」
気に入らない相手だが、功利的にはこの上ない。
「同行をお願いする」
「おう! 任せておけ!」
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2024/02/04 わずかに加筆
2024/08/30 誤字訂正
2025/03/27 誤字訂正 (簪さん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (むむなさん ありがとうございます)