閑話2 目撃者
明日4章を開始予定です。
───エイル視点
9月上旬のある日。私室でお茶を喫していると、ボナが入って来た。
「失礼いたします。お嬢様、こちらが届いておりました」
封書を差し出した。
受け取って、ひっくり返すと差出人が見えた。
サロメア歌劇団養成学校。
ボナの私を見る目が緊張している。彼女も、その封書が何なのかを承知しているのだ。彼女はメイドだが、それなりの教養を持っている。私の付き人をさせるにあたって、教師を雇っていろいろ学ばせたそうだ。
「そう。合格したようね」
「えっ、まだ封を切っていらっしゃいませんが。分かるのですか?」
さすがに少し疑っているようね。
もちろん、少なからず自信もあるし、それに。
「わかるわ。不合格なら、この封筒がこんなに重いはずはない。エイル殿。貴殿は当学校入学に足る資質を見せていただけませんでした。そう書かれた紙が1枚入っていれば良いからね」
「なるほど。合格だからこそ、お嬢様へ伝える事柄がたくさんあると」
「そういうこと」
暗示を自らに掛けながら、机の引出しからはさみを取り出して封を切った。
「ほらね」
中身を取り出して、すぐ合格通知と書かれた紙をボナに見せる。
ふう、少し手が震えたわ。
「おっ、おめでとうございます」
「うん。ありがとう」
「では、奥様にお知らせを」
「自分で行くわ」
受験を最も反対していた、お母様に合格を告げた。
今日は、もう反対しなかった。
養成学校生から女優として残るのは、年に10人に1人も居ないと聞いているからね。どうせ、夢破れてエミリアに帰ってくると思っているのでしょう。ウチには姉妹しか居なかったけれど、お姉様は首尾良く入り婿を取れたからね。私を嫁に出しても問題はないと思っているはず。
たぶん、周りに歌劇団に居たことが分かれば、嫁に出すときに私の格が高くなるとでも言われたのだろう。反対はされなかったが、王都にある支店の別邸離れに住むことが条件になった。まあ、学校の寄宿舎に住むよりは楽だけれど。
†
12月になった。
9月末に王都に転居、10月に養成学校に入学してから、瞬く間に日々が過ぎた。
舞踊の稽古、発声・歌唱練習。加えて演劇理論など学ぶことが多い。
まあ、一観客と演者とでは、歌劇に対する印象まで全然異なる。学生の立場でも厳しい。しかし、これだけは言える。志はいささかも萎えては居ないと。
まずは、1年生52人の頂点に立たなくては、この後の人生を女優で居ることなど叶わぬだろう。
同級生の中で敵手となりそうなのは、シャルロッテさんという子だ。
まだ幼さは残っているが、すでに美貌は選りすぐりの同級生の中でも頭ひとつ抜けているし、歌唱も始めはどうかと思ったがメキメキ上達中だ。
ところで、最近ある事実を知った。
例の照明魔道具の件でシャルロッテさんが話題になったのだ。リオネス商会の王都支店長の娘だと同級生が話して居たところを、訊きだした。
ボナに調べてもらったところ、その支店長はエミリアにいらっしゃる会頭の弟だった。つまり、彼女はレオンちゃんの従姉妹ということだ。知らなかったが、それも当然で、最近結婚した母親の連れ子で、彼女とは血のつながりはないそうだ。
彼女に訊けば、レオンちゃんの近況が訊けるかもしれないが、訊いたら負けな気がする。
そもそも9月から会っていないレオンちゃんのことは、日々思い出される。未練がましいようだが、仕方ない。学校には、女学生しかいないし、教授陣も女性ばかりだ。
王都でも同年代の男子の知り合いはできない。だから、いつまでも彼のことが、頭にちらつくのだろう。
でもまだ、私は健全だ。
同級生も似たような境遇にある同級生たちは、上級生に懸想することが多いそうだから。
その1人が、アデレート先輩だ。
シャルロッテさんのお姉さんだというのは、皆知っている。数年もすれば彼女もああなるのだろうか。血は争えないという言葉が怖い。
†
今日は、年に2回ある若手公演の日だ。1年生は先輩たちが出演する舞台を見に行くのが通例となっている。
午後の第2部の方が人気だったが、平準化のためにくじ引きとなった。私は正直どちらでもよかったが、くじで午後となった。それがあの再会を招くとは。天の配剤かもね。
ロタール劇場に来た。若手公演の演目はガルフェン伯爵の華麗なる遍歴、手垢が付いたと言われるほど、良く演じられている。まあ、オルキュスの乙女ほどではないけれど。それでも、やり方によっては、新鮮な演目となる。エミリアで思い知った。
ホールに入って行くと、客の入りは1/3ほど。平日だし、正式な女優が演じるわけでもない。こんなものだろう。
それとは関係なく、同級生が皆ドキドキしているのが分かる。
アデレート先輩が主役だからだ。まあ、申し分のないほど美しく、男役にはうってつけの長身だ。そのうえ、立ち居振る舞いも優雅だし、踊りもうまい、声も佳い。下級生たちに絶大な人気があるのは当然だろう。
ただ、完璧かと言われれば、そうでもない。
なんというか、演技が保守的なのだ。堅実すぎる。
見た目の華やかさを生かし切れていないというのは、あくまで私の感想に過ぎない。それに、偉そうにしている私がそれ以上にできるわけでもない。まだ、精神が観客に寄っているのだろう。
しかし、今日は違っていた。
妙に格好良い。なぜだろうと数分間探って分かった。所作だ。
所作が奇抜なのだ。特に止まったときに腕を大袈裟に撥ね上げたり、身体を大きくひねったりしている。他の演者が同じ所作を示しても、滑稽に見えるはずだが、先輩がやれば極まる。独創性があって、なんとも格好良く見えてしまうのだ。
この前、演劇理論の講義で習った、東方世界にあるケレンミという概念に通じる物があるかも知れない。
そう思えるのは、私だけではないようだ。いや私以上に、周りの同級生が、キャーキャー言っている。お姉様と唱えている者まで居る。不毛だが、演技自体は取り入れるべきかも知れない。凝視すると、先輩は観客席に流し目を這わした。
むっ! あれは!
†
───シャルロッテ視点
はあ。
なぜ、お姉ちゃんの舞台を見学しなければならないのだろうか。
くじだ。くじで午後の部に当たってしまった。
お姉ちゃんは、何もわるくない。私は大好きだ。
家族としては良い姉だ。やさしいし、面倒見が良い。
同じ女優志望としては、どうだろう。
これまでもそうだったが、同じ養成学校に入学したことで、私とお姉ちゃんが比べられることが多くなった。教授陣はなかなかに執拗だ。アデレートさんは優秀だった、3年生で研究生になって当然、それに比べてあなたは……と。
言われるまでもない。
お姉ちゃんは、何事によらず筋が良いのだ。その上、努力を惜しまない。料理も物によっては、お母さんを凌いでいるし、妹ながら尊敬する。
姉妹だし、幼い頃から一緒に育ってきたので、彼女が何を思っているか他の人のことより分かってしまう。だから、今はお姉ちゃんの演技は見たくないのだ。影響を受けたくない。私は弱いのだ。
とはいえ、見ないわけにはいかない。舞台を見て所感を報告する必要があるのだ。
ん?
時々、お姉ちゃんの視線が向かう角度がある。なんだろう、目線は下の方だ。
審査員の先生? あとは、知人が客席にいると無意識に見てしまうことがあるといわれたが……あっ!
†
午後の部は、好評のうちに終わった。
主演も娘役もうまかったし。駆け出しの私から見ても良かったと思う。
一緒に舞台を見学した同級生は、いったん学校に戻っていったが、私はホールを出たところに居る。出てくる観客は、まばらとなった。
おかしいわね。
あっ、出てきた。
「レ……「レオンちゃん!」」
誰?
呼び声が被った。私より声量が大きかったのか、待っていた人物はそちらを向いてしまった。
その視線の先は、女性。
制服……私と同じ養成学校生だ。しかも、黄色い胸のハンカチは同級生。
私は、なぜかその場を動けず、結果的に見守ることになってしまった。
2人は少し距離を取って会話している。
何を話して居るのだろう?
まだ、他の観客が、辺りに居て話し声が混じり、良く聞こえない。
特別親しげでもないが、知らぬ仲でもないようだ。そもそも、レオンちゃんと呼んだし。
「……が言いたいんだ!」
えっ? レオン君、
突然の語気の強まりに、近くの人が視線を向けた。あんな声を出すんだ。少し怖かった。さっきまで穏やかだったのに、今は眉も吊り上がっている。
同級生が斜めを向いて顔が見えた。
あれはたしかエイルという子だわ。少し引きつっているようだが、ほほ笑んでいるのかしら。
それから、また静かになり穏やかに話し始めたようだ。そう思ったが、1分もたたぬうちに、エイルさんは身を翻し、足早に近くの出口に向かった。レオン君から離れると、ついさっきまでのほほ笑みは失せており、眉根を寄せて苦しさを浮かべていた。
レオン君は無表情に彼女を見送っていたが、やがて逆方向の出口へ去って行った。
はあ。なんだったのろう。
いつか彼に訊いてみるべきだろうか?
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訂正履歴
2024/04/07 文章の繋がりがおかしい部分を訂正(竹部さん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (あまこさん ありがとうございます)