69話 紀元489年の年末(3章本編最終話)
長くなってきたのと、次話から少し展開が変わるので3章の区切りにします。
年末。12月20日。
大学は冬季休暇、要は冬休みに入った。
知財ギルドから紹介してもらった、ヴィクトル弁理士事務所へやって来た。
10日ほど前、既に特許出願の補助と手続きを依頼済みだ。
ヴィクトルさんが、目の前に居る。
今日は、明細書の最終打ち合わせだ。彼は僕が書いた文案を読んでいる。真面目そうな人だ。
前回ここへ来たときのことが頭をよぎる。
概略図と現品で内容を説明したあと知財ギルドへ同行して、公知例調査を実施したんだった。公報検索は、古の魔導具で意外に手軽にできるのだ。
『既にあるかと思ったんですが、意外と公知例がないものですね』
ちなみに公知例とは、不特定の人が知っている情報である。これが存在すると、申請した特許は新規性がないことになり、例外はあるが通常は特許として認められない。その情報が公知例となるかどうかは、微妙なところだが、公報にあれば、確実に公知例となる。
『確かに。霧吹きで布に水分を含ませることは、一般にやっているので、公知例があっても驚きませんが。魔術で蒸気を噴射するというところが盲点ですね。しかし、登録になってしまえば、こういう特許は強いのですよ』
『そうなんですか?』
『ええ。異議申立裁判をされても無類に強いです』
大きくうなずいた、以前のヴィクトルさんの顔がよみがえった。
「確認が終わりました」
「おお」
「こちらの文案で、出願いたします」
「お願いします」
よし。これでスチームアイロンの特許出願の明細書がまとまった。
「それで、出願人ですが。前回保留と聞いていましたが……」
「決まりました。こちらの商会と共同で出願することにしました」
リオネス商会の正式名称、代表者、所在地を書いた紙を渡す。
「こちらが委任状です」
母様の署名が入ってる。
「承りました。そうですね。今年中には手続きいたします。公報は、1月半ばになるかと思います」
「ありがとうございます」
「つきましては、出願後に請求書を送りますので、手付金を除いた代行料をお支払い願います」
†
紀元489年も今日で終わり。明日は新年だ。
ダンカン叔父さんに招かれたので、彼の家にやって来た。
コートを脱いでメイドさんにあずけると、すぐさま食堂に通された。
「こんばんは」
「レオンちゃん、いらっしゃい」
「レオンにいちゃん!」
アデルさんとヨハン君が、満面の笑みで迎えてくれた。
「レオン。良く来てくれた」
「ようこそ、レオンさん」
「お招きありがとうございます。こちらを持って来ました」
カバンからビンを取り出す。
「おお? ワインか。ありがとう」
「そんなに気を使わなくて良いのよ。レオンさん」
「いえ。それと、ヨハン君」
「ぼく? なに?」
ワインが出てきたので、少し残念そうにしたヨハン君が色めき立った。
「贈り物です」
「おくりもの、やったぁ!」
この前のペンは、ヨハン君にはまだ早いから、あげなかったのだけど。
カバンから、小さな布の袋を取り出して、ヨハン君に渡す。
「ありがとう。レオンにいちゃん。なんだろう。ああぁ、おねえちゃん、あけて!」
隣のアデルさんに渡す。
「もう、ヨハン。ここの紐を引っ張るのよ。はい、手を出して」
ヨハン君が小さな両手を合わせて上に向けると、その上でアデルさんが開けた袋を振った。すると、透き通った塊がふたつ転がり出た。
「きれーー。なあに、これ? おもちゃ?」
ひとつを摘まみ上げて、目の前で見ている。
「私にも見せて。魔結晶かしら? 本当に綺麗ね。ああ、数字が刻まれているわ」
そう、魔結晶を刻印魔術で細工したもので、歪な4角形の10面体だ。それぞれの面には0から9の数字を刻んである。
「ぼく、すうじはすこしよめるよ。これが1! こっちは……んん、5! だよね?」
「そうそう」
「やったあ!」
「ああ。これって、もしかしてサイコロ?」
おっ、ロッテさん鋭い。
「サイコロ? でも形が……」
「そうです。これは0から9までのサイコロです」
怜央の記憶によると、統計用らしい。
「普通は1から6までよね?」
「へえ、珍しいわね」
アデルさんが、うれしそうにうなずいた。
「さいろこ?」
「ヨハン。さいろこじゃなくて、サイコロ」
「さいころ。ってなに?」
「こうやってね、転がして。上になった数字を読むんだよ。これは6」
「あぁぁ、ぼくもやる。えい! ええと、3!」
「そうそう、3よ!」
「やった、あたり!」
「こうやって、数字をヨハン君に覚えてもらえればなあと思いまして」
「まあ。レオンさん。この前のペンといい、これも作ってくれたのよね。ありがとう」
叔母さんがしっかり感謝を述べてくれた。
小さい子は飲み込むのが怖いのだけれど。大きめに作ったし、ヨハン君ならもう大丈夫だろう。
「あぁ。いえ」
「ところで、レオン君。なぜ2個なの?」
横で見ていたロッテさんが訊いてきた。
「青っぽいのと赤っぽいのがあるので、慣れて来たら、1度に2個振ってもらって、99まで数えてもらうとか。足し算してもらうとか、いろいろ工夫できるかと」
「なるほど!」
「聞いた。ヨハン。一緒に振るわよ。せぇの」
「えい!」
「ヨハン。足したらいくつ?」
「1と……6」
「いや、それはあたりだけど。足し算よ、足し算」
ヨハン君は首を振る。
「まだちょっと早いか。お姉ちゃんが足し算を教えてあげるからねえ」
「うん」
宴の準備ができたようだ。
僕が持って来たワインと、別途ジュースがグラスに注がれた。
「みんな。用意は良いかな」
ダンカンさんが立ち上がった。
「489年は、ブランシュとアデレード、それにシャルロッテが我が家に来てくれて、とても明るくなった、良い年でした。明日には、シャルロッテと今日来てくれているレオンが15歳、正式に大人になります。みんなで祝いましょう! 乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
「かぁんぱぁい」
皆でグラスを掲げた。
「ぶどう、おいしいねえ」
「ヨハンは、明日で何歳になるの?」
「5!」
右手をいっぱいに広げて、よろこんでいる。
「5じゃなくて、5歳ね」
「5さい」
「おめでとう」
†
料理も中盤。肉料理が出てきた。
「そういえば、叔父さん」
「ん?」
「エミリアのレナード商会って覚えていますか?」
「ああ、もちろん。親戚だしな。あそこは王都にも支店があるぞ」
へえ、そうなんだ。
「まあ、こっちでは取引はほとんどないが。それで?」
「その一族にエイルって娘が居るんですが。そちらは?」
「うぅぅん。なんか居たような気がするなあ。その子がどうしたんだ」
「はい。この前、アデルさんが若手公演をされたとき……2日目ですかね、彼女が劇場にいたんです。ああ、僕も見に行ったんですが」
「おお、そうなのか」
「あら、私たちは初日に行ったのよ」
知っています。
「そうなんですね。僕も初日に行けば良かったですね。話を戻しますが、そのエイルもサロメア歌劇団養成学校に今年入学したそうで」
叔父さんと叔母さんは、アデルさんとロッテを見た。
「ふぅん。ロッテ。あなた、知ってるんじゃない? 今年入学なら、同級生だし」
さすがアデルさん、自然な演技だ。
「知ってる」
「知っているの? どんな子?」
「なかなかかわいいわ。まだ話したことはないけれど。あのときレオン君と話していたのはそういうことだったんだね」
「えっ?」
背筋に冷たいものが走る。
「ロッテさん。劇場にいたんだ」
「1年生は、午前か午後のどちらかへ、ほとんど行ったからね。私も見に行ったわ」
「気が付かなかった」
「その子とレオン君は、少し険悪そうに見えたけど」
しっかり見ていたんだな、ロッテさん。
「ええ。僕が観劇するなんてどういう風の吹き回しとか、冷やかされたので」
「ふぅん」
「そういえば彼女は、アデルさんとロッテさんのことを知っているみたいだったよ」
「へえ、そう。何か機会があったら話してみるわ」
「ロッテ。あとで、どんな子か教えてよ」
「どうしようかなあ。うふふふ」
章の区切りになりました。是非ご評価とご感想をお寄せください。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2024/01/31 誤字訂正、少々表現変え
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (n28lxa8さん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)