68話 デート
念のためと準備して活きたことはほぼ無いなあ。
馬車鉄に乗り込むと、後方へ移動する。
居た!
まあ、馬車鉄の便を何回か見送って、確認してから乗ったのだけれど。
冬になって厚着になっているが、姿勢がすばらしく良く、抜群の体形を隠し切れていない。
「アデルさん」
「あれ?」
大きい目を、もっと見開いたのが収まると、周りをすすっと見回した後。小声になった。
「レオンちゃん。どうしたの?」
「さっきの停車場で待っていました。昨日、支店に行ったら、母が来ていまして」
「えっ、そうなの?」
下宿先から最寄りの停車場に停まったが、そのまま乗り過ごす。
「来ないとは思うんですけれど。念のために、今日は下宿先を避けた方が良いかなあと」
「そっ、そうよね」
結局、大学前も乗り過ごして、さらに3区間進んだ停車場で降りた。
ここは、南区中央に向かう路線との乗換地だ。
少し西に歩いてから、アデルさんが行き付けだという喫茶店に入る。いつもは通り沿いの席に座るそうだけど、今日は奥まって落ちついた席だ。
お茶と、アデルさんお奨めのスフレオムレットという知らないものを注文した。
おおっ。
店員さんが下がっていくと、アデルさんは僕の手を取って、両手で挟み込んだ。
「レオンちゃん。若手公演に来てくれてありがとう。とっても、うれしかったわ」
「えっ、ええ。はい。僕も舞台のアデルさんを見られて、うれしかったです。お化粧は最初ちょっと違和感があったんですけど、段々慣れて来て……」
「うふふふ」
少し高い声で笑った。
「そうねえ。舞台ではね。この前の劇場は、まだ小さい方だけど。ギュスターブ大劇場だと、後の方からはよく見えないからねえ。ああいう化粧にすることになるわ」
「でも、アデルさんの歌声は、すごかったですよ」
「ん?」
「いつもより、低い声なのにとても自然で、よかったです」
「そう、うれしいわ」
笑顔で身をよじる。
すべすべの手から、温かみが伝わってくる。
とても形の良い目でじっと見つめられると、鼓動が高まってきた。
えっ?
ぱっと、手が離れた。
「お待たせいたしました」
もっとゆっくりで良かったのに。
店員さんが、ポットにカップと皿を2客置いて戻っていった。
アデルさんは、自分のカップに少し注ぐとやや観察して、僕の方のカップを上に向けて注いでくれた。
「レオンちゃんは、お砂糖入れる?」
「はい。少し」
スプーンに半分位すくって入れると、ゆるやかにかき混ぜた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「もうぅ。レオンちゃんは、言葉が固いわ」
「そうですか? あっ、おいしい」
支店のお茶もおいしいけれど、その上に感じる。
「やっぱり砂糖の加減が……」
「茶葉よ、茶葉! ふふっ」
自分のカップにも砂糖を入れて、上機嫌にカップを口元に運ぶ。
「それで。あの公演のとき、養成学校の1年生がたくさん居ましたけど」
「そうね」
「お姉様って呼ばれていて、すごい人気でしたね」
「ああん、あれね。男役は大体そうなるのよ。うれしくなくもないけれど。ただ、後輩に人気があっても意味がないし。でも、まあ監督とか演出の人たちには、評判がよかったのよ」
アデルさん、うれしそうだ。
「じゃあ、次も期待できますね」
「まあね」
「それで、その1年生の中に、エイルって子が居て。公演が終わった時に、僕に話しかけてきたんです」
「えっ? なんで?」
「エイルは、僕と同じエミリア出身なんです」
「じゃあ、レオンちゃんの幼なじみってことよね? 仲が良いの?」
「いやあ、それなりですかね。エイルとは会えば話すぐらいで」
エイルのことは、結構興味を惹いたようだ。
「でも、養成学校に入るくらいだから、かわいいのよね」
「かわいい……? ふむ。確かにエミリアでは、かなりかわいい方ですかね。幼児の頃から知っているので、取り立てて考えたことはないですが」
「まあ! そんなに小さい頃から知っているの?」
アデルさんの美しい眉が下がっている。なんだか機嫌が悪くなってきたような。
「親戚なので」
「親戚? はぁ……そうなんだぁ。それを早く言ってよ」
「すみません」
いや、説明しようと思ったんだけど、アデルさんから矢継ぎ早に質問が飛んできたからなあ。だけど、親戚と言ったら、なぜか安心した表情だ。よく分からない反応だなあ。
「ん?」
アデルさんは、何度か瞬いた。
「ちょっと待って。レオンちゃんの親戚ということは、私の親戚でもあるってこと?」
義理ではあるが、僕とアデルさんはいとこだからねえ。
「そうですね。彼女の祖母の弟さんが、僕の爺様の妹の旦那さんなんです」
「うーーん。よく分からないけれど。いずれにしても、あんまり近しい親戚ではないわね」
「ええ。ただエミリアは狭い町なので、親戚付き合いが強いんですよ」
「うぅぅ。そうなんだ。話を遮って、ごめんね。それで?」
「それが、王都に来るなんて聞いていなかったので、びっくりしました」
「養成学校を受験することも?」
「ええ。なんか演劇が好きらしいことは、わかっていましたけど」
「んんん。じゃあ、本当にそんなに親しくはないってことね」
最初から、そう言ってるけれど。もしかして疑われている?
「ええ。若い女性と2人で……ああ、こんな感じで会っているのも、初めてですよ」
「そっ、そう」
なんだか、アデルさんが赤くなった。
「お待たせしました。スフレオムレットです」
店員さんが、皿を運んできた。
卵を焼いた料理なのだろうけど、二つ折りになっていて、外側は少し焦げ目がついているけれど、その間はふわふわだ。
なんというか、見た目は料理というより菓子のようだ。
端を切って口に運ぶと、甘くはなく、バターの味の中に塩気と胡椒が効いている。そして、すっと口の中で消えた。
「おいしいですね」
「でしょう!」
「それで、問題はここからなんですが」
「えっ?」
「僕が、あの劇場に行ったのは、アデルさんのことが好きだからだろうって冷やかしてきたんですよ」
「あっ、えっ。うん?」
んんん。何か挙動不審だ。
「それで釈明しようと思ったら、アデルさんとロッテさんが、僕のいとこだと知っていました」
「そっ、そう」
「どうしますかねえ?」
「どうとは?」
「いや、まあ。エイルは別に変なことをするような人間ではないと思っているんですが」
「その子が、私やロッテに接触して来ることはありそうね」
「ロッテさんにも、告げた方が良いような気もするんですが、そうするとどこでエイルに会ったのかっていう話になるので」
「そっかぁ。ふうん」
アデルさんは、少しとがった自分の顎を摘まんだ。
「そうだわ。レオンちゃんが、公演を見に来た。それは、純粋に私を応援したかったで済むわ」
「そう、ですか?」
「年末には、私の家に来るわよね?」
「ええ、叔父さんから誘われたので、伺いますけど」
「その時にね……」
†
食事のあと、町をふたりでぶらついて、今日は帰ることにした。
下宿に帰って来て扉を開けると、リーアさんが居た。
「ただいま戻りました」
「おかえり。レオン、どこへ行って居たんだ?」
「へっ? 冒険者ギルドですけど」
アデルさんと別れた後、実際に寄ってきた。
「さっきまで、お母様が来られて」
「えっ?」
僕の部屋か? 見上げたが気配はない。
「ああいや、10分程前に帰られた」
「そっ、そうなんですね。昨日商会で会ったときは、そんなことは言っていなかったのに」
念のために、ここでアデルさんと会わなくてよかった。鉢合わせは回避はできたが。背筋が寒くなる。
「なんだ、昨日会ったのか?」
「はい」
「うーん。その割には、結構レオンのことを訊いてきたけどな」
むう。母様め!
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訂正履歴
2024/01/28 文言統一、くどい部分の表現変え
2025/03/29 誤字訂正(n28lxa8さん ありがとうございます)