67話 魔導アイロン(4) 商談
商談をしたことはないけれど、商談に使われたことは何度もある。
金曜日午後。
大学帰りに、そのまま馬車鉄に乗って、東区にあるリオネス商会王都支店にやって来た。ダンカン叔父さんに面会を申し込んだところ、王宮に行っているが、もうすぐ、4時には戻ってくると言うので応接室で待っている。
そろそろ4時だなあ。
げっ!
思わずソファーから立ち上がる。
数秒後に扉が開くと、感知した通りの人物が入って来た。
「レオン。久しぶりね」
珍しくにっこり笑ってくれた。
「はい。母様、お久しぶりです。コナン兄さんも」
「おう。元気そうだな」
親子で来ていた。
あとから入って来た、ダンカン叔父に会釈した。
「まあ掛けなさい。それで、私たちが王都に来ているって訊いてきたの?」
「いいえ、訊いていません。びっくりしました」
「あら、そう」
「レオン。今日は金曜なのに、大学は良いのか?」
「ああ、兄さん。ええと、検定試験を受けて、3限目の科目は受講免除になりました。問題ないです」
「ほう。まだ3カ月だろう、さすがだなレオンは。単位ってのを1つ取ったのか?」
「はぁ、まあ」
「レオン。取った単位は8つですって、はっきり言った方が良いんじゃないか?」
「本当ですか、支店長。すごいな。来年は卒業できるんじゃないか?」
コナン兄さんは、大きく目を剥いた。
「ああいや、コナン兄さん。取りやすい科目を取っただけなので……」
「そんなに謙遜しなくても良いじゃないか。ねえ、副会頭」
母様は笑っていない。
「レオンを褒めるのは、学んだことで業績を上げたときだわ」
「かっ、母様!」
「勘違いしないで、コナン。私はね、遠からずその日が来ると、確信しているわ。だから試験などという、所詮は教師が考えられる範疇に過ぎないもので、レオンには、満足してもらいたくないわ」
「あっ、ああ。副会頭の期待が大きいことは、よく分かりました。なっ、コナン」
「はい。叔父さん」
微妙な空気が流れた。
「それはそれとして。レオンは、どうして、ここに来たのかしら?」
母様は、至って平気なようだ。
「ああ、はい。ダンカンさんに、商談をしに来たのですが」
「えっ?」
叔父さんは、後に立っているニコラさんを振り返ったが、聞いていないと首を振ったので、こちらに向き直る。
「商談というと?」
「はい。少々お待ちください」
番号は……71番だな。
≪ストレージ───0071:出庫≫
脇に置いたカバンから試作品を取り出して、ソファーセットのテーブルに置く。
「アイロン?」
「アイロンですね……」
「ちょっと待って、それ!」
母様が、アイロンではなく、カバンを指さした。
「見せてもらえる?」
カバンを差し出すと、中をガサゴソと漁る。
「どうしたんですか? 副会頭」
「ふうん。魔導カバンのように見えたのだけど。違ったわ」
射竦めるような、母様の視線が飛んで来る。
「魔導カバン?」
兄さんの眉が跳ね上がる
「いやあ、母様の目はごまかせませんね」
手を広げて、皆に見せる。
≪ストレージ───0072:出庫≫
アイロン台が手の上に乗った。
「手品ではないよな? レオン」
「収納魔術です」
「はぁぁ、レオンはちゃんと勉強しているのかしら?」
「いや、母さ……副会頭、すごいじゃないですか」
「そうかしら?」
母様は、あいかわらず魔術への評価が低い。
「ああ、話の腰を折ってしまったわ。このアイロンが商談の品なの?」
「はい。ええと母様が聞いて頂けるんですか?」
「そうよ、レオンの創る物は評判が良いからね」
母様が顎を決ると兄さんがうなずいた。
「さっきまで、王宮に行ってきた。国立劇場への演劇用魔導投光器30基納入が決まった」
「それは、おめでとうございます」
10月に聞いた件だな。公共事業にしては早い気がするが、王太子妃のお声掛かりというのが効いているのだろう。
「いやあ、半分はレオンのおかげだ」
「魔石分の利益は、算定の上、契約通りの比率でレオンの口座に振り込むから」
「はい」
ふむ。結構な収入になるかもな。
「話を戻しますが、これは新機能が付いたアイロンです。今から、それを見せます」
3人がうなずいた。
「こちらは、ブラウスに使われている比較的薄手の布地です。これを、たたんで……暖まったかな。大丈夫そうです。アイロンを乗せます」
念入りに圧を掛けてから、アイロンを立てて置く。布地を広げて皆に見せる。
「ああ、しっかり折り目が付いてしまっているぞ」
「あのう。このなかで、ご自身でアイロンを使われる方は?」
ニコラさんが、軽く挙手した。
「私も使うわ」
「えっ、母様もですか?」
「失礼ね。まあ使うのは衣服ではなくて手芸用の布だけど」
なるほど。家事ではなくて趣味か。
もちろん口にはしない。横でコナン兄さんの口がひくついている。
「ニコラさん。この折り目って消せますかね?」
「いやあ、相当苦労するでしょうね。生地が薄いし。そうなると水に浸けるか、霧吹きで水を含ませないと」
「ですよね。このように、普通にアイロンを掛けたぐらいでは、このように───簡単には折り目が消えません」
うんうんと母様がうなずいた。
もう一度たたんで、折り目を付ける。
「しかしながら……」
魔石を、ひねるように触る。
シューと音がし始めて、蒸気が噴き出た。
「蒸気?」
「蒸気ですね」
蒸気が噴き出す状態で、再度アイロンを掛ける。
もう良いかな? 逆方向にひねるように触ると、蒸気が収まった。そのまま、アイロンを掛け続ける。数回往復させて、アイロンを置く。
布を持ち上げて皆に見せる。
「折り目が……」
「なくなって。いや、完全にはなくなっていないけれど、明らかにほとんど消えたのは事実だ」
「うん。あんなにしっかり付いていたのになあ」
「折り目もそうだけど、布に寄ったしわがこれで伸びるということね。私がやって見ても良いかしら」
「はい。蒸気は熱いので気を付けてください」
「わかったわ」
母様は、自分の上着からハンカチを取り出して、アイロン台の上に広げた。
アイロンの魔石をねじるように触ると、蒸気が噴き出した。後は僕がやったとおりに、アイロン掛けして、ハンカチを持ち上げた。
「ふむ。アイロンからではなくて、発動紋から蒸気が出ているのね。うぅぅむ。良いわね、これ」
おおぅ。
ダンカンさんと、コナン兄さんにも見せたが、2人ともうなずいた。
「こちらの見解は一致を見たわ」
「はい」
「それで、この特許は?」
「はい。現在出願を準備中です。知財ギルドで調べた結果、公知例は見つかりませんでした」
「了解よ。じゃあ……」
商談が始まり、特許権の半分をリオネス商会に譲渡し、半分を僕に残すことになった。そして、特許登録になった段階で既存のアイロン製造企業と協業した方が良いという話でまとまり、その道を商会に探ってもらうことになった。
†
途中で出してもらったお茶を喫する。いつもながら、ここのお茶はうまい。
「あの、コナン兄さん」
「んん?」
「王宮から呼び出されたということは、大変名誉なことだと思いますが。あと、兄さんには失礼かと思うんですけど、父様が来るべきだったのでは?」
父様は商会の会頭だ。
王宮の案件だからなあ。
「ああ……」
兄さんは、微妙な顔をしてちらっと母様を見た。無反応だ。
「会頭……父様は、ちょっとした病気でね」
「病気!」
「いやいや、大したことはないんだ」
「風邪よ」
「風邪!」
「エミリアを出る前日まで、旦那様が来る予定だったけれど、熱を出してね。コナンが代わりに来ることになったわ。もちろんお医者様には掛かっていて、数日で……もう今頃は治っていると思うわ」
「はあ。それは良かった。あっ、よくはないか」
「ふふふ。レオンが元気そうだったと、旦那様には伝えておくわ」
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訂正履歴
2024/01/27 誤字訂正
2024/03/24 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (フリオネさん ありがとうございます)