63話 再会
ここでは会いたくなかったってことありますよね(どこでだよ!?)。
公演は終わったが、僕は劇場の舞台前の席で周囲を窺っていた。
そして、ホールから養成学校の女学生が全て消えてから、たっぷり5分は待って立ち上がり、出入口へ向かった。
「レオンちゃん!」
振り返ると、出入り口を抜けた壁際に、その少女は佇んでいた。
気付かれていたか。
「いやあ、エイル。久しぶりだね」
そう。
エミリアの町に居るとばかり思っていた、幼馴染みの少女。
彼女が、不敵なほほ笑みを湛えている。
「うん。ひさしぶり」
「元気そうで、何より」
僕はちゃんと笑えているかな。
「私が、なぜこの劇場に。そして王都に居るか訊かないの?」
「その制服を見ればわかるよ」
エイルが、ゆっくりと小さくうなずいた。
彼女は、濃紺の養成学校の制服を着けている。
なるほど。母様がエイルと最近会っていないというのは、こういうことだったんだ。どうせ知っていて、わざと黙っていたのだろう。その理由まではわからないが。
それにしても、入学したのであれば、エイルは9月の末には王都に来ていたはずだ。知らなかった。エミリアと違って王都は広いからな。あたりまえと言えばあたりまえだ。
「でもレオンちゃんが、サロメア歌劇団のことを好きだったなんてね」
うっ!
「……なんてことは言わないわ」
「はっ?」
「綺麗だものね、アデレードお姉様は」
「むっ」
「わかるわ、彼女はレオンちゃんがいかにも好きそうな、年上だしね」
「何が言いたいんだ?!」
エイルは、目を大きく見開いた。
「じょ、冗談よ! 今の今まで、私のことをすっかり忘れて居たようだから、ちょっと意地悪を言ってみただけよ。悪かったわ。別にアデレードさんも、シャルロッテさんのことも干渉しないから。安心して」
どうやら、彼女たちが僕の従姉妹だと知っているらしい。
「そうか。僕も気色ばんで、済まなかった」
自分のことは受け流せるが、どうも身内に累が及ぶとなると、駄目だ。それともアデルさんのことだからか?
「そうね。レオンちゃんも男の子なのね、ちょっと怖かったわ」
「ごめん」
「うううん。私も気を付けるわ。また会いましょう」
「そうだね。じゃあ」
エイルは去っていった。
果たして、この広い王都で再び会うことがあるのかな? それを言い出すと、今日出くわしたのはなんだということになるけれど。
とりあえず、アデルさんとロッテさんには、彼女のことを話しておこう。
†
微妙な時間となったので、狩りにも、ましてや受けるべき講義がない大学にも行かず、下宿に帰って来た。
なんか気分がクサクサするので、自分の部屋には行かず、少し気になっていた地下室へ降りてみた。
がらんとした部屋だ。
それでも、1階の床面積の半分もないだろう。
地面との境辺りに明かり取りの窓があって、魔灯は点いていないけれど、真っ暗ではない。
部屋には太い柱が何本も立っているけれど、特にしきりはなく、空間としてはひとつながりになっている。
中央には、水道とでかいタライ3つに洗濯板に棍棒のような洗濯棒が置いてある。タライで服を水に浸け、洗濯板に手で擦りつけたり、洗濯棒で叩いて汚れを落としているわけだ。
僕がいつも綺麗な衣服を着られるのは、ここでリーアさんが洗濯をしてくれているおかげだ。より一層感謝しなければ。
壁の回りには、棚と何が入っているかわからない、大きなタルとカメが整然と並んでいる。几帳面できれい好きなリーアさんが普段作業をしているだけあって、きっちり整理が行き届いているな。感心する。
これは? 見たことがない物だ。
台というか卓というか。ともかく、天板に布が張られている小さなベッドのようだ。触ってみると布団のようにふかふかの感触だ。
何だろう思っていたら、屋外につながるであろう扉が開き、誰か入ってきた。
逆光で顔がわからないけれど、背格好からリーアさんに違いない。
「ん? なんだ、レオンか。こんなところにどうした。何か用か? 洗濯物が足りなかったか?」
「いいえ。この家にも行ってない部屋があるなあと思って。もちろん、皆さんの部屋には興味はないですが」
「2階もな」
「あぁ……はい」
「興味なあ。とはいっても、ここは洗濯場と物置だからな。別に珍しくもない。レオンの家も、商会の大きな家だったのだろ。同じような部屋はあったんじゃないか?」
「ありましたね。ただ、従業員が働いている場所には、あまり出入りしないように言われていたもので。厨房くらいですかね」
「ふうん。ちょっとした貴族様みたいだな」
「ははっ、そうかもしれません。ところで」
「ん? なんだ」
「洗濯の時、水が冷たくないですか?」
「まあぁ、今の時期はな」
やっぱり、大変そうだ。
「そんな顔をするな」
「いえ」
「ふふ。確かにつらいこともあるが、学がなくて腕っ節ぐらいしか取りえのない私が、奥様に雇ってもらえているのは、そういう仕事があるからだ。必ずしも悪いことじゃない。それに、洗濯物が美しくなるのは、うれしいし楽しいぞ」
「ありがとうございます」
「ははは、いや。礼には及ばない」
そうか。頭に浮かんだ、地球の洗濯機という物があれば良いと思ったけれど。そんなに単純な話じゃない。
下手に魔術を応用して再現してしまえば、リーアさんのような境遇の人が職を失いかねないのか。
「それに」
「ん?」
「レオンは、便利な魔道具を作りたいと言っていたろ」
「はい」
「遠慮するな。私みたいな者がいずれ職を失うことになるとしても、皆のためになると思ったら、じゃんじゃん作ってくれ」
リーアさん。
身体も大きいけれど、心も大きくておおらかな人だ。
「がんばります」
「おぅ!」
「そうだ。これってなんですか?」
例の物を指さす。
「これは……本当に知らないのか?」
「知っていたら訊きません」
「ふむ。これはな、アイロン台だ」
「アイロン台?」
「シャツとかな、ここに乗せて。これこれ。このアイロンを当ててしわを伸ばすんだよ」
「ああ」
魔導アイロンを掛けるときに使う台か。アイロン自体は知っている。使ったことはないけれど。
洗濯はともかく。
「アイロン掛けで困っていることはないですか?」
けなげなリーアさんの何か役に立ちたい。
「いやぁ。昔は火の付いた炭を入れて、温めていたから、火の用意とか後始末とか、面倒くさかったが。今は魔石で温めてる。便利な物だ」
既に便利になっているのか。
「そうだな、布によってはしわが伸びにくくて苦労する」
「しわ」
「まあそういうときは、この霧吹きで水を足してやるんだけどな。いまひとつだ。こういうのを考えてくるとうれしいなあ」
「わかりました。明日朝に返しますので、アイロンを借りていって良いですか」
「おお、そうか。壊すなよ。あっははは」
†
部屋に戻ってきた。
魔導アイロンなあ。
一部が露出した魔石に触ると、内部の加熱用魔石が動作して、このメッキされた底部が暖まり、熱を加えて衣服のしわを伸ばす。
魔石に指で触ると、魔石が明るくなった。もう一回触ると消え……ずにさらに明るくなった。さらに触ると、今度は消えた。
なるほど。熱量は、弱と強の2段階切り替えか。
炭火で加熱していたところを、魔術、まあ魔石で置き換えたわけだ。それを考えると便利にはなっているよな。問題は、しわ伸ばし性能が不十分だということだが。
底部は……底面はツルツルだが。上の方は少し錆びている。鉄だものな。
そのとき、地球のアイロンの映像が、頭に浮かび上がった。
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2024/01/17 少々表現変え
2025/03/26 誤字訂正 (毛玉スキーさん ありがとうございます)
2025/03/28 誤字訂正(高須こ~すけさん ありがとうございます)