61話 目を見て言え!
目は心の窓、目は心の鏡───とは言うけれど。
食堂へ行くと、リーアさんが居た。
「おはようございます」
あっ、えっ? 無視された?
無言でキッチンへ入って行った。ちらっと、こちらを見た気もするが。
しばらくすると、トレイにスープとパンとサラダを乗せて、持ってきてくれた。あいかわらず無言。3階の棚には食事は入っていなかったから、ここで朝食は出してもらえるとは思っていたが。反応が。
無視はされていなかった。でも表情が険しい。なんだろう?
「おはようございます」
もう一度! あれ、今度は顔を背けた。
「なにが早いものかっ」
「えっ?」
結構な怒気だ!
「もう10時だぞ。大学は良いのか? 火曜だぞ。休みじゃないよな?!」
「ああぁぁ、授業はやってますね」
また叱られてしまった。エミリアで僕を叱りつける存在は、母様とコナン兄さんと……あとはせいぜいウルスラぐらいだった。王都に来て、その全員から離れたのだがなあ。
「まったく。まだ3カ月弱しかたっていないのに。そんなヤツだったとは、思っていなかった。がっかりだ」
いやいや。
「レオンのお母様から手紙がきたんだ」
「えっ?」
「レオンは、なまけやすいから、リーア様から厳しく指導をお願いいたしますって書いてあったぞ。昨日まで、信じられなかったが。さすがは、お母様だ」
「うっ」
ハンカチ1枚で、リーアさんが母様陣営に取り込まれてしまった。
「一応申し上げておきますが」
「なんだ?」
「僕は、けして大学の授業をなまけてはいません」
「ん?」
「今日、授業がある一般物理とアルゲン語読解に古代エルフ語入門については、試験を受けて合格したので、僕に限っては授業を受けなくて良いのです」
「はっ?」
リーアさんは首をひねった。
伝わっていない? いや意味が理解されていないらしい。うぅむ。これ以上、簡単にどう言えば良いのかな。
「ええぇと。大学の先生から、今日は授業に来なくても良いと言われたんです」
日曜学校水準だな。まあ音声では言われていないけれど、掲示でね。
「……むぅぅ。レオンは、大学で叱られない?」
「はい」
「なまけていない?」
「はい」
そもそも大学では授業を欠席しても叱られない。単位が取れないだけだ。それが続けば、留年、そして放校になるだけだ。
「レオンは、頭が良すぎるってことか」
ううう。なんかはずかしい。
「ま、まあ、ざっくり言えば。今日の3科目についてはそうです。明日は駄目です。明日は、10時には行きます」
「本当か? 私の目を見て言え!」
思いっ切り、僕をにらんでいる。
「本当です!」
負けない。
「むぅぅ。うそは言っていないな」
わかるのかよ!
「そうか、偉そうに叱って済まなかったな」
おぉぉ。オデットさんとは違って、性格が真っすぐだ。
「いいえ。わかってもらえれば、問題ありません」
「うん。そうか、そうか。スープが冷めないうちに食べてくれ」
†
今日、ゆっくり目覚めたのは、深夜まで魔術の改良を試みていたからだ。
その検証のために、いつもの王都東南の荒れ地にやって来た。
あの森まで行っても良い気がするけどなあ、南を見遣る。いや。今日は狩りじゃなくて、実験だ。
はじめるか。
点々と落ちている、枯れ木の枝を拾い上げる。これでいいよな。
歩きながら、起動する。
≪ワームホール!v0.2_0≫
魔導カバンというよりは、もっと原初的な機能由来の命名で、v0.2_0の最後の数値は秒数。つまり遅延時間なしの設定だ。
ふたつの発動紋が即座に発現する。
赤い発動紋が入庫用だ。
そこに拾った枝を突っ込む。途中までだ。
手は離さない。
むう。
青い出庫用の発動紋から枝は、出ていない。
引っ張ると、枝は原形を留めたまま出てきた。
なるほど。発動紋の向こうに消えてもつながっているんだ。まあそうでないと、ちぎれるしな。
もう一度つっこんで、最後まで押し込むと、出庫側の発動紋から出てきた。
一度中断。遅延時間を10秒に設定して同様にやって見たが、発動紋に消えて、もう一方の起動紋から出てきた。
次は、動物をあそこに通してみたいのだが。
何か動物、動物は居ないか?
虫でも居ればと思ったのだが、居ない。王都の冬の訪れは早いらしく見つからない。
ふぅむ、あっ!
足元の30セルメト程の石を見てひらめいた。
ぅぅんん……あぁ。端に指を掛けてひっくり返す。
おお、居た居た。虫───多足類が何匹もジタバタしている。
お休みのところ、悪いね!
小さいから見逃さないように、遅延を入れよう。
≪ワームホール! v0.2_5≫
摘まみ上げて、発動紋に投げ込む。……3、4、おお出てきた。地面に落ちて───なにごともなかったかのように、這いずり回り始めた。
ふむふむ。動物でも問題なくいけるらしい。魔導カバンには、生物が入らないと聞いたんだけれども、間違いか。もうちょっと時間を伸ばして。
≪ワームホール! v0.2_10≫
あれ?
投げ込んだ虫が発動紋で跳ね返った。
もう1回。
やっぱり、だめだな。
確認のために、落ちている小石を投げ込むと、吸い込まれて10秒後に出てきた。
しかし、虫は何匹も投げ込んだが、10秒遅延でも1分遅延でも全て弾かれた。
もしかして、これが魔導カバンに生物が入らない理由なのか?
短い方に時間を刻んで試すと、6秒までは入るが、それを超えると弾かれることがわかった。
何の制約だろう、わからん。不合理としか思えない。
†
んんん。
良い実験日和だった。日がだいぶ陰ってきたので王都市街に戻ってきた。
実験は良い結果が得られたが、後始末しないとな。
その前に……ローブを脱ぐ。
うぅ。寒い。しかし、砂ぼこりをなんとかしないと、リーアさんに嫌がられるからなあ。彼女は勘が鋭くて、僕が汚れて帰ってくる時は、なぜか見逃さないんだよなあ。
うわぁぁ、ローブをばさっと振り払うと黄色い微粉末が大量に舞った。このまま帰っていたら確実に叱られるやつだ。乾燥しているからなあ。
何度か振って叩いて、それでも飛び散らなくなったので、再度着る。はぁぁ暖かい。あとは。足元も叩くと、また砂が舞った。今度から下を先にやろう。
冒険者ギルドの建屋を回り込んで、買取窓口へ行く。
今日は閑散としている。
寒いからなあ。人間が寒くて出不精になる。
別に魔獣は冬眠しないし、もうすぐ活溌期だ。12月になれば、またここも賑わうかもしれない。
査定の列はごく短く、すぐ僕の順番になった。
ヘルマンさんだ。
「買い取りを頼む」
「ああ。査定品を」
うなずいて、カバンに手を突っ込む。
≪ストレージ───0001:出庫≫
浮かび上がってきた、角をつかんで引っ張り出す。
番号は、入庫時割り振られる通し番号だ。入庫してある物は、番号がまぶたの裏に表示されている。
「おおっ!?」
ヘルマンさんが、目を見開いた。
ドンと、アルミラージの死骸をまるごと査定台に置く。
結構重い。12キルグラはあるだろう。
以前は、現地で解体して、角に毛皮と魔結晶のみを持って来ていた。が、今日は解体をやってない。運ぶのが重くて身動きが取りづらいとかがなければ、まるごと持ってくる方が良い。解体すると手が魔獣の血でベタベタになるし、現地で時間が取られるのが惜しい。
≪ストレージ───0002:出庫≫
先程と同じに同じように取りだして置いた。
「ほう。魔導カバンか。よく手に入ったなあ」
「伝手があるので」
その後も5体取りだして、査定に回した。
「そうか、解体して査定で良いな?」
「はい」
「アルミラージ7体を預かった。これは預かり証だ。解体と査定を待っているか?」
「どのくらい掛かる?」
「そうさなあ。今は空いてるから30分ぐらいだ」
早っ! まあヘルマンさんだけでなく、複数人で手分けをするのだろう。
「では、待っている」
「そうか、じゃあ、これを持ってな。ロビーで待っていてくれ。この番号で呼出が掛かる。もしくは、どこかで時間をつぶしていれば、表示板に査定終了が表示されるからな。なんなら、3日以内であれば明日以降来てもらっても良いが、ただし、肉だけは自動的に買い取りになる。腐りかねないからな」
「了解だ」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2024/01/13 用語 講義と授業を授業に統一
2025/03/29 誤字訂正(n28lxa8さん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (Paradisaea2さん ありがとうございます)