60話 不完全
日本には、不完全さを愛でる傾向がありますが、工業製品に対しては厳しいっす。
はぁぁぁ。
僕は、顕現した赤い発動紋に、書き損じの便せんを丸めた紙玉を投げつける。
すると、紙玉は魔導紋に吸い込まれるように消えた。
亜空間へ行ったのだ。
魔導カバンの紋章を分析した結果がこれだ。
魔術が成功───は、していない。
吸い込んだ赤い発動紋から斜め上に50セルメトの位置。そこに発現している、もうひとつの青い発動紋から忽然と紙玉が現れ、僕に向かって飛んできた。赤方偏移と青方偏移。わかりやすいな。
落ちてきた紙玉を、何の感動もなく手で捕る。
何度投げても、同じ現象が繰り返される。
紙玉は亜空間へ消え失せるが、ほぼ瞬時に対となる魔導紋からこの空間に戻って来てしまう。
有り体に言えば、魔導カバンの再現ができなかったのだ。
要するに、ギルドの買取窓口で見た現象である入庫と出庫は再現できたのだが、収納という機能は果たせていない。
意外なことにと言うか、残念なことにと言うか。魔導カバン使用時に撮影した動画に映った発動紋は、入庫と出庫とで同一だったのだ。
しかも、ブロック線図はとても不自然に見え、最初は発動すらしなかった。
不自然というのは、線図が大きく2つに分かれて、つながっていなかった。つまり連動しないのだ。
結構がんばって分析もしたし、特権を使った副作用かどうかはわからないが、新たに有効化したドキュメントを読みふけったり、シスラーに訊いてみたものの、わからなかった。
にもかかわらず現状、不完全だが発動した。何をしたか。
意味ありげに2つの塊の間に伸びた、一対の線と端子。これが何かの間違いで接続が欠落しているのではないか? その思いつきを、やってみたのだ。魔術をこんな適当に改変するのは危険極まりない。術者を害しかねないのだ。
しかし、モデルベース上のシミュレーションなら問題ない。
単純に線で結んだところ、シムコネで発動した。特に問題なく。
試しに実際に発動した、それが今の状態だ。
入庫して、瞬時に出庫する。それに何の意味があるのか?
魔導カバンは、物品を入庫するだけでなく、任意の時刻で取り出せなければならない。
それが収納という事象だ。
入れた物が瞬時に出てくることを、収納とは言わない。
いや、全くの失敗じゃない!
そう。今はできないけれど、入口と出口の発動紋の位置を調整できれば、瞬間移送ができる!
もし、人間が通過できれば、瞬間移動だ。
なんとかドアという言葉が浮かんできたが、意味がわからない。どうせ怜央の知識だろう。
とはいえ、やるのは動物実験の後だな。なんか、適当に虫でも捕まえて…………
現実逃避はやめよう。
失敗は失敗だ。
制御技術者は、誰よりも真摯に現実を受け入れなければならない。でなければ、事象を制して御することなど叶わない。
僕は魔導カバン───の機能が欲しいのだ。
ちなみに、青い発動紋に紙玉を投げつけても、紋の直前で紙玉が弾かれる。一方通行ということだ。
あとは、紙玉以外。なくなっても良い物でやってみたが、同じようになった。
おそらく、魔導カバンの機能は複数の魔術で構成されており、僕が画像で情報を入手したのは一部だけ。見えていなかった魔紋があるに違いない。そこに保持用の術式があるのだ。それだけでは成立しない。そう認識すべきだな。
ならば、どうする。
あの男たちに近付いて、魔導カバンの現品をさらに探るか?
魔導カバンは数百年の昔から存在する。だから、特許は切れているだろうけれど、できれば避けたいところだ。
大学で相談してみよう。
せっかく通っているのだ。
† † †
「まあ座って」
「はい」
月曜日の2限目。代数の時間だが、受講免除なので自主休講ではない。
3限目の幾何もそうなので、学食で昼食の後に帰ろうかと思ったけれど、ちょうどリヒャルト先生を捕まえることができた。
場所は61号棟1階の準備室。
「それで、相談というのは?」
「はい。実は、魔導カバンの術式を入手したいと思っていまして」
「魔導カバンか。うーーん」
先生の表情が曇る。
えっ、なんだろう。
「何か問題でも?」
「うむ。まず魔導カバンは、一般用途つまり武器用途でないにもかかわらず、販売目的の製造は工部省省令で制限を受けている。有資格者で無ければ禁止だ」
「はい」
それは知っている。
「よって、標準起動紋については制限付きで公開はされているので、手続きを踏めば入手は可能だ。魔石についても販売目的でなければ、作成してもよいはずではあるのだが。本学においては……」
ん?
「7年前に、とある悪徳業者に騙された学生がいてな、そこそこの量の魔石を作って卸してしまった」
「はぁぁ。その話の流れだと露見したようですね」
「うむ。しかも不良品でな、使用者に傷害を負わす結果となり、刑事告発された。騙されたことは認められ情状酌量をうけて、執行猶予とはなったが」
「それはまた」
「そういう経緯があって、学内において同魔石を作るのは申請して学部長の許可が必要だ」
「了解です。お手数ですが申請のやり方を教えてください」
リヒャルト先生から、ジラー先生経由で学部長先生へ閲覧許可を申請してもらうことになった。
†
「あら、レオンさん。おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
テレーゼ夫人が、玄関に入ったところに居た。
大学を出たあと、狩りに行くかどうしようか迷ったのだが、日暮れまで2時間くらいしか活動できないので、あきらめて下宿に戻って来たのだ。
「今日は早いですね。夕食の時刻を早めましょうか?」
やさしいなあ。赤の他人ではないような気がしてくる。
「いえ。いつもの時刻でお願いします。では」
部屋に戻って、居間の椅子に座る。
なかなか、魔導カバンは厳しいなあ。
目をつぶって、昨日の分析を再開する。
ブロック線図は大きく2つの塊が左右に並んでいる。
左が入庫で、右が出庫だ。
その間。
意味ありげに向かい合わせた端子間。単純に直結で駄目なら、代わりに何を入れるか。試しにブロックを入れて繋ぎ直す。
伝達関数はどうする。
瞬時に出てくるなら、信号を遅延させれば良いのでは? いや、そんな単純な訳が……そう思いつつも、代案が浮かばない。
まあ、別にモデルベース上だし、問題ないか。
e^(-Ls)にして、むだ時間Lは10秒位にしてみよう。これで信号線を流れる信号が設定時間分遅れる。
これで出庫が遅れるのだったら、うれしいのだが。
起動!
おっと、シムコネのシミュレーションじゃなくて、実際に赤い発動紋が発現してしまった。ボゼッサーが有効化したままだった。
「まあいいか」
せっかく発動したし。
軽い気持ちで、昨日散々投げた紙玉を、同じように投げた。
狙い違わず、発動紋の向こうに消えていった。
あれ? そういえば、もう1個の青い発動紋がない。
えっ? ええ?
悩んでいると数秒を遅れて発動紋が現れ、さらにやや間があって、突如紙玉が飛び出した。
「うそだろう!」
現時点では、発動紋は2つ見えている。
もう一度、紙玉を投げつける。
消えた! 1、2、3、4、5、6、7、8、9、おっ、出た!
いや、まさかと思ったけど。こんな単純な話かよ。
この端子間の信号を遅延させれば、その設定時間は亜空間に消えているのか。
ということは、このむだ時間を大きくすれば。例えば3600にすれば1時間出てこなくなるのか? さらに大きくしたら、それは亜空間に保管と変わらないのでは? やってみよう。
おもしろい。
むだ時間を20秒、1分と変えてやってみたが、設定通りのむだ時間が経過したあと、紙玉が飛び出してくる。
むうぅぅ。まあ、これはこれで興味深いが。
問題はある。収納という意味では、むだ時間を短くすると、ふたたび入れないといけない。しかし、長くすれば収納もどきになるが、思った時間に取り出せない。
致命的欠陥じゃないか。
だめかあ。良い感じだったんだが。
いや!
むだ時間を可変にできればいいのでは。しかし、むだ時間要素では亜空間に入ったときに再出現する時間が決まってしまって、設定を途中で変えることはできない。別の遅延系の伝達関数を変えよう。
K/(τs+1)
これで、1次遅れ系だ。時定数τは変えられる。電気回路なら可変容量コンデンサの静電容量だ。発想が転がり出すと、次々怜央の知識が湧いてくる。
例の端子間に、さらに時定数を変えられる回路をつけて、できあがりだ。Kは1で固定か。まあいい。
最初は、時定数を10にして、起動。
紙玉を投げ入れると、おおよそ10秒で出てきた。ここまでは同じだ。
次は、時定数を3600にして、紙玉を投げ込む。10秒経過。出てこない。
1分、2分……出てこない。
いいぞ、想定通りだ。
ここで、時定数を短く変更───おお、突如もうひとつの発動紋が発現し、そこから紙玉が飛び出した。
できた! ひどく原初的だが、魔導カバン相当の亜空間保存ができた。
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訂正履歴
2024/01/10 一部表現変え
2024/01/27 誤字訂正(ID:361108さん ありがとうございます)




