表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/289

59話 魔導カバン

長いお休みを頂きました。今年もがんばります。

 11月の中旬。王都へ引っ越してから、もう2カ月が過ぎた。

 大学へ通うという日課ができたからか、日々過ぎる時間が早い。

 今日は日曜日。アルミラージ狩りに出たのだけど、最近少し飽きてきた。狩るより解体の方が時間が掛かるし。晩秋は日暮れが早いので4時前だが、市街に戻って来た。


 冒険者ギルドの建物を回り込んで、買取窓口の前まで来た。

 列に並ぼうとしたら、折り悪くぶつかりそうになって立ち止まる。

 若い男たちのパーティか。

 どうぞ、お先にと手で示す。まだ時間が早いし、列は短いから良いだろう。


「これはこれは、失礼した。おわびに査定のあとでお茶でもどうかな?」

 お茶?


 別の男が入れ替わって僕の前に立つ。

「仲間が粗暴で済まない。しかし、君のように美しいお嬢さんが、なぜ1人で、このようなところへ?」

 お嬢さん?

 頭が痛い。先を譲ったのを後悔した。


「俺は男だ!」

「はっ?」

「またまた」

 軟派な野郎たちだなあ。

 言い寄ってくる男避けのために、性別を偽っているとでも思っているのだろうか? 着ている魔術士のローブは、体形を覆い隠すからな。


「あっははは。本当にレオンは男だぞ」

 前の冒険者が去り、手が空いた査定係のヘルマンさんが笑っている。


「うそだろ!」

「いや! ヘルマンさんはうそをつかない!」


「そっ、そうだな……そうか、男か。悪かった。俺はハーコンだ」

 おっ。ヘルマンさんは信用があるな。

「すまん、グリフィスだ。クラン・銀鎖の剣って言ってもらえばわかる。こんど酒をおごるぜ」

 あれ。そんなに悪いやつらでもないのか。

 冒険者団体(クラン)銀鎖の剣な。知らないけれど、有力な団体か?


「おおい。早く査定品を出してくれ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 そういえば、彼らはそれらしい物は持っていない。片手持ちの小さいカバンは提げているが、査定を受けるのは魔結晶だけなのか?


 ハーコンがカバンのガマ口を開いて、もうひとりのグリフィスが両手をそこへ突っ込んだ。

 むっ!

 中から、カバンよりでかい魔獣の頭が出てきた。

 灰猪(アーシュ・ボア)だ。


 しかし、出てきたのは、頭だけじゃなかった。その下もつながっている。明らかに大きさがカバンと釣り合わない。

 むぅ、空間が! ガマ口を通り過ぎると、ググッと広がって大きくなっていく。


「よっと」

 ドンと重たそうな音が響いて、査定台の上に頭だけでなく死骸全体が置かれた。

 150キルグラ(≒kg)以上あるだろう。それを引っ張り出した膂力(りょりょく)もすごいが、それほど大きい物が片手持ちのカバンから出てきた方が驚きだ。体積が違いすぎる。

 この目で見たのだが、信じがたい。


 1体だけではなかった、2体目、3体目が出て来た。

 普通なら絶対入りきらない量だ。


 魔導カバン───

 これがそうなのか。


 内部は、亜空間につながっているらしい。

 すごいなあ。

 欲しい、是非欲しい。

 あれがあれば、うんざりしている解体をしなくても良い。そのまま中に死骸を収納して、持ってくれば良いのだ。


 しかし。

 この前、ダンカン叔父に()いたところでは、買うためには数千セシルくらい出す必要があるそうだ。そもそも、そんなに売られては居ないらしい。


 数千セシルか。

 買うためには、アルミラージを何体狩る必要があるのか。

 だから、自作しようと思っている。なかなか情報が入手できなかったのだが。とりあえず2体目の取りだしで、起動紋と発動紋の画像は記録できた。


「それと、魔結晶も……」

 魔導カバンから、大きい魔結晶もとりだした。


「おい、ハーコン。それは依頼人に直接渡すって約束だろう」

「そうだった。すまん。魔結晶の査定はなしだ」

 そのまま、魔結晶をもう一度魔導カバンへ戻した。

 その時も、起動紋と発動紋が現れた。


     †


「では、21セシル30ダルクです」

 自分の分の査定が終わり、会計窓口でアルミラージの魔結晶などの代金を受け取る。

「確かに」

 よし。速攻で帰って、分析をしよう。


「あっ、ああ。レオンさん、少々お待ちください」

「えっ?」

 振り返って、窓口に再び寄る。


「すみません。レオンさんは、貢献度がたまりましたので、ギルド員等級がベーシス3級に昇級です。もう一度、ギルドカードを」

 懐から出して差し出す。


 今までノービス(初心者)だったが、その上が今回成ったベーシス(一般者)だ。そのさらに上は、スペリオール(上級者)という等級があるらしいが、別に冒険者ギルド内で栄達したい訳でもないので、興味がない。


「ベーシスに上がると、どんな良いことがあるんですか? ああ、ベーシスの限定依頼が受けられる以外で」

 お得なことがあるなら知っておかないとな。


「はい。いくつかありますが。代表的なのは、売店での割引額が上がるのと、単独で迷宮や入会地(いりあいち)への出入りができるようになります」


「入会地と言うと、ギルドの?」

 入会地というのは、普通は村や町の住人が共同利用して良い土地のことだ。僕は商館の子なのでよく知らないが。大きい木は駄目だが、(まき)にできる程度の木の伐採や植物を採集したり、猟をしても許される場所だ。その代わり、その土地での催しには動員される。もちろん他の地域の住人は利用禁止だ。 


「はい。例えば近くでは南東の森は該当します。ギルド所有ではありませんが、国有地です。ただギルドは提携していまして、ベーシス以上のギルド員は無料で使えます。書き換えが終わりました。どうぞ」

 書き換えと言っても、彼女がペンで書き換えているわけではない。動かないようにだろうテーブルに埋め込まれた魔導具でやっている。


 そもそも魔獣は害獣扱いなので、どこの土地で狩っても問題ないが、それ以前に出入りが禁止されている土地はある。軍用地や私有地は当然だが、公用地も大体微妙だ。

 南東の森は狩りをして良いとは聞いていたが。無料で出入りさせてやるから、魔獣が蔓延(はびこ)らないようにせよ、理由はたぶんそういうことなのだ。


「ありがとう」


 そうか。ノービスは侵入非推奨と言われていたけれど、今度狩りに行ってみるか。


     †


 下宿に帰って、夫人にリーアさんと和やかな夕食を楽しんだあと、僕は自室に引き込んだ。少し寒くなってきたので、蒸気暖房のコックをひねると、シューと音がしてゆっくりと温まり始めた。


 椅子に座って目をつぶると、冒険者ギルドの買取窓口の光景が動画で再現し始めた。

 ここだ!

 あの冒険者たちが、魔導カバンのガマ口を開けた時点。

 カバンの直上に魔導紋がふたつ見える。右が起動紋で一瞬で消え、左の青い方が発動紋だ。


 インスペクタ・スタジオが起動。魔導紋の自動抽出が始まる。右を切り出し、画像に角度と遠近(パース)が付いているので、ゆがみを取るように補正。画素の集合であるラスター画像から、分析を掛けて、点やストロークの集合であるベクター情報に変換される。さらに魔術意味解析が始まって、ダイアログ上のプログレスバーが伸びる。


 50%、80%、95%。興奮が高まり、どんな規模のモデルが立ち上がるのかが、脳を占める。

 ダイアログが消えて、いつものようにブロック線図が表示───されなかった。


 えっ。エラー?

 エラーでもなく警告ダイアログだ。


 メッセージが表示された。

 術式分析内容に、禁忌レベル1.6_禁忌理由2-15に該当するモジュールが検出されました。現状の環境において、SYSLAB(シスラボ)_Simu(シム)connect(コネ)での閲覧が禁止されています。意味解析前データを保存しました。読み込んだモデルを閉じます。


 えぇぇ、だめなのか。

 その後、念のために発動紋についても解析を掛けてみたけれど、同じメッセージが表示された。


 ううう。魔導カバン自作に道が開くかと思ったのに。

 いや。まだ、あきらめるな!


シスラー(AI)! 禁忌理由2-15って何?」

「禁忌理由2-15は、低水準時空魔術に関するものです」

 そのまんまか。亜空間ヘ物を出し入れする魔術だからなあ。


「シスラー! 低水準時空魔術の低水準とは?」

「時空操作の内、システム安定性やガベージ回収など安全化が図られていない魔術群のことです」

 ああ、要はプログラム言語の低水準・高水準の位置付けと同じか。何でもできるけれど面倒臭いのが低水準、典型的なやりたいことに対して便利なのが高水準のようだ。


 そうだよな。

 最初に覚えたアクァもブリーゼも、発動紋の向こう側である亜空間から水やら空気やらを引き出しているわけだから。ごく初心者向けの魔術にも、時空魔術が含まれているということだ。

 ということは、時空魔術を好き勝手に使うと危ない。だから制限するってことか。


「シスラー! 禁忌レベルとは?」

「禁忌レベルとは、モジュール作成者の意向や、登録ユーザーの所属文明レベルに基づき、閲覧または実行の制限基準となる等級のことです」


 ふぅぅむ。

 ん? 制限基準?

 基準ということは、制限するかしないかを決めるために、何かと比較する前提だよな。要するに、絶対禁止というわけではない。


「シスラー! 禁忌による制限を避ける方法は?」

「登録ユーザーの特権レベルが、禁忌レベルを上回っていれば、回避が可能です」

 え?


「レオンさんのアカウントを表示します」

 登録ユーザ :レオン(藤堂怜央)/ソアレ星系第2惑星人類(人族)登録

 アカウント :御する権能

 トークン数 :32767

 特権レベル :シニアシステムオペレータ(2)

 システム  :地球版エミュレート

 文明基礎言語:セシーリア語


「レオンさんの特権レベルは、シニアシステムオペレータ(2)です。特権を行使しますか?」

「行使します!」


 おおぅ! 

 下になっていた警告ダイアログが消え、シムコネ上にブロック線図が現れた。


────────────

本作品における用語補足

パーティ:狩り、冒険などにおいて複数人で組む集まり。その場限りの集まりも含む。

クラン :冒険者の任意団体。上記の仲間とは限らない。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2024/01/07 レオンの思考でのクラン→パーティ、用語補足追加

2025/03/26 誤字訂正 (ビヨーンさん ありがとうございます)

2025/04/02 誤字訂正 (cdさん ありがとうございます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ