57話 初級魔道具製作(中) 実習
いやあ、押し詰まって参りました。年末は暇かなあなどと思っていましたが(本業)、人並みに忙しくなってきました。
3限目が始まり、選抜された僕と2人の自己紹介が終わったので、実習の本題に移った。
「それでは、リヒャルト君。白と黄色の魔結晶を3人に渡してくれ」
この助教の先生。そういう名前だったけ?
顔合わせの時は、一気に言われたから覚え切れてない。
ジラー先生の指示で、紙に包まれた3セルメト大の塊を、各自2つずつ渡してくれた。
白と黄?
包装紙の色か。黄色というのは油紙の色か。僕がこれまで買ったり、実家で提供されたのはこっちだ。
もうひとつは油紙じゃなく普通の紙だ。こっちが白だとして、何の違いが?
「教授。彼らは新入生なので、紙の色の説明をお願いします」
「そうだな。黄色の方は新品の魔結晶。白い方は再研磨品と言ってな、1度刻印した魔結晶の刻印面側を研磨して、再度刻印できるようにした物だ」
へえ。そんなのがあるんだな。
「基本的に再研磨品の寿命は短いことが多く、消耗品にしか使われない。だから価格は……どのくらいになっているかね?」
「2級品で比べると、卸価格でおおよそ1/2から1/3です、ただ消耗品に使えない青から透明は1/5以下です」
「だそうだ」
結構値段が違うな。そうなると、魔石にしたあとの販売価格も違ってくるな。
「そういうわけで、我々が実習で練習台に使うような用途では、白を使う」
「はい」
そうなるか。あまり、費用を気にしなくて良いと言うことだ。
「安くて良いが、中には再研磨後でも使えない欠陥があるものも混ざっている、それぞれ欠陥がないか確認してくれ。それで、欠陥というのは……」
ジラー先生は、机の引出を開けた。
「この辺に入れた記憶が……あったあった」
ほぼ透明な魔結晶を1個取り出した。
「こいつのように、魔結晶の内部が一様ではなくて、中に白い面があるように見えるはずだ。3人で回して見てくれ」
差し出された、魔結晶を受け取って光にすかしてみる。確かに再研磨品の内部に、少し光を反射する白い部分がみえる。
「確かに3ミルメトくらいのがありますね」
オデットさんが、僕をにらんでいるので魔結晶を渡す。すると、すぐさま観察し始めた。
気になることを訊いてみるか。
「白い部分だけでなく、透明な反射面もあるようでしたが、あれは大丈夫なんですか?」
「目が良いな。透明な面も含めて格子欠陥と言ってな、結晶粒界……まあ境目だな。透明に見える程度なら、低集積度の術式では大丈夫だ。刻印する段階でつながるからな。しかし、白く見えるような面や、異物が混入しているやつはだめだ。例え、そこに刻印しなくとも、欠陥を起点に割れたりするからな」
「低集積とおっしゃいましたが?」
「魔導具にするような高集積の用途では、1級と言われる10ミルメト(おおよそ10mm)以上の粒界部分がある魔結晶を使う」
「なるほど、では単結晶が望ましいということですか?」
「単結晶な、無論そうだ。それを特級品と呼んでいるが、相当に希少だ。リヒャルト君」
「価格ですか? 1級品はおおよそ重量当たりで、2級の5倍から10倍です」
値段が大きく違うな。
「あと、特級品は一般市場では流通していません」
「あれ? 売ってないのか?」
ジラー先生が首をひねる。
「教授。ご自身の工房をその辺の工房と一緒になさらないでください」
「ふむ。そうか」
面白いやりとりだ
それにしても、極微の世界をのぞき見る装置として、電子顕微鏡という概念が以前浮かんだことがある。いうまでもなく地球の技術だ。それが存在しないこの世界でも、単結晶という物があって認識できているのか。
「あのう。単結晶というのは?」
尋ねたオデットさんが、魔結晶を隣に渡して、また僕をにらんだ。
「ああ、塊全体が1つの結晶粒でできている物のことだ。さっき説明した粒界が内部に存在しない」
「なるほど」
ふむ。
脳内で、人工単結晶という単語が浮かんだ。
「天然単結晶の希少度が高いのであれば、人工的には作ることはできないのですか?」
ジラー先生が、横を見た。
「そうだなあ。そういう論文は何件か見たことがあるが、技術はともかく、事業としてうまくいった例はないと思う」
「リヒャルト先生。それは、どういう」
「単結晶は一気にできるわけではなく、徐々に結晶が大きくなっていくんだ。それを成長と言う。その速度が遅すぎて、費用対効果が見合わないという理由だったはずだ」
なるほど。怜央の知識が浮かんだということは、地球の技術では人工単結晶が造れるということだ。ふむ。リヒャルト先生は、学術的なことをよく修められているようだ。
「おっと、話が横道に逸れすぎた。続きは3限後にやってくれ」
「すみません」
「では、白い方を開いて、ジョルジ君とレオン君は、何かひとつ術式を刻印してみてくれ。なお作業は、あの(刻印作業)個室でな」
「失敗してもかまわない。オデット君は、リヒャルト君に付いて単純な図形や文字の刻印練習を始めてくれ」
「はい」
「刻印の前に、欠陥の確認をしてくれ」
オデットさんは、早速個室の方へ移動していった。
白い紙を剥がして、さっきの魔結晶と同じように光にすかして見る。じっくりと見たが問題はないようだ。
さて、僕は何を刻印するかな。
分かりやすい方が良いから、発光系にするか。今まで作った物を流用できるしな。
それと、この結晶単独で成り立たせる必要があるから、魔力充填機能もあった方が良いな。とはいえ、光るだけじゃ面白くないよなあ。
よし。
構想はまとまった。
おっ、目を開くと一足先にジョルジ君が多く並んだ扉の方へ歩いて行く。あそこだ。
刻印魔術は一般的に危険な魔術とされている。だから初心者は、あの中で作業する。
ただ、熟練度が低い俺でも、おそらく危険ではない。
刻印専用のアプリEngrave Studioが使えるからな。リオネス商会の自室でも下宿でも、何の障壁も用意していない。
とはいえ、まあやっていることを他人に見られないのは利点だ。
立ち上がって個室へ向かう。扉を開けて中に入り、後ろ手に閉める。内部は暗紺色の壁に、作業台がある。丸椅子に座る。
まずは……SYSLAB_Simuconnectが立ち上がり、意識したファイル、魔導投光器用魔石v3.22が読み込まれ、ブロック線図が表示される。
機能的には、蓄魔石モジュールの魔力自然吸引機能を無効化にして、非表示に。これで回路がだいぶすっきりしたね。
代わりに、外部充魔力機能を有効化へ。これで、術者が魔力を供給する必要があるけれど、すぐに使えるようになる。
それで、発光系統を2系統に。制御を単純にして、パルス幅制御モジュールを外して、全灯と消灯のみに。これで術式規模は、最初の1/10以下になった。
まあ、魔導投光器を作ってみせるのは時期尚早だろう。
とりあえず、ファイルを別名で保存。
次は。シムコネから、Statetransitionにアプリを移行。状態遷移図に変わる。
はい。スイッチオン。スコープに魔界強度のグラフが表示され、上昇。点灯した。
それから、ふむふむ。
良い感じだ。
それじゃあ。刻印しよう。
EngraveStudioに移行。
視界に被さった□に白の魔石を持って来ると、刻印可能と表示された。
あれ? ダイアログが開いた。
不純物添加機能の有効化が必要です。有効化しますか?
あぁぁ、有効化してくれ。
文字が視界をスクロールしていく。
発光部を作るには、魔結晶本来の成分以外の物質を追加するドープが必要だ。
半導体で言えば、P型とN型を作り出すのとほぼ同じだ。
ドープ機能は、けっこうトークンを消費するから、無効化していたんだった。まだ相当余裕があるんだけど、普段使わない機能は気分として無効化したくなるんだよなあ。怜央の性格だったりしてな。これからはよく使うだろうから、常時有効でも良いだろう。
スクロールが止まって消えると、魔石が光り始めた。
微かにしか見えない極微の光束が幾筋も走り、魔石に刻印されていく。なんだか、いつもより光束が見えにくい気がする。
などと、どうでも良いことを考えていても大丈夫なのは、エンスタとポゼッサーの組み合わせだからだ。まあ、楽ではあるが、ドキュメントに書かれていたように、身体を乗っ取られている感覚が強いのは余りいただけない。
そもそも、光束が見えるのは、空気中のチリに当たって、拡散してるからだよな。さっき、ジラー先生が言っていた高集積の魔石を刻印するには、チリが少ない清浄度が高い空間環境が良いはずだが。この個室って、ある程度そうなのかもしれない。
クリーンルーム、クリーンベンチという概念が浮かんできた。
徹底しているな、地球って世界は。うらやましい。
綺麗だけど、これって肉眼でずっと見てて良いのかな。拡散光は大した強度ではないけれど、余り目には良くない気がする。
そういえば、この光束って、怜央の記憶にあったレーザーってヤツかな? ドキュメントには余り書いてないんだよな。
そんなことを考えていると、魔結晶の発光が止まった。刻印完了だ。これで魔石となったのだ。
よし!
立ち上がって扉を開けると、同時に隣の扉が開いた。
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訂正履歴
2023/12/27 僅かに加筆
2023/12/30 ルビ修正
2025/04/02 誤字訂正 (Paradisaea2さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (ジオードさん ありがとうございます)
2025/04/24 誤字訂正 (hosorin 十勝央さん ありがとうございます)
2025/07/02 誤字訂正 (一読者さん ありがとうございます)