56話 初級魔道具製作(上) 講義
使命感に燃える人って居ますよねえ。
週が明け。水曜日。
久しぶりに教室に入った。
「レオン君よね」
カバンから教科書と筆記具を出して顔を上げると、目の前に1人の女学生が立っていた。
僕より3、4歳年上に見える。
「ああ、はい」
「私は、オデット。レオン君がいないときに、理工学科1年の世話人になったわ」
「ああ、そうなんですね」
そういえば、試験前にそんな話があったな。何か不機嫌そうに見えるけれど、世話人に選ばれたときに僕が居なかったからだろうか?
「それで、お節介だと思うけれど! 一言いいかしら!」
「はぁ……」
なんだか顔が険しい。
えっ? 叱られるやつ? 心当たりがないんだけれど。
眉が一段と吊り上がった。5メトばかり向こうに、もう1人の女子が、こっちをうかがっているな。
「1年生になったばかりというのに、必修科目がある日に2日間連続で欠席するって、感心しないわ! 実技教練が休講だったとしても」
確かにお節介だな。とはいえ、誤解は解消した方が良いだろう。
「おとといの朝、一度大学には来たけれど。体調が芳しくなくて」
「体調不良? 本当に?」
疑われている。
「あと必修科目。おとといは代数と幾何。昨日は、一般物理とアルゲン語読解に古代エルフ語入門だったよね」
「そうだけど……だから?」
眉根が寄って、訝しそうに僕を睨む。
「それらについては、受講免除になったので」
「受講免除?!」
「うん。先週、検定試験があったのは知っていると思うけれど。それらに合格したので免除。疑うのならば、正門傍の掲示板を見に行くか、先生に問い合わせてくれないかな」
実際のところ、受けた8科目は全て合格した。5科目は自信があったが、3科目は運が良かった。いや良くはない。反動で2日間寝込むことになり、夫人にリーアさん。それにアデルさんに迷惑を掛けたのは後悔と反省をしている。
そのとき、1限目開始の鐘が鳴った。
「確かめるわ。じゃあまた」
いきなりは信じないか。技術者はそうあるべきだと思うけれど。
†
「久しぶりだな。レオン」
「ああ、ディアさん。こんにちは」
今は昼休み、学食の列に並んでいる。
あれ、今日は1人だな。
「ああ。ベルなら、あとから来る」
「そうですか」
「それより、今週は学食で見掛けなかったが?」
「ああ、ちょっと体調が悪くて」
料理を取ってテーブルで待っていると、ベルさんがディアさんの横に座った。
「体調が悪かったって、どうしたんだ?」
「そうなんだ?」
「はい。風邪をひいて熱が出たので、週末は下宿で寝てました」
ディアさんの眉根が寄った。
「大丈夫だったのか?」
「まあ、なんとか」
金曜と土曜はほぼ寝込み、日曜はやっと起きられるようになった。月曜は1回大学に来て検定の結果発表を見て、来る必要がなかったことが分かり、うれしいの半分と徒労感半分を抱え、そのまま帰った。昨日はやっと体調が戻ってきたので久しぶりに狩りに行った。
「風邪で寝込むなんて、レオンは子供みたいだな」
「ベル、言い過ぎだ」
ディアさんは少し怒っている。
「私は、熱なんか出さないもんねえ」
「おお、うらやましいですね。風邪はともかく、魔術をはじめた頃も、熱が出なかったですか?」
動けなくなるまで熱を出したのは数えるほどだったけれど、始めて1年位はよく微熱を出していた。
あれ? 2人は顔を見合わせた。
「魔術と熱は関係があるのか?」
「えっ、魔術を練習していて、熱は出なかったですか?」
「いや、出たことはないけれど」
「ああ!」
「何? ディア」
「子供の頃は魔術のやり過ぎにそういう危険があるって、伯母が言っていったわ。だからそうならないように、気を使ってくれていたわね」
「じゃあ、逆にレオンのように熱が出るまでやった方がいいんじゃないか?」
「いや。僕の恩師も警告してくれたので」
「ふむ」
「まあ、レオンは休んでも余裕だよな」
「はっ、何が余裕なの?」
「ん? ディアは見てないのか、検定試験の結果を」
「見てないわよ、1年生だし」
「いや、試験は1年生でも受けられるけどな。そういう私も受けてはいないけれど」
確かに入学したばかりの10月に、検定試験を受けるのは少数と聞いた。実際に試験会場でも見知った顔はなかったし。
「それと、さっきのレオンは余裕という話と、何の関係があるのよ?」
「ふむ。本当に見てないんだな。レオンは、1年生が受けられる8科目を全部検定合格したんだ」
「えっ?」
「掲示板に貼りだしてあった」
ディアさんは、大きな目をもっと見開いて僕を見た。
「ちょっと待って。えぇと……」
額に手を持って行く。
「もう8単位も取ったってことか?!」
「そうそう。なんだか、ずるいよなあ」
いや、ずるくはない。
「そういうわけで、昨日とおとといは大学へ来なかったと」
「まあ、そんな感じです」
しばらく、火曜は来なくても、問題はない。
「ちょっとさびしい」
†
期待していた、講義がやっと始まる。
講師と助教が並ぶ中、ジラー教授が教壇に立った。50歳代後半であろう、結構厳つい風貌だ。後で知った話だが、彼は学位は持っておらず、もともとたたき上げで魔導技師、つまり国家資格を取得した魔導工だそうだ。そして魔導匠でもある。その技量は高く、学部長に招聘されたそうだ。
ちなみに、魔導技師は資格取得者の名前で、魔導匠は工房を率いる魔導工の尊称だ。
「それでは、初級魔道具製作の講義を始める。えぇ。本学に入学したばかりの諸君だから、魔道具製作経験については全くない者が大半とは思うが、中には家業でそれなりにやっていたという学生が以前には居た。ついては、諸君の状況を訊きたい」
そうか。家業でやっていたというのは、良い偽装理由だ。僕のエミリアでの育ち方を知っている者は、ここには居ないからな。
「この中で、刻印魔術が使える者。ああ、熟練度は問わない。ともかく刻印魔術が発動したことがある者は手を挙げてくれ」
手を挙げると、講師の先生が少しうなったあと、隣の先生と小声で何かしゃべっている。視線の先は僕だけではないようだ
辺りを見ると、理工学科1年12人のなかで、他に2人が手を挙げた。
おっ。
あれは。今朝、僕を注意した女子の……オ? そうそう、オデットさんだったよな。もう一人は、名前を知らない男子だ。濃紺のローブに身を包んだ陰気そうな感じ。そういえば検定試験会場で顔を見た気がする。
「ほう。3人もか、今年は多いな」
多いのか。
「要項にも書いてある通りだが。工学の科目は、諸君らの水準を一括で扱う科目ではない。講義はともかく、特に実習科目はそうだ。実技検定を受けてもらい、場合によっては、春以降にはなるが上級生が受けている単位に移動してもらうこともあるので、そのつもりで」
「「「はい」」」
†
3限目は、初級魔道具製作の実技だ。
講師は2限目と同じだった。ただ……。
「それでは。始めよう。2限目で刻印魔術が使えると挙手した3人に集まってもらった。他の9人には、まずは刻印魔術の発動の訓練をしてもらっている。未経験者は結構時間が掛かるからな。訓練が進めば、合流してもらうとして」
先生は、引き続きジラー先生だ。たださっきまでたくさん居た助教の先生は、たったひとりに減っている。
大教室からやや狭めの6113教室に移ってきた。壁際に扉が幾つも並んでいるけど……なんか見覚えがあるような。あっ、エミリアの工房で見たんだ。
あれが並んでいるから、教室が狭いのか。
「この部屋は刻印実習室と言って、壁際にたくさんあるのは刻印作業個室だ。まあ、みな個室としか呼ばないがな。一応刻印魔術は、危ない魔術でもあるからな、刻印魔術を使う場合はあの中でやってもらう。なお、隣の教室は、あと各10室、個室がある」
「へえ」
「まあ、2年生になれば、刻印魔導器を多用することになる。そもそも、刻印魔術を使えなくとも、魔導工には成れる。ただし、刻印魔術を使えると、刻印する原理や術式の難度が把握しやすい。したがって、魔工技師試験の実技科目にも入っている」
僕の場合は、シスラボのサブセットでできるから、刻印作業自体はそれほど重要ではない。
「さて、互いに名を知っている方がいいだろう。そうだな、名前と年齢と、どのくらい刻印魔術を使えるかを教えてくれ。左の君から」
陰気そうな、男子が指された。
むぅぅと息を吐いたあと、下から見上げるような目線で僕とオデットさんを見て、ようやく口を開いた。
「ジョルジ、18歳。魔石は3種類ぐらい、一応全部発動した」
朴訥としているなあ。職人ぽいと言えばそうなんだが。
「私はオデット。17歳よ。実家では魔導具を使っていたので、刻印魔術は余り練習しておらず、発動はさせられますが。魔石に刻んだことはありません」
言い切ってから、ジョルジ君と僕を睥睨した。
ふむ。実家が魔導工房なのか。
おっと、僕の番だな。
「レオンです。14歳です」
「「14!?」」
「何か?」
「レオン君、続けたまえ」
「はい。家業と提携している工房に出入りしていたので、まあ魔石は10種類以上は。あと最近は、魔石以外の加工にも使っています」
この段階で水準を示しておけば、脳内システムの特異性を奇異に思われることを緩和できるだろう。
「家業。最近話題になったリオネス商会と身上書に書いてあったな」
他の2人は反応がない。
「ご存じでしたか。例の魔道具を見たことはあります」
「ほう。興味深いな」
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訂正履歴
2023/12/25 微妙に表現変え
2023/12/25 誤字訂正(ID:1506929さん ありがとうございます)