6話 試し試される
試されると、緊張しますね。昔は(?)自信家だったんですが。
「試す?」
「こちらに出てきて、実際にブリーゼを発動してください。そよ風が起こるだけですから、室内で行使しても安全です」
「はあ。はい」
僕は、先生に信用されていないのかな。
立ち上がると、兄さんたちは不安そうに僕を見ていた。
「まず、風が起こったことがわかりやすくしましょう」
先生が腕を振ると、煙が湧き起こった。
あの指輪か! 魔道具らしい。
「では、この煙に向かって、放ってください」
じゃあ。腕を上げ掛けて止まる。
ちょっと待て!
ここで、脳内システムから魔術を使って大丈夫か? 先生に知られてしまうのでは。そうなると、怜央のことも。
ここは安全策だ。
≪ブリーゼ オリジン≫
突き出した右腕の先から、そよ風が噴き出た。
煙がたなびいて、誰の目にも空気が流れていること、つまり風が起きていることが分かる。
「「おお……」」
兄さんたちが響めいた。
そうだよね。おどろくよね。
この前まで、魔術が全然発動しないと悩んでいた僕が、突然ブリーゼを使うことができたからね。
うふふ。実は魔術の名前を思い浮かべるだけで、魔術が発動できるようになった。もちろん、どんな魔術でもというわけではなく、脳内システム上で何回か起動した魔術に限られるし、すこし集中しなければならない。
これなら先生のおっしゃっていた起動紋を完全に覚えた状況と同じだから、気付くことはないだろう。
「まさしくブリーゼです!」
あれ? 先生まで、なぜか驚いているような。
いやいや、発動したのは、羊皮紙に描かれた通りの魔術ですよ。
扇いだ程度の緩い風が出るだけ。安全かもしれないけれど、ひどく退屈な魔術です。
などと言えるのも、昨日まで僕はブリーゼの魔術を弄りまくり、もっと強風や断面積の大小、さらに一定速の風、間欠的な風といった具合でさまざまな派生型を作って楽しんだからだ。
まあ強風と言っても、窓から吹きこんでくる位の風で、調整可能なパラメータを全部変えても、嵐で吹き荒れる旋風にはならなかったが。
「なっ、なあ、ハイン」
「うん。兄さん」
なんだろう?
「レオン殿」
「はい」
先生の方を向く。何だろう?
「ふむ。呼びかけたくらいでは、魔術が途切れませんね」
はっ?
よく分からないが。煙がなくなりそうになると、先生が腕を振って足してくれる。それが何回か続いたが……。
「はい。レオン殿、もう結構。魔術を止めてください」
「はい」
風が止んで、腕を降ろした。
「席へ戻りなさい。うううむ」
何か考え込んだ。
「あいた」
席に戻ると、ハイン兄さんに肩をたたかれた。
「すごいな。レオン。あんなにすばやく魔術が発動するなんて」
「ああ、そうだ。しかも、あんなに長く、魔術が続くなんて、すごいぞ。レオン」
「そっ、そうかなあ」
兄さんたちが、破顔して何度もうなずいている。
いやでも、あの魔術はそういう魔術だよね。たぶん初級者向けの魔術だし。
「コナン殿の仰った通り」
えっ?
「低級の魔術とはいえ、あれだけ早く、しかも長く安定して行使できるのは、レオン殿に魔術の素養があると言わざるを得ません」
えぇ?
「そうだぞ、レオン。俺だって、10秒以上念じないと発動しないんだ」
「私は、もっと長い。それに、風だってもっとふらふらとして……」
兄さん。
「レオン殿は、自らを律する集中力が優れているのでしょう」
ええぇぇ。わあ、こんなに褒められたのは、算術以外では初めてかもしれない。
すごいや、僕に魔術の才能が……ああ、いやいや。
たぶん、脳内システムのおかげだ。
†
授業が終わり、昼食を取ると部屋に帰ってきた。
僕が質問して、先生が答えてくれたことを振り返ろう。
ブリーゼの風を強くするには?
回答。あの起動紋を使う限りは強くできない。別の起動紋を使う必要がある。
残念。
確かにブリーゼのブロック線図は、魔界強度を一定値以下に抑えるPI制御が構成されていた。制御の目標値を変えないと無理だ。それは分かっている。
別の起動紋を使えば、どんどん風が強くなるのか?
先生の回答は、他の起動紋を使ったとしても、どこまで上がるかは術者による、だった。うん、うん。ドキュメントに書いてあった通りだ。
僕が別の起動紋を使えるとしたら、より風を強くするにはどうしたらよいか?
『随分と魔術に関心があるようですね、レオン殿。よい傾向です。より強い魔術を発動できるかどうかの指標が魔界強度。魔界強度を印加するための源泉を魔力と呼びます』
『はい』
ドキッとした。でも内容はドキュメントに書かれていた通り、ここからが問題だ。
『魔力は一般的に年齢によるところがあります。一般には、子供から成人に至る段階で魔力が伸びます。ただし、この時に魔術を使うか、使わないかによって、伸びの大きさが変わると言われています』
おお! 反復か!
『では、たくさん魔術を使えば、僕の魔力が強くなるのですね?』
『そうとも言えますが、余りに多く使えば、成長に支障がある。そういう説もありますので、無理はいけません。一時に多く魔術を行使すれば、吐き気、めまいなどが起こります。それら自覚症状に出たら、あるいはそこに至る前に止めて、休養せねばなりません。わかりましたね』
『はい』
『まあ、皆さんにお渡しする起動紋では、そのようなことにはなりませんが』
確かに、元は退屈な程に安全な魔術だった。
ただ、僕は魔術を書き換えることができる。そしてそれを実際に使うことができる。
さすがの先生も、そこまでは想定していなかったに違いない。
†
どうすれば良いか分かった。どんどん魔術を使って、自分を強化すればいい。ある意味では辛いけれど、がんばれば良い。
せっかく魔術を制御できるのに、魔力が弱かったら開発に差し支える。
そう決心してから、毎週の魔術の授業が待ち遠しくなった。僕はモルガン先生から新たな魔術を教わっては、自己流ながら中身を弄りぬき、何度も試した。
僕は魔術に入れ込んだ。
魔術自体もなかなかに魅力的だったし、何より僕の立場では、実際に制御できる対象が魔術だけだったからだ。何かの機械やシステムを制御するには、脳内システムとそれらを繋ぐためのインターフェースが必要だし、そもそも機械だって、ゼンマイ式の機械時計や、水車や風車を動力源とする製粉器や脱穀機ぐらいしかないからなあ。
要は、魔術くらいしか制御して面白そうな対象が少ないのだ。
機械時計は気にはなるが、父様が大事にしているからなあ。不用意には触ることはできない。
そういった環境でもあったが、魔術の制御は楽しかった。
害が少なそうな魔術は館の敷地内で試し、懸念がある魔術はウルスラを伴って別荘地に行き発動した。体が動かなくなる寸前、手指に痙攣がすこし現れるまで、魔術を行使した。
満足できる魔術は得られなかったが、魔力は少しずつ充実していく手応えを感じ始めていた夏。その状況は突然終わりを迎えることになった。
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訂正履歴
2023/09/25 誤字訂正
2025/04/01 誤字訂正(Paradisaea2さん ありがとうございます)
2025/04/21 誤字訂正 (アカケン♂さん ありがとうございます)