54話 後日談
後日談と御実弾がごっちゃになったドラマがあった記憶がぁぁぁ。なんだったかな。
あっ。
辺りをうかがうような感じで、アデルさんが応接室へ入って来た。
まだ5時前だが、ダンカンさんの家に来ている。
「もうぅ」
ソファの僕の横に来て座った。僕の手を取る。
「伯母様が今日来られるなら、レオンちゃんの部屋で教えてくれても良かったんじゃない?」
叔母さんに聞いたのだろう。
「いやあ。実は僕も今日来るなんて知らなかったんです」
「ええ?」
「2時に下宿に突然現れて。僕も驚きました」
「2時……いや2時って、ちょうど私があそこをたった位の時刻じゃない?」
「そうなんです。アデルさんを見送って、下宿に戻る途中で馬車とすれちがったんだけど。それに母様が乗っていて」
「ええ? もしかして、あの黒い馬車かな? レオンちゃんが行った方に曲がって行ったけれど」
「アデルさん、こっちを見ていたんですか?」
「えっ?! うぅうん。見たけど、たまたま。そう、たまたまなのよ」
「はあ」
なんか、アデルさんの顔が紅い。顔だけじゃなくて首も。
「そっ、それはともかく。危なかったわね、もうちょっと伯母様が来るのが早ければ、私と鉢合わせしていたわ。本当に危なかった」
「そうですねぇ、危なくはないですけど。けっこう面倒臭いことにはなっていましたね」
「そっ、そうよ。それが言いたかったの、面倒臭いこと」
うんうんと、何度もうなずく。
「だからぁ」
ん?
「私が、レオンちゃんの部屋に行っていること。これからもね。私が良いって言うまで、内緒にして!」
「えっ?」
「伯母様だけじゃなくて、みんな。この家に居る全員に内緒にして」
「はあ」
「でないと、私が行きづらくなるわ」
それはいやだな。
「わかりました」
「うぅん、そんな、堅苦しい言い方はいやだわ」
「じゃあ、なんて言えば?」
「わかったよ、アデル! こんな感じ」
なぜ、額に指先を当てる体勢?
「それって、お芝居に出てくる誰かですか?」
「ふふん。わかった?」
やっぱり登場人物を演じていたらしい。じゃあ、僕も。
「アデル。君が俺の部屋に来ていることは、2人だけの秘密だ。わかったな」
「はい、ご主人様!」
え?
「はぁぁ。格好良い。やっぱり、レオンちゃんは最高の男役だわ」
いや。”役”は要らないんですけど。
「セリフも良いし。それにそのポーズが独創的でいいわぁ! ええと左手が額で、右腕を後ろに反らせる、こうね」
うっ。しまった。なんか瞬間的に浮かんだ体勢を取ってしまった。たぶん、怜央の記憶にあった、はずかしい何かだ。
「ところで、ご主人様っていうのは」
「うん。相手役。娘役なんだけれど。その子のセリフなの。よく出てくるから、覚えちゃった」
「と、いうことは、アデルさんが何か役をもらったってことですね」
「うん」
「おめでとうござい……良かったな、アデル」
「ううん。ノリが良いわね、レオンちゃん。まあね、まだ若手公演だけど。ああ若手公演っていうのは、おおよそ研究生だけでやる公演なの」
「へえ。いつですか、公演は」
「えっ、ええ。年末。年末よ」
「絶対見に行きます」
「えっ、えぇぇ。ちょっと恥ずかしいなあ」
「何を言っているんです。これから大勢に見られるんですよ」
「それはそうなんだけど」
おにいちゃぁあん……
「あっ」
「ヨハンだわ」
アデルさんは、立ち上がり、対面のソファーに座り直した。
「ヨハーーン。こっちよーー。応接間」
それから間もなく。
「おにいちゃん!」
ヨハン君が、元気よく入ってきた。
†
「いらっしゃいませ、お義姉様」
「ブランシュさん。お久しぶり」
ダンカンさんと、母様が居間に入って来た。
母様が、僕の方を見た。
「ヨハンは知っていると思いますので、娘たちを紹介します。長女のアデレードです」
「お初にお目に掛かります。アデレードと申します。よろしくお願いします」
「まあ、こんばんは。こちらこそよろしくね」
ん? なんか。母様は鼻を鳴らしたような。
「それから」
「次女のシャルロッテです。よろしくお願いいたします。先日は、レオン君に、入学祝いをもらいました。ありがとうございました」
「ああ、あのペンのことね」
ダンカン叔父さんが、僕を見た。
「ご存じでしたか」
「ええ、寝室の机の上に転がっていたので」
「歳頃の息子の部屋に、予告なしに突然来るんですよ。ひどいと思いません? みなさん」
「あはははは。副会……いや義姉さん、それはなかなかですよ」
ダンカンさん陽気だなあ
「そうかしら?」
「そうですよ。もうすぐ15歳ですからね。おとなですよ。下手をすると、恋人と鉢合わせ、なんてことになりますよ」
叔父さん。なんてことを言うんだ!
「あははは」
笑っておく。
「まあ、そうなればなったで。もう独立しましたからね。何も言うことはありませんわ。まあ、責任の取れる範囲にしておいてほしいものですね」
母様は、僕の顔を見て何やら意味ありげな笑いを浮かべた。
「善処します」
「ははは、善処か。こりゃあ傑作だ」
†
食事の後、応接室に母様と、ダンカン叔父さんと僕の3人が残った。
大事な話があるらしい。
「副会頭。私から説明しても?」
母様がうなずく。商売絡みだな。
「レオン。私は、本日王宮に呼ばれて参内してきた」
王宮?
「王太子妃殿下からのご依頼でな。演劇用魔導投光器30基を国立劇場に据え付ける計画が持ち上がり、その見積もりをすることになった」
「国立劇場。あの演劇評論の記事でそうなったのですか?」
「よく知っているわね」
「はい。アデルさんが教えてくれました」
「そう。サロメア歌劇団研究生なだけはあるわね」
さっきはそういう話はなかったけれど、叔父さんが教えたのだろう。
「切っ掛けはそうだろうけど。あれだけで決まった話ではなく、国立劇場の職員がエミリアへ視察に来られたわ」
「しかし、あれは、エミリー伯爵夫人の誕生日の贈り物ということではなかったのですか?」
「そうね。いくつかの同じような話はあったのだけれど。さすがに王太子妃お声掛かりとなると、地方の伯爵としては、誉れに存じますと応じざるを得ないわ」
ふむ。力関係が違いすぎるか。
「ところで、僕にその話をされたのは、なぜでしょう? 投光器はエミリアの工房で製造できるのですよね?」
「ええ。今のところは、作ることになったとしても。そのつもりよ」
「では、どういった理由で」
「それはな、レオン。工部省次官から、投光器の技術的根幹である魔石の発明者を表彰したいとの打診があってな」
工部省、次官? なんだろう。
「表彰? 名誉なことのように聞こえますが、工部省に何の狙いが? 発明者が誰かを知りたいとか」
「ふふふ。そういうこと。役所は狙いなく善意で動くなどということはないわ。まあ、普段付き合いのある業者に陳情でも受けたのでしょう」
「レクスビー辺りですかね、副会頭」
わが国最大の商会だ。
知財ギルドへは発明者を僕と登録はしてあるが、特許公報では発明者を公開しないようにしたのだ。
こういう制度があるのは、これは発明者の保護のためだ。王制貴族制の国家では、発明者に有形無形の圧力が掛かる恐れがある。
知財ギルドは8国知的財産権条約に基づいて運営されているから、工部省といえども強制はできない。
「それで、叔父さんはどうされたのですか?」
「公報に発明者は不記載と聞いていたからな。本店を通じて問い合わせしますと答えて帰ってきた」
叔父さんも、その次官が表彰とか態の良いことを言って、発明者情報を得ようとしたと考えたわけだ。
「繰り返しになるけど、良い判断でした。支店長」
「はっ」
ああ、支店で母様から褒められたのか。それで機嫌が良かったと。
「わかりました。僕としては、商会に迷惑が掛からないのであれば、表彰は辞退したいのですが」
今度のことでも、僕自身が面倒ごとに巻き込まれていないのは、間にリオネス商会が入ってくれているからだ。
「大丈夫よ。情報提供を強制されたわけでなし。辞退すると答えれば、それ以上の追及の方法はないわ。表向きはね」
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訂正履歴
2023/12/20 誤字、くどい表現訂正
2025/03/29 誤字訂正(n28lxa8さん ありがとうございます)
2025/04/17 誤字訂正 (浜通 啓太郎さん ありがとうございます)