53話 終わり良しなのか?
サブタイトルは、52話と対になっています。
アデルさんが乗った馬車鉄が遠ざかって、僕は踵を返した。
その内、アデルさんも結婚するんだろうな。相手がうらやましい。
いやでも、俳優としての人生を選ぶと、そうもいかないのかもしれない
下宿へ向かう。
えっ?
僕の横を、高級そうな辻馬車が追い抜いていった。
驚いたのは馬車の外装にではない、車内の気配だ。
小走りで後を追うと、果たして馬車は僕の下宿の前で停まった。
あっ。
降りてきた女の人には見覚えがある。振り向いて誰かを降ろそうとしているので、手を向けると僕を見てからそこを退いてくれた。
「まあ、レオン。久しぶりね」
「はい、母様」
彼女の手を取って、下車を手助けする。
ちょうど聖堂の鐘が鳴った。2時だ
「ここなの?」
あなたの下宿はという意味だろう。
「はい」
「そう。あなたはここで待っていて」
「はい。副会頭」
同行の女性は会釈で見送ってくれた。
呼び鈴は使わず、扉を開けて中に入る。
「リーアさん」
廊下で振り向いたメイド服の彼女は、僕と母様を見て悟ったようだ。
「少々お待ちください」
僕が初めて来た時とは、段違いに丁寧な言葉遣いをすると、奥に引っ込んだ。
「リーアさん?」
「はい。いろいろお世話をいただいているメイドさんです」
「ふうん」
すぐ戻って来た。
「奥様がお会いになりたいとのことです。どうぞ奥へ」
「行きましょう」
廊下を抜けて、奥の居間へ通された。
おっ。夫人が立ち上がった。
「まあまあ。いらっしゃい」
「母です」
うれしそうにうなずく。
「テレーゼ夫人。初めまして。息子がお世話になっております。ありがとうございます」
「いえ。お母様の薫陶よろしく、礼儀正しい若者がわが家へ来てくれて、うれしく思います。どうぞお掛けください」
掛けるや否や、リーアさんがお茶を出してくれた。
うぅん?
「ええと、すみません。母がこの時刻に来ることは、あらかじめ知っていたのですか?」
手回しが良すぎるよな。
「ええ。お母様から、お手紙をね。それから、今朝は、使いの方がみえて2時に来られると」
なぜ、僕には知らせないんだ。外出してたらどうするんだ? いや、夫人なら失念するはずがない。ならば。横に座った母様をにらんだ。だが全く動じない。
「そうよ。レオンの普段の様子を知りたいからね。知らせないように、お願いしたのよ」
くう。
意に介さずあっちを向き、普段余り荷物を持たない母様がカバンを開けて何か取りだした。
「こちらは、お近づきの印に」
母様は紙の箱を夫人に差し出した。
「まあ、ありがとうございます。何かしら? 開けても」
「はい」
夫人は、慎重に包みを開けた。
「まあ、スカーフ。綺麗だわ」
おおぅ。夫人が目を輝かせている。
暖色系統の細かな模様だ。
「お気に召したようで。よかったですわ。それから、リーアさんでしたか」
「ああぁ。はい」
呼ばれて、びくっと緊張が走ったようだ。
「息子の世話をしてくださっているとのこと。感謝します」
立ち上がって、リーアさんには薄い紙袋を渡した。
「あっ、ありがとうございます」
受け取った動きがギクシャクしている。
ええと、紙袋は今は開けないようだ。
それから、商会のことやたわいのない話題に向かったが、5分ほどして話が途切れた。
「それでは、息子の部屋を見に行ってみます」
そう言って、母様が立ち上がった。
玄関先まで戻って、階段を昇る。
「僕の部屋は3階です」
2階の扉をじっと見ていた。
僕の部屋の前まで来ると、鍵を開けて中に入る。
「間取りは、右がトイレとシャワー。左が寝室で、突き当たりが居間です」
「ふーん」
居間へ通した。
「レオンが1人で住むには広いわね。自分で借りたら、結構な賃料になるわよ」
「ですね」
財団が払ってくれているので、金額は知らない。
「お茶を」
「下で戴いたばかりだから良いわ」
感情がこもっていなさそうな口ぶりで断ると、部屋の真ん中へ行って辺りを見回した。
「日当たりは良いわね」
スンスン。
母様の鼻が鳴った。食事してから換気したし、臭くないよね。
そして流しの方へ行った。
「まあ、魔導コンロまであるのね。使っていないかと思ったら、綺麗にしているわね」
「あっ、はい」
うん。さっきまで居たアデルさんが、後片付けをして手早く掃除もしてくれたからねえ。いやあ。アデルさんは、本当に家事をきっちりやる。几帳面で綺麗好きだし、料理はおいしいし。
仲良くしてくれて、うれしいなあ。
「何? にやにやして」
「いえ。別に」
「そう?」
えっ、母様?
居間を出ていく。
母様は、廊下を通って寝室へ行った。
「うん。こっちも綺麗にしているわね。悪くないわ」
そう言いながら、クローゼットを開けた。
いやいや。
「ふむ。あの部屋を整理しない、レオンがねえ」
うっ。
「この服の掛け方、誰に習ったの?」
「えっ?」
「レオンは思いつかないでしょ。あのメイドさん?」
「あっ、うん」
勘が良すぎるよ、母様は。
まあ。さすがにアデルさんまでは思い至らなかったようだ。
静かにクローゼットを閉めた。
「良いわねえ。この位の状態を維持するように」
「はい。居間とかは、リーアさんが週2回掃除してくれるんだ」
「そういうことね」
もしかして、部屋を点検するために来たのかな。つまり、僕が外出していようがいまいが、母様にとってはどちらでもかまわなかった。だから僕に知らせなかった……とか。
寝室を出るのかと思ったら、急に机の方へ行った。
「これは?」
「あっ」
母様の手には、クリスタルペンがあった。
「ペンだけど」
「ペン?」
まじまじと見て、窓に近付けて、光にかざして見ている。
そして、先をインク壺に浸けて、紙束に何事か書き始めた。
「ずいぶん美しいペンね。それだけでなく、筆記具の機能を備えている。これは誰にもらったの? ダンカンさん?」
「えっ、いや」
「レオンは、文房具に凝ったりしないでしょ。それに魔結晶で作られた物だから結構な値段がするわ、だから自分で買うはずはない。ならば、誰かにもらったのでしょう?」
うわっ、論理的。でも。
「いいえ。僕が自分で作りました」
母様の肩が落ちた。
「あっちで話を聞くわ」
「はっ、はい」
居間に行くとソファに腰掛けた。僕も対面に座る。
「レオン。しっかり勉強しているの?」
「えっ。まあ、それなりに」
「本当に? 魔獣を狩って、このペンを作ったのでしょ」
「はい。ただ、ダンカン叔父さんにお世話になっているから、娘さんの入学祝いに良いなと思って作っただけで。それは習作です」
「言い訳しない」
「はっ、はい」
「あなたはもう独立したのだから、小言は言いたくないけれど。入学直後から怠けていたら、すぐに落ちこぼれるわよ。わかっている?」
「うっ」
いや。狩りだって、母様が経済基盤を早くと言ったから……いや、また言い訳だと叱られるな。
「はい」
「返すわ。しっかりしてね。それで、王都の暮らしはどう? もう慣れた?」
「まあ、なんとか。皆さん、親切にしてくれるので」
「そう。それはなによりね。ダンカンさんの娘さんって言ったわね。親しくしているの?」
「ああ、そんなには。ヨハン君と一緒に会うぐらいだけど」
「ふぅん。まあエミリアでのエイルさんとの接し方を見ていると、少し心配だわ」
「へっ、彼女は関係ないんじゃない?」
えぇぇ、なんか蔑むように見られた。
「そういえば彼女は元気ですか?」
すっかり存在を忘れて居たけれど、名前を聞いて少しなつかしくなった。
「さあ……」
さあ?
「知らないわ。最近は会っていないから」
えっ。結構仲良くしていなかったか?
「そんなことより、夕方にはダンカンさんの家に行くことになっているのよ」
「へえ」
「レオンも……そうね、5時には来なさい」
「えっ。あっ、はい」
「では、私は支店に行くから」
母様は、立ち上がりさっさと廊下に行く。玄関先まで付いていって見送った。
いやあ、びっくりしたなあ。
通り雨のようにやって来て、瞬く間に去って行った。
もし、アデルさんが帰るのが15分遅かったら、母様と鉢合わせすることになっていた。別にやましいことはないけれど。厄介なことになっていただろうな。
おっ。
振り返ると、リーアさんが居た。
「ずいぶん美しいお母さんだな」
「ありがとうございます」
「それに、レオンによく似てる。そっくりだ。それに良い人だ」
「良い人……ですかね?」
「メイドに絹のハンカチをくれるんだぞ。良い人に違いない」
結構うれしそうだ。まんまと外商戦術にはまっている。
うん。僕にとっては、厳しいけれど、同時にやさしい母様で好きだ。だが、良い人かと言われると自信はない。有能だし尊敬はできるけれど。
「私は母が居ないから、うらやましい」
「えっ?」
「うう。雲が出て寒くなってきた。中に入ろう」
「ああ、はい」
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訂正履歴
2023/12/30 誤字訂正(ID:490758さん ありがとうございます)
2025/02/20 誤字脱字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/04/15 誤字訂正 (雨季道家さん ありがとうございます)