52話 始め良ければ……
思春期は少し年上の異性に憧れますよねえ……遠い目。
土曜日。
大学に3日連続で通って、週末になった。
ちょっと、そわそわしている。目をつぶると、システム時計が9時50分を示していた。そろそろ行くか。
ソファーから立ち上がる。
その前に。
居間を見回す。ゴミとか落ちて……ないな。よし。
窓は開けておこう。臭くはないと思うけれど、ずっとここに居るから、自分では気付きづらいからな。
部屋を出て1階に行くと、外出していくリーアさんの後ろ姿が見えた。どちらへ……待て待て。声をかけるのは、やめておこう。
歩みを緩め、少し遅れて外に出ると、彼女は南の方へ歩き去った。
よし。
僕は東だ。都合が良い。
大通りに出た。どこに行くのでもない、ここが目的地だ。
おっ。
ちょうど、鉄道の馬車がやって来た。減速して停車場に停まる。
しかし、誰も降りることはなく、しばらくすると走り去った。
歩道脇の建物の壁にもたれ掛かり、目をつぶる。
10分くらいたっただろうか、レールが軋る音に目を開ける。
停車場に馬車が滑り込んだ。
おっ。
降りてきた。
白い薄手のドレス姿。大きな麦わら帽を被り、腕に籐のカゴを提げている。
僕を認めると、小さく手を振った。
馬車が走り去ると、待ち人はゆっくりと大通りを渡ってきた。
あでやかだ。
会釈して路地に入る。
「レオンちゃん。お出迎えありがとう」
「アデルさん。いらっしゃい。荷物もちます」
「うん。お願い」
意外と重い。
「何が入っているんです?」
「ふふっ、あとのお楽しみ」
玄関で彼女が見とがめられるのが少し嫌だったから、迎えに出たのだ。
下宿に戻って、階段に昇り部屋に入った。
「ふーん。部屋は綺麗にしているわねえ」
「はぁ、リーアさんが、掃除してくれるので」
「えっ? お洗濯だけじゃなくて?」
「はい」
なんだか、少し頬を膨らませている。
「ところで、今日は?」
この前、叔父さんの家に行った帰り際に、今日10時ぐらいに下宿に行くからとアデルさんから告げられた。でも何をしにかは聞いていない。聞こうと思ったときに、ロッテさんが来たからだ。
「うん。レオンちゃんに、あんなに佳い物をもらったから。お礼をしたいなあと思って」
「お礼って?」
クリスタルペンの礼か。
「土曜日は、食事が出ないんでしょう?」
「そうなんです。一緒に食べに……」
「ううん。私がお昼を作ってあげる」
「えっ!」
「ほら、材料は買ってきたのよ」
テーブルに置いたのカゴを開けると、朴葉に包まれた塊とたくさんの野菜が出てきた。
「でも、鍋や調理用道具がないんですけど」
下で借りるか、もしくは買いに行かないと。
「まったく、レオンちゃんは。私がそんなことを忘れると思う?」
でも、材料は持って来てくれたけれど、それ以外はカゴには入っていなかった。アデルさんがキッチンへ歩いて行く。
「この流し台の下を開けてないの?」
「えっ? 開けてないですけど」
「これだから、男の人は。ふふっ」
アデルさんは、その場にしゃがんだ。
「ほら、料理用のナイフ、お鍋大小、フライパン、ザル、ボール、フライ返し、レードル、調味料もひととおりそろってるわよ」
「へぇぇ。知らなかった。食器だけじゃなかったんだ」
リーアさんの説明にはなかったけどなあ。
だとすると、テレーゼ夫人か。
それにしても。アデルさんは、このまえ来た時に、こんなことまで確認してたんだなあ。
「じゃあ、レオンちゃんは、そこにでも座って本でも読んでいて」
「いや、僕も手伝います」
「レオンちゃんは、お料理をしたことがないって、言っていたわよねえ」
「はい」
「まあ、そうよね。うちのお父さんがあれだけ裕福だから、会頭と副会頭が居るウチなら、メイドさんもたくさん居るだろうしねえ」
「ええ」
メイドだけでなく、専属コックが居ましたけれど。
「今日はお礼だからと思ったけれど。でも、男の人も料理はできた方が良いし、冒険者をやるのでしょう。だったら、覚えた方が良いかもね。じゃあ、レオンちゃんは私の助手をやってください」
「はい」
「まずは野菜を切ろうか。まず。ボールに水をためて、マクサイを洗って」
木の板にマクサイを乗せて、アデルさんが縦に、半分、半分さらに半分と8分の1に斬った。
「じゃあ、このナイフを持って」
僕が前に立つ。
「違う違う。料理ナイフはこう持つの」
僕の手を取って人差し指を持つとナイフの峰に伸ばして添えた。
「うぅぅん、何か違う……そうだわ、構え方ね。真っすぐに立つんじゃなくて、半身。身体の右側を少し引いて」
おっ!
アデルさんが僕の背中に密着した。そして右手を上から握った。
うわぁ。
柔らかい膨らみが押し付けられる。さっきから薫っていた甘い匂いが濃くなる。
「レオンちゃん」
「あっ、はい」
「刃物を扱っているんだから、集中して」
むっ、無理だ。
「背筋は真っすぐ」
いや、どうしても腰が引き気味になってしまう。
「何? あっ! 身体がくっついちゃってた。いつもロッテにこうやって教えているものだから」
そう言って、アデルさんは、すっと身体を離した。
「いっ、いや。大丈夫です」
「ごめんね。私、兄弟がずっと居なかったから……気を付けるわ」
顔を紅くしている。わざとじゃなかった。
そりゃあ、そうだよな。そんなことをする理由がない。
「左手は指を曲げて。ナイフの側面にあてて切るの。そうそう」
ん?
なんか。
「えぇと? なんか、悪くないっていうか、できているわね」
自分でも、うまく切れている気がする。
「本当にやったことないのよね?」
「はい」
もしかしたら、怜央の経験が感覚によみがえっているのかも。
でも、そんなことは言えない。
「うぅん。良いわ。筋が良いっていうことね」
その後、主に調理をアデルさんが、僕は野菜を切るのと鍋の監視を受け持った。その間にアデルさんは、味付けや、なにやら僕が知らない調理をして、瞬く間に2皿の料理を作り上げた。
しかも、作り終わったときには、ほぼ洗い物が終わっていた。
アデルさんは、とても手際が良い。
これは、本当に料理を作り慣れているんだと、僕でも分かる。褒めたら、レオンちゃんが手伝ってくれたからねえって、はにかんだ。
鍋と食器をテーブルに運び、2人で席に着いた。
「じゃあ、いただきましょう。ああ、スープからね」
「はい」
深皿によそわれた琥珀色のスープ。スプーンを入れると、意外ととろみがある。
ふうふうと少し冷まして、口に運ぶ。
うわぁ。
まず甘みが来た。マクサイだ。半分融けてスープに溶けだしている。そして、舌の上でふわっと広がると消えていき、コクだけが残って、とても後口が良い。
「おいしい」
「ふふっ」
アデルさんが、穏やかにほほ笑む。
「いやあ、びっくりしました。作るのに1時間も掛かっていないのに」
「あら? 私が料理ができるって言ってたのを信用していなかったの?」
「いえ、そんなことは」
「じゃあ、お肉も食べて」
何だろう。焼いた肉をシチューのように鍋に入れて煮ていたけれど。
平皿を手前に移し、ナイフを入れるっと、すうっと刃が入った。
一口大に切って噛む。
「わぁ、柔らかい。それにおいしい」
掛かったソースは少し辛いけど、その中に爽やかな甘みがある。
「ふふふ」
「なんで、こんなに柔らかいんですか?」
「昨夜下処理をしたのよ、とある果物といっしょに浸けて置いておくと、やわらかくなるのよ。それを葉に包んで持って来たからね。柔らかいのはそのおかげ」
「へえ」
酵素という言葉が浮かんだ。
「叔母さんの料理もおいしかったけれど、遜色ないっていうか、僕はアデルさんの方が好きです。あっ、料理ですよ、料理」
「ふふっ、わかってるわ。でもうれしい。これからも、ときどき作りに来てあげる」
「本当ですか?」
「うん。レオンちゃんに良い人ができるまでね」
「じゃあ、そんな人は作りません」
「どうかなあ。うふふふ」
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訂正履歴
2023/12/16 僅かに加筆
2025/03/26 誤字訂正 (うきしんさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (cdさん ありがとうございます)