49話 入学初日 午後
入学……小学校の時の記憶はうっすら。中高の時の記憶は皆無。何か忘れたいことでもあったのかね?>小生
昼からは、早速必修の教養科目の講義が始まった。
最初の科目は古代エルフ語入門講座、教壇に立った講師はルイーダ先生だった。
「はじめまぅ……はっ、はじめます」
噛んだ。
講師だから、少なくとも20歳台後半だと思うけれど。眼鏡をしているからか、若く見えるなあ。
「うぅぅん。科目の名前にある古代エルフ語。ここに居る皆さんは、知っていると思いますが、現在これを日常の言語として使っている人間は居ません」
特に反応がないところを見ると、みんな知っているようだ。
「エルフ族自体、わが国の在住数はごくわずかなものの、近隣7カ国にはそれなりの人口があります。しかし、先程も述べたように、現在では人族の言語を公用語として使用しています」
へえ、そうなんだ。
「では、なぜ必修科目として、古代エルフ語を学習するか? それは魔術の起動紋の構成要素として、古代エルフ文字が使用されているからです」
遠回しに入学要項にも書いてあった。
「すこし歴史から話をしましょう……」
古代エルフ族の歴史は、モルガン先生が教えてくれた内容と同じだった。
以前は、人間を凌ぐ科学力を誇っていたこと。
500年程昔に起こった竜脈大変動を契機に衰退したこと。
多くの魔術が、古代エルフの技術の遺産であること。
衰退にともなって、言語知識の多くが失われてしまったこと。
「エルフ語は、各地に残った遺跡に見られる碑文には残っていますが、長年意味が解読できない状況でした。しかし、今からおよそ70年前のある発見によって、状況が変わってきました。ガゼット石です」
ガゼット石ねえ。
「ガゼット石には、500文字ほど刻まれていましたが、なんと他に2種の言語が併記されており、その片方が、アルゲン語だったのです。これで、解読の歩みが相当に加速しました」
うわぁ、熱が入っているな、ルイーダ先生。
「とはいえ、わずかな単語数ですので、古代エルフ語の解読はまだ道半ばと言えます」
ふむ。
500文字でそうなら、例のドキュメントのエルフ語サブセットはどうなるんだ。おそらく、そのガゼット石とは比較にならない量の情報量だぞ。
どうやるかは別にして、公開できれば凄い学術的貢献ができるな。
しかし。
もし、僕が古代エルフ語の情報を発表したとしてどうなる。信じてくれるか?
学問には、根拠の提示や証明が必須だ。
なんて言う?
僕は、地球という星の人間の生まれ変わりです。
根拠は、いつの間にか脳に宿ったドキュメントです。
いやあ。
そんなことを言ったら、病んでいると思われるか、あるいは詐欺師としか扱われないはずだ。僕だって立場が変われば……例えば、隣に座っている男子と入れ替わったら、そんな説明は絶対信じないだろう。いずれにしても、しばらくは棚上げだ。
「したがって、本学の水準を以てしてもエルフの言語をつまびらかにできるわけではなく、魔術の起動紋に現れる単語を読み解くことが、本講座の目的です」
そうなんだ。
「よって、一般の外国語のように、文法から学ぶのではなく……」
それからの1時間半は苦痛でしかなかった。
いや、ルイーダ先生は悪くない。他の生徒は結構興奮して受講していたし。僕だって、モルガン先生に魔術を習い始めた頃ならそうだったろう。それは4年前の話だ。
僕にとって、この科目の受講は不用だ。だけど必修科目だから、受講せざるを得ない。この科目も、月末に検定試験があるそうだから、さっさと合格して受講免除にしてもらおう。上級講座という科目もあるらしいけれど、どうなんだろうな。
2限目がなんとか終わった。
3限目には授業はなく、担当教員との面談となった。
「レオンさん」
助教の先生が呼びに来てくれた。思ったより早い順番だったな、3番目ぐらいだ。
「6125教室に行ってください」
「はい」
廊下に出ると、6122という表記が見えた。奥の方だな。22、23……ここだ。
間口が狭くないか。扉を開ける。
「失礼します」
おっ、やっぱり狭い。10人も座ったらいっぱいだ。
「ここに掛けて」
リーリン先生が、自分の目の前の席を示された。そして何かの帳面を見ている。
「レオン君、14歳。えーと……ふむ。奨学金は有りだな。届けの書類は?」
「持ってきました」
カバンから出して、先生に渡す。
「ふーむ。ラケーシス財団か」
「ご存じですか」
「うむ。名前だけはな。ふむ、良い条件じゃないか。援助を打ち切られないようにちゃんと報告会をやらないとな」
「はい」
やっぱり、そうだよね。奨学金を返済しなくて良いんだし。とはいえ、それほど驚いていないから、前例がない訳ではなさそうだ。
「よし、次は現住所の確認だ。男子寮じゃないよな。じゃあ、この紙に、名前と種別と住所を書いてくれ」
「はい」
種別とは? 自宅、親戚宅……ああそういう意味か。下宿、これだな。丸を書く。その並びに官舎とかあるけど。軍籍学生用か。
住所を記入後、先生に返す。
「ベイター街か。近いな」
うなずく。
「では、では……2次試験の面接で結果の概要は聞いたと思うが、もう一度知らせておこう。実技試験、魔術発動は今年の魔導学部第1位だ」
ふむ。
「むう、驚かないな。レオンにとっては当たり前の結果ということか?」
「いいえ。昼休みに技能学科の生徒と、そうなんじゃないかという話になりまして」
「技能学科? あぁぁ、あの特任准教授またやったのか」
リーリン先生は顔をしかめた。何度か首を振ったら表情が戻った。
「それはそれとして、歴代でも相当遡らないとレオンを超える結果を出した者は居ない」
「そうなんですね」
先生は、なぜか苦笑していた。
「次に、単位を取得すべき科目を絞って……」
「あのう」
「何だ?」
「2次試験では魔力総量の検査もありましたよね。そちらの結果についても、教えてもらえますか?」
「いいが。先に言っておく、私は信用していない」
「レンナルト法ですか」
「そうそう。よく覚えているな、その名前。方法もそうだが、魔力量という概念自体とまで言うとさすがに言い過ぎだが。定量的にはあやふやだからな。それはそれとして……」
口癖のようだ。
「……結果だが、レオンの指数は800以上だ」
「ええと、すみません。指数とは?」
「うん。一般人の平均が100という定義だ。よって、一般人8人分以上という意味になるが、怪しいものだ。ざっくり言えば、800以上は測定不能と考えた方が良い」
「測定不能?!」
「そもそも400超えの指標は、直線性に乏しいと思う。再現性も良くない。もっと良い指標がないかとは思うが、ないんだよな」
「はあ」
なかなか。学者らしい発言だ。
「ともかく。目安としては、魔術士を生業にするなら指数400以上、戦闘を主体とする上級魔術士をめざすならば600以上欲しいと言われる。参考程度に認識しておいてくれ」
誤差が多いのか。とはいえ目安としては、魔術士に向いてなくもなさそうだ。
「とはいえ、この適性ならわからなくもないか」
「はい?」
「聞いてるぞ。面接の時に、学部長と揉めたんだろ?」
「あぁぁ、はい。でも揉めたのは、僕とではなくて、事務長さんとですよ」
「ははは、知っている」
「話を戻そう。単位を取っていく科目を絞ろう。方向性としてはどうだ、理論系と工学系。今のところでかまわない。希望はあるか?」
「はい。できれば両方をやりたいです。あと、在学中に魔導工の国家資格は取得したいと思っています」
制御を極めるには理論と工学の両方が必要だ。それに職業の選択範囲を広げるには国家資格が必要だ。魔導具も作りたいからな。
「魔導技師か。あれは結構難関だぞ。学科だけでなく実技試験もある」
「承知しています」
「良い覚悟だ。応援するぞ。受験対策講座も選択科目にあるしな。いくつかの単位をとって、理工学科を修了すれば、実務経験は免除になる」
「はい」
「よし。じゃあ、それを主体に据えつつ、取るべき科目を絞っていこう」
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2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん、あまこさん ありがとうございます)
2025/04/15 誤字訂正 (雨季道家さん ありがとうございます)