48話 入学初日 昼休み
人の会話の8割がゴシップらしいですね。
クラウディアさんと一緒に居た女子は、目を大きく開くとつかつかと目の前にやって来た。
「ディアの知り合いなのね。そのローブ、どこで仕立てたの? あなたの細身に似合っていて格好良いわ。ちょっといいかしら」
袖と襟を確かめるように、触ってくる。
「ディアさん。こちらは」
「ベルティアだ。レオン」
へえ。二人とも美人だが感じは違う。
ディアさんより、細面で端正な見た目。体形もほっそりしている。髪はディアさんは肩まで伸ばしているけれど、ベルティアさんは、僕と余り変わらない長さだ。
「レオ……ン?」
彼女は小首をかしげると、いきなり手のひらを僕の胸に当てた。瞬間弾かれるように手を離した。
「おわっ」
「ごっ、ごめんなさい」
またか。
エミリアでは、そんなことはなかったのになあ。まあ狭い町だし。接する相手の結構な割合は、顔みしりだったからなあ。
「ふふっ、ベルも間違えたか」
「えっ? ディアも?」
「ああ。レオンとは2次試験の時に一緒の組だったんだが、申し訳ないことに」
「僕の手をつかんで。いいじゃない、女同士だしって、言われましたよ」
ベルティアさんは、口を押さえてひとしきり笑った。この年頃は、笑いやすいよなあ。
「ごめん。じゃあ、私が間違えても仕方ないな」
「こら、開き直らないの」
「でも、列でいえば、男子は普通あっちでしょ。こっちは野菜料理だし」
「あははは」
そういえば、並んでいるのは女子が多い気もする。
「ふーん。女子寮では見ない顔だなあとは思っていたけれど、魔導学部でも技能学科じゃないってことよね」
「理工学科です」
そんなことを、言っている間に列は進み。
パンとポトフにサラダを取って、長いテーブル席の一角に座った。
「改めて紹介するわね。彼女は、ベルティア・メディウムよ」
家名持ちか。
「失礼しました。貴族なんですね。ベルティアさん」
「いやあ、貴族っていっても准男爵家だし、嫡子でもないしね。私のことはベルって呼んでくれて良いわ。歳は16よ。あなたは?」
「僕は14歳です」
気さくだな。
准男爵家は、領主になることはないので、”デュ”も”デュワ”も名前に付けないのが通例だ。とはいえ、付いていないからといって男爵以上ということもあるので、要注意だ。
「14……ふーん、同い年くらいに見えたわ」
「商家の3男坊で、このローブは、そこで仕立てました」
「ふうん。服を扱っている商家なのね」
「でも、実家を出るときに成人したので、もう独立しました」
「ああ、3男だものね」
「ねえ、おなか空いたからさ、食べながら話そう」
「ですね」
さじですくって、口に運ぶ。
ポトフ旨ぁ。芋も良い味だ。当たりだな、野菜料理の列。
2人もバリバリとサラダを食べている。
「ここの学食の料理、おいしいですよね」
「そうだな。安い割に、材料もまあまあ良いと思う」
「でもなあ」
ベルさんが、微妙な顔だ。
「学食と寮に入っている業者が同じみたいだから、そのうちに飽きてくる気がする」
「それはあるかも」
そういうこともあるか。
「おふたりは寮なんですね」
「そうそう。北寮」
大学の北にあるのが女子寮、南にあるのが男子寮だそうだ。
「レオンは? 男子寮なの?」
「いいえ。僕は下宿です」
「へえ、下宿なんだ。どの辺り?」
ディアさんが驚いたようだ。
「ベイター街です」
「あら、近いわねえ」
「でも、下宿って結構費用が掛かるわよねえ? 私も最初は考えていたんだけれど、高いし。そもそも、父が寮に入れないと私が羽を伸ばしすぎるって言ってさあ」
「ベルのお父様、鋭いわね」
「もうぅ、ディアったら」
貴族の娘だからなあ。変な虫が付いたら大変だ。
「おふたりは、前から知り合いだったんですか?」
「そんなことはないわ。寮が隣部屋だし、同じ技能学科だからで仲良くなったのよ」
そういう関係か。
「ちょっと待って。もしかして、実技試験4位のディアより早かったってのは……」
「声が大きいわ」
「ごめん」
ベルさんは、声を落とした。ディアさんが4位だったんだなあ。
後日に聞いた話では、ベルさんは6位だったそうだ。
「でも、そういうこと」
2人が僕を見た。
「そうなんだ。中尉が聞いたら、怒りそうね」
「中尉?」
何か最近聞いたような気がする単語だ。
「軍籍学生でね。さっきの試験の2位よ」
ああ、あの武道場で引き返していった。彼が2位だったんだ。
それにしても。
「2次試験結果って、公開されていたんですね」
どこかに掲示されているのかな? 知らないなあ。
「それね」
2人は微妙な面持ちとなった。
「1限目にあいさつが終わって、学科長先生たちが引き上げたあとに、特任准教授が読み上げたのよ。10位から2位までをね」
「毎年、順位を言っているみたいね」
うわっ。
「なかなか、えぐいことをしますね。それで、なぜその中尉さんが怒るんですか?」
「特任教授は、言わなかったのよ。1位が誰かをね」
「ほう」
「つまり、1位は技能学科生じゃなかったってこと」
「ああ、理工学科生だから、気に入らないってことですか。ん? まさか」
自分を指差すと、二人がうなずいた。
「いやいやいや。違いますって」
「じゃあ、何位だったの?」
「いやぁ、知りません。理工学科ではそんな話にはならなかったですよ」
「知らないかあ」
「決まりね」
「まあ。いずれわかるだろうしね」
「そうなんですか?」
へえ。僕が1位なのか。
悪い気はしないけれど。
とはいえ。全員が未だ職業魔術士なわけではないわけだし、その中で1位だとしても大したことではないだろう。
「ええ。必修の合同実習もあるらしいからね。あまり、うれしくなさそうね?」
「仮に、僕がそうだったとしても、技能学科は本格的に訓練するわけだから、すぐに抜かれますよ」
黒パンを千切って口に放り込む。
「ふぅん。面白い子ね、レオンは」
「へ?」
固めの黒パンを飲み込む。ベルさんは、真っすぐ僕を見た。
「あの自尊心剥き出しの中尉とは違って、当たりは柔らかいんだけれど」
「そうね」
「さりとて、自信を持っていないかというと、そんなことはない。なんというか、大人の余裕みたいだわ」
「ああぁ。わかる」
「見た目のかわいさに騙されるけれど」
初対面なのに、けっこうあけすけに踏み込んでくるなあ。同級生の気やすさはあるにしても、エミリアには居なかった感じだ。
「おふたりは、王都出身なんですか。ああ、僕はエミリアというところです」
「エミリア?」
ディアさんは首をかしげた。
「知ってるわよ。私はマキシア出身だからね」
おお、エミリアを知っている人が居た。
「マキシアですか。8月に通りました。都会なのに美しいところですね」
「そうそう」
故郷をほめられたからか、ベルさんはうれしそうだ。
「私は、北の港町レッソウ出身だ」
ディアさんが喰い気味に言ってきた。
「レッソウ。あぁ名前だけは」
確か外国との貿易港だったはず。
エミリア周辺で採れた特産品も他国に積み出している。リオネス商会も生糸や羊毛を卸している。経理の手伝いで知っているのはそれぐらいのところまでだ。
「私も知らない」
「えぇぇ、少し田舎だけど、良いところなんだけどなあ」
ディアさんは残念そうだった。
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訂正履歴
2023/12/06 誤字訂正、ディアとベルの寮は南ではなくて北
2025/04/11 誤字訂正 (ムーさん ありがとうございます)