47話 入学初日 午前
師走に入って、急に寒さが。
魔獣狩りに行ったり、王都巡りをしている内に時は流れ、10月となった。
今日は、大学への初登校の日だ。
「行ってらっしゃい。レオンさん」
「気を付けてな」
初日だからか朝食後、テレーゼ夫人とリーアさんが見送ってくれた。
いやあ。いい人たちだなあ。
夫人は、いつも穏やかだし、料理はおいしいし。リーアさんは面倒見が良い。シャツなんか、のり付けしてしわひとつなく仕上げてくれる。
自分でやることを考えると、本当にありがたい。
大通りに出ると、馬車鉄道が僕を抜かしていった。ちょっと先の停車場に停まったが、そもそも乗る気はない。大学まで1区間だからな。
今日はすこぶる体調が良い。
最近魔獣狩りに行って、最近の運動不足というか、制御実施不足が解消された気がする。それにベイター街は静かだし、夜になると階下も物音ひとつしないので、よく眠ることができるからだろう。それで思い出したが、階下、つまり下宿の2階には、やはり誰も住んでいないようだ。
校門を通り過ぎて、構内に入った。
2次試験で来たことはあるが、ここで学生生活が始まるんだと思うと、ワクワクしてくる。
それは、周りに居る学生も同じようで、少し上気している表情が多い。
上級生はあまり居ないはずだ、通常の講義が始まるまでには1時間はある。
おっ。学生の大勢が、右に曲がっていく。ということは工学部生だろう。
そもそも、彼らは、ローブを身に着けておらず、普通のジャケットで町行く若者と何ら変わらない。
僕の所属する魔導学部は西なので、この道を真っすぐだ。
怜央の記憶にあった、新入生を一堂に集める入学式なる式典はない。入学要項によると学科ごとに別れて、まずは教授陣と顔合わせをするそうだ。魔導理工学科は61号棟2階の6121教室に集まることと書いてあった。
教練場に人影が見える。何をやっているのだろう。技能学科の先輩たちだろうけど、魔界強度の高まりも感知できないし、単に走っているようにしか見えないなあ。
彼らを横目に見ながら、試験会場だった武道場にたどりつく。脳内に記録している構内図によると、61号棟は、北に2棟目だ。
そこに、入って行く人が居る。やっぱりあそこだ。
レンガ造りの建屋に、61と書いてある。そこへ入ると、すぐに階段があったので2階に上がると、中年の男性が居た。教員らしい。
扉の上に、6121教室と書いてある。会釈して中に入った。
システム時計では9時前だ、今日の始業時間まで少しはある。
さて、同級生は……周りを見渡す。
11人か。今のところ学生は僕を入れて12人だな。顔見知りも居ないし、二次試験で見掛けた人も居ない。やはり僕と同じでローブ姿がほとんどだ。魔術を使う者は、なぜか伝統的にこの姿が定番となっている。
もう少し観察をしてみるか。集まっている学生は、おおむね僕より年上ぽく見えるなあ。男子がほとんどだが、女子も2名居る。
やはり、魔導理工学なんてのは女子ウケしないよなあ。
まだこれから来るかもしれないけれど。
前の扉から、ぞろぞろ人が入ってきた。年配の人も居るから教員だろう。
最後に総白髪で白い顎髭を蓄えた人が入ってきた。その人が、そのまま教壇に立った。
「まだ時間前だが、全員そろったので始めよう。おはよう。ようこそ魔導理工学科へ。本学は諸君らを歓迎します」
全員? 僕が最後だったか。遅刻はしていないけれど。12人かあ。
「私は、この魔導理工学科を預かる教授のリヴァラン。理論魔導学が専門だ。並んでいらっしゃる先生方を紹介する。すぐ右から、ジラー客員教授とゼイルス准教授にターレス講師の3人は、魔導具工学が専門だ。そして、リーリン准教授とルイーダ講師は私と同じで理論魔導学だ。そしてその向こうは、助教の……」
次々と4人の助教の名が呼ばれた。教員の中ではルイーダ先生のみ女性だ。
教員が多い気もするが、学生は新入生だけじゃないからな。
「あと、講師2人に客員講師と特任准教授も1人ずついらっしゃるが、今日は来られていない」
ええと、教授、准教、講師、助教の順だったよな。要項に書いてあった。
客員は外部から来てもらった人というのははわかるけれど、特任ってなんだろうなあ。
あとから知ったのだが、特任なんたらというのは、特定の期間だけ教員になった人のことだそうだ。
「本題の……」
そのとき鐘が鳴った。
ああ9時か。
「本題の魔導理工学科で学んでもらう内容だが、募集要項に書いたように、魔導の理論と工学。工学は魔導具、魔石の製造技術であったり、装置の概念や構造について学んでもらう」
確かにそう書いてあった。
「このふたつは車の両輪のような物で、どちらか一方では成り立ちにくい。人間というのは柔軟性を持った器械とも言えるが、個人差と経時的なばらつきがあまりに大きく、学術的な再現性にとぼしい。つまり、起動に多くの段階と精緻なる操作を要する場合は、人間のみでの発動が厳しいというのは定説になっている」
確かに。
「魔導具を成り立たせる根幹は魔導理論であり、理論の証明や定量評価には魔導具なしでは困難ということだ」
ふむ。
「よって、諸君らにはこれら両方を学んでもらう。もちろん。学部卒業までそうというわけではない。両方の概要を知った上で、自ら志す専門性を絞って深掘りしてもらっても良い。逆に、卒業まで両方を追い求めても一向にかまわない。諸君らの意思次第だ」
なかなか良心的だ。
「なおリーリン先生は、当面諸君ら489年入学生の共通窓口だ。来年の10月までには、指導教官を諸君らと相談して決めていくが、それまでは彼に受け持ってもらう。では、リーリン先生」
学科長が下がり、30代に見える男性教員が進み出た。
「リーリンだ。学科長がおっしゃったように、皆に取ってもらう単位については、柔軟に設定させてもらう。節目節目で変更も有りだ。ただし、それは各自の得手勝手に変えて良いというわけではないので、慎重に決めていこう」
おお。頼りがいがありそうに見えるな。
「それで……」
扉がノックされた。
リーリン先生が寄っていき扉を開けると、見知った人たちが立っていた。
「学部長。お待ちしていました」
「うむ」
教壇の前に移動した。
「諸君。おはよう。割り込ませてもらって恐縮だ。多くの新入生は覚えていると思うが、試験官と面接官をやった魔導学部の学部長かつ教授のエドワード・ハーシェルだ。諸君らの入学を歓迎する」
貴族だったのか。
「魔導学部は、諸君ら魔導理工学科とさっき顔合わせしてきた魔導技能学科の2学科からなる。学ぶ内容は大きく違うが、魔導や魔術を使うという点では共通だ。大いに親睦を図ってほしい。なお、技能学科の新入生は45人と多い。だからといって、学部の中でどちらかが上で、どちらかが下ということはない」
わざわざ、おっしゃるということは、そういう隠然たる階級闘争のようなものがあるのだろう。試験の時の軍籍学生のこともあるしなあ。
「これを覆す者は、大学を挙げて対応していくので承知しておいてくれ。そして、彼は事務長だ。あいさつを」
「皆さん、おはようございます。えぇ、事務長と呼ばれていますが、正しくは南キャンパス事務長のプルトスです。それはよいとして。学内の施設利用や特定の実験をされるときに届け出が必要になることがあります。そのような時に、私が所属する総務部が関わります。また、学食や購買など学業以外の大学生活に関わり、また支援できることもありますので、その際はお役に立てると思います。よろしく」
「では、割り込んで済まなかった。失礼する」
学部長と事務長が教室を出ていった。
「話が途中になったが、そういう訳だ。あとこの南キャンパスには、工学部と芸術学部もある、それらの他学部とも友好を図ってもらいたい。ああ、あと私が皆の窓口をさせてもらうが、女子学生には、話しづらいこともあるかも知れない。その場合は、彼女、ルイーダ先生に相談してもらってかまわない」
†
その後、単位の説明があった。
学部卒業まで必要な単位は90。教養・技能系科目が18、そのうち必修が10、選択が8。専門科目は72、そのうち必修36、選択が31、論文が5。
魔導理工学科は比較的選択が多いと聞いた。
さらに言えば、工学系科目は実習科目が多い。
なお、教養科目については、10月末と4月末に検定試験があり、それで合格すれば、受講免除で単位がもらえるそうだ。
実家で教育を受けていたアルゲン語などの語学系4単位、数学系と物理系の6単位は狙い目だと思う。でも、1年生では受けられない科目もあるのか。
その後、魔導理工学科の管理設備と関わりが深い共通設備と建屋の見学が始まり、2時間弱いろいろなところを回った。
そして、今は昼休みだ。学食へ向かう。
3階建ての大きな建屋の2階に行くと、大勢の学生が既に食事を始めていた。
数百人はいる。
ふむ。さっき聞いた話では、南キャンパスの学部生は671人だそうだ。
その半分ぐらい来ているんじゃないかな。ああ、そう言えば、学食はもう1カ所あるのか。そっちは行ったことがないが、構内図で見る分には芸術学部と工学部の境付近にあるので遠い。
ええと。試験で来た時に見たので、勝手は大体分かって居る。
今日は、こっちの列にしよう。
野菜料理の列だ。
トレイに皿を乗せて、列に並ぶ。
いや、肉は好きなんだけれど。下宿先で気を使って出してくれるから、昼は野菜にしておこうという考えだ。
ん?
肩を叩かれた。
「やあ!」
「ああ、ディアさん。久しぶり」
うしろに顔見知りと、もう一人女子がいた。
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訂正履歴
2023/12/03 誤字、表記変え
2025/03/26 誤字訂正 (毛玉スキーさん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (ponさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)