46話 祝儀
ご祝儀は、差し上げると少し幸せが降ってくるような気が……立て続けに来なければ。
「おめでとう、シャルロッテ。乾杯!」
ダンカン叔父さんの家に来て、2時間あまり。お祝いの宴が始まった。
「「「おめでとう、ロッテ!」」」
皆がグラスをロッテさんに掲げた
「ありがとう」
拍手に包まれ、満面の笑みだ。
アデルさんによれば、歌劇団養成学校入学試験に対して、歌唱や舞踊など並々ならぬ努力をして来たそうだからなあ、よろこびも一入だろう。
「おめでとうございます。ロッテさん」
「うん。レオン君、祝ってくれてありがとう。そうだわ。聞いて! さっきこれをレオン君からもらったの」
「おお?」
「へぇぇ、その箱? 中身は?」
アデルさんが興味津々のようだ。
「まだ知らないの。みんながそろってから、開けようと思って」
「おっ。ロッテにしては良い考えだわ」
いや、アデルさん。そう言いながら、僕の方をギロッと見た。
「じゃあ、開けるわね」
ロッテさんは、慎重にリボンを解いて、長細い箱を開けた。
「わあぁぁ」
ロッテさんは目を見開いた。
「まあ、綺麗!」
のぞき込んだアデルさんも驚いている。
「おかあさん。これ」
箱を差し出してブランシュさんに見せると、隣に居たダンカンさんも立ち上がった。
「まあ、透き通って、少し青みがかった上品な色ね。本当に美しいわ。でも、これは何なのかしら? あなた」
「なに、なに、これ?」
のぞき込んだヨハン君も興奮し始めた。
「ふむ。魔結晶だな。アルミラージの角かなあ。魔術用の杖に似ているが……」
さすがダンカンさん。
「えっ、杖? いや。私は魔術なんて使えないわよ」
ロッテさんが、僕を見返した。
「叔父さんがおっしゃった通りアルミラージの角が材料ですが、杖ではないです」
「ああ、そうだな。杖で、ここまで先端をとがらせることはない。それにこの溝。何条もねじった意匠は優美だが、今までに見たことがない。これが何なのか、わからん。何なのだ? レオン」
「それは……」
「ペン?!」
ヨハン君が叫んだ。
「ペンみたいだよ」
「いやぁ、ペンってことは」
「まあ、形はね」
「ヨハン君。当たりです。これはペンなのです」
「「「ペン?」」」
皆が、僕の方を振り返った。
「やったあ! あたりぃ!」
「いや。ペンって」
「はい。付けペンの一種です。じゃあ、練習台で作ったペンが別にあるので」
「作った?」
「作ったって、レオン君が? これを?」
「はい」
そう言いながら、カバンから別のペンと紙束を取りだした。
「おじさん。このインク壺を借ります」
「ああ、それは良いが」
テーブル席を立って、壁脇の小卓に乗っていた小壺を持ってきて、蓋を開ける。
「こうやって。ペン先を少しインクに浸けます」
「わあ。ペンがインクを吸い上げたわ。魔術なの?」
透明なペン先に何条もの青黒い筋が螺旋に走った。
「いえ違います」
「そうか! 溝が吸い上げるのか」
そう。毛細管現象だ。
「インクが垂れない」
ペンを上げても、インクは落ちない。
「これで」
皆が、顔を突き合わせる中、紙束にペンを持っていき、ペン先をくるくると走らせた。
「すごい。書ける」
「本当にペンだわ」
そう。これは、怜央の記憶にあったガラスペン、ガラスの代わりに魔結晶で作ったものだ。
ガラスペンは、ガラス棒を強烈な炎であぶって、溶ける寸前まで熱してひねりながら、作るものらしい。だが、このペンは、刻印魔術を応用して作った。
「わっ、私がもらったペンでもやってみて良い?」
「もちろん」
ロッテさんは、箱からペンを取り出すと、慎重にインク壺に浸け、同じように紙に書き始めた。
「すごい。なめらかだわ。書き心地抜群。ねぇレオン君。これ、何という名前のペンなの?」
名前か。ガラスペンではないからな。
「クリスタルペンという名前です」
「名前も素敵」
「ねえ、ロッテ! ちょ、ちょっと私にも貸して!」
「えぇぇぇぇ!」
「ちょっとだけで、いいからぁ」
「アデルさん」
「えっ、何?」
別の長細い箱をアデルさんに差し出す。
「研究生になられたそうで。おめでとうございます」
「ぇぇえ? 私にもくれるの?」
「はい」
「わぁぁあ! レオンちゃん大好き!」
また抱き付かれた。この前よりも力強く。抱き締めてきた。
ああ、良い匂いがする。
†
宴が終わり、ロッテさんとアデルさんが、ヨハン君を寝かせてくると言って、引き上げていった。
食堂には、ダンカン叔父さんとブランシュ叔母さんと3人だ。
僕のグラスに、琥珀色の酒を注いでくれる。
「レオン。これを返すな」
「はい」
少し見せてくれと言われたので、練習台のペンを渡した。それで文字を書いたり、眺めたりながら、ダンカンさんは酒を飲んでいたが。返してくれた。
「うーむ。レオン。このペンだが、結構な価値がある。同じ物を作ったら、高値で売れるぞ」
「えっ?」
「あなたぁ」
「いえいえ。ほんの手慰みで作った物ですから」
どちらかというと、刻印魔術の練習だ。それに素材は買い取りを断られた短いアルミラージの角だし。
「しかしだなあ。私が見るところ、王都で売ったら、そうだなあ。最低でも100セシル(およそ10万円)では売れる」
「えっ?」
「まあ、本当ですか? あなた」
「ただそれは、大量に作ることを前提とした価格だ。最低でもそのぐらいの値は付く。美しさだけでなく、機能を兼ねていて無駄がない」
むう。そうなのか。無論、僕の手柄というより、地球のガラスペンの技術と発想があってのことだけれども。
「はぁぁ」
「うまく希少価値を生かす売り方……さっきのアデルとロッテにくれた物のように技巧を凝らした物であれば、その10倍を出す貴族は必ず居る。例えば家の紋章を意匠に入れるとかな」
「そんな高い物を、2本も。申し訳ないわ、レオンさん」
「いえ。気にしないでください。お祝いの品ですし、僕が作った物ですから」
「うぅぅん。お義姉さんにお礼を申し上げた方が良いわよね? 10月になったら、来られるのでしょう?」
そうなのか。そのうちと聞いてはいたが。
「いや、それは……ううん。気持ちはわかるが、義姉さんに言うのはやぶ蛇かも知れないなあ」
「えっ?」
「アデルが言っていたヴァルドス師が使った照明魔道具も、レオンが作ったんだろう?」
「むっ」
すっ、鋭い。
「大丈夫だ。俺から、誰かに言うことはない。ブランシュも頼むぞ。アデルにも言うなよ」
「もちろんです」
「聞いた時から、うすうすそうじゃないかなと思っていたが、さっきのクリスタルペンで確信したよ。だから、ペンのことを言ったら、また作らせられるじゃないか?」
良い叔父さんだ。商売より僕を心配してくれているんだ。
母様か。
まあ、きちんと対価を支払ってくれるし。
僕を劇場に連れて行った理由も、今になってみればわかる。あの魔道具は役に立つ物だと、口には出さなくても、僕に実感させるつもりだったと。
しかし。このペンにそこまで価値がねえ。
仕方ない。知財ギルドに行って、公開技報(注)を出して来よう。僕の手柄ではないけれど、誰かに特許権を取られるのはいやだからね。
注 公開技報
発明した場合、自分が特許権を持たなくても、他人に持たれなければ良いという場合もある(当該の発明の使用について、誰かに制約を受けない)。その場合、発明内容を公開すれば、その時点で新規性が喪われるので目的を達する(先願主義前提)。その公開の仕方において、特許を出願するよりも安価で公的保証がある物が、公開技報である。日本では、発明推進協会が発行する。
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訂正履歴
2023/12/02 少々加筆