45話 光表現の革新
兵器よりその運用方法こそが革新と言われますよね。でも(誤)桶狭間(正)長篠の戦いの火縄銃3段撃ちは虚構とか言われるようになったしなあ。
「レオンにいちゃぁぁん」
王都に来てから、5日ばかり過ぎた日。
ダンカン叔父さんの家へやって来た。客間に通されて待っていると、かわいい声が聞こえてきた。
「ヨハン君。こんにちは」
通してくれたメイドさんは、昼寝をしていると言っていたけれど、起きたんだね。
「うん。こんにちは」
最初に会った時と、反応が違う。明らかに機嫌が良い。
「あのね、あのね。おふねがうかんで、かっこういいんだよ」
僕が渡したおもちゃのことだ。本当に気に入ったらしい。
「もう! ヨハンたら、走ったら危ないわよ。ああ、レオン君いらっしゃい」
「ロッテさん。こんにちは。そして、おめでとうございます」
「あっ……うん。ありがとう」
ロッテさんは、サロメア歌劇団養成学校の入学試験に合格したそうだ。
今日は、その祝賀会に招かれたのだ。
「おねえちゃん。かおあかいよ」
「紅くなぁい」
本当の姉弟のようだなあ。
「ロッテさん、これを差し上げます。お祝いです」
カバンから出した、長い紙箱をロッテさんに渡す。
「えっ。私に?」
「はい」
「ありがとう。でも、レオン君だって、もうすぐ入学なのよね」
「いえ。この前、祝ってもらったし」
「そう? すぐに開けて……いや、お祝いの時に開けて良いかな」
「はい」
「10月から養成学校ですか」
「うん。ダンカンさんに学費を出してもらうけれど、お姉ちゃんが研究生になったから、減るから」
ダンカンさんか。
アデルさんは、お父さんと呼んでいるけれど。やはりダンカンさん呼びなんだ。わだかまりがあるんだろうなあ。
「研究生は公演に出る……って、以前どこかで聞いたことがありますけど、普通の生徒とは違うんですか?」
あぶないあぶない。アデルさんから聞いたと言いそうになった。
危険だ。
下宿先に来たことは家には告げていないと言っていたからな。下手なことは言えない。女子は勘が良いからね。
「へえ、よく知っているわね。研究生はいわば俳優の卵なの。現在の歌劇団の多くの俳優は研究生を経ているわ。それでね、待遇が変わる。だから、養成学校の生徒になったら、まず研究生になることを目指すの」
「そうなんですね」
「うん。また差を付けられちゃった」
わかる。
やはり優秀な兄姉を持つと意識するよなあ。
けれど、僕は2人の兄を大好きだし、ロッテさんもアデルさんを好きなのは、見て居て分かる。くやしいというより、少し残念というところなのじゃないかな。まあ、少し当たりはキツいけれど。
「なんで笑うの? どうせ、お姉ちゃんには勝てないって思っているんでしょう」
おっと。
ほほえましいと思ったのだけど、通用しないよな。
「アデルさんに敵わない。そんなことを思っているのは、ロッテさんだけじゃないですか?」
「はっ?」
「兄弟姉妹なんて、お互い競う心を持って当然でしょう。僕には、ご存じの通り兄が居ます。それが、僕が言うのもはばかられるのですが、なかなかの人物でして」
「あっ。うん。そうかもね」
「それで、相手にならないと思って、僕は別の道を目指しています」
それ以前に、制御がやりたかったんだけれども。
「ですが、ロッテさんは、立派です」
「なっ、何がよ!」
「アデルさんに、真正面から同じ道で挑もうとしている。立派です」
「むぅぅ。ふん」
何か気に触ったらしく、横を向いてしまった。
「ところで。さっき、船のおもちゃを浮かべるって、ヨハン君が言ってましたけど、どこかの池で遊んでいるんですか?」
「ううん。池は危ないから、でかいタライに浮かべているのよ」
「そう。タライだよ」
目線はロッテさんの手元。彼は箱が気になるようだ。
答えてくれたから、完全に嫌われたわけではなさそうだ。
その時、勢いよく扉が開いた。
「お姉ちゃん」
振り返ったロッテさんの手が素早く動いて、箱を隠した。
「おねえちゃん、おかえり」
「ただいま」
アデルさんが、客間に入って来た。この前も見た制服姿だ。
「レオンちゃん、久しぶり」
いたずらっぽく、ウインクした。
「お久しぶりです。アデルさん」
やっぱり下宿先へ来たことは内緒らしい。
そのまま僕のすぐ傍まで来ると、隣のソファーに座った
「お姉ちゃん。着替えてきたら?」
「それどころじゃないのよ」
「えっ?」
そして、カバンから薄い本を取りだした。表紙も硬くはない本だ。
「レオンちゃん、これを見て」
演劇評論10月号。ああ、月刊誌ってヤツだ。印刷が結構雑だな。
「演劇の冊子ですか? アデルさんが、載ったとか?」
「そうじゃなくて、ここ!」
表紙を指した。
「緊急特集、新表現生まれる……」
「そうそう、それでね」
しおりを挟んであったページを広げる。
「本誌評論家が、地方都市エミリアで見た、新演劇表現!」
これは!
ヴァルドス師が拓いた、光表現の革新。
やっぱり、あれのことか。
でも、あれからまだ半月ぐらいしか過ぎていないけれど。
「それも具体的でね。7色の照明を駆使して、水を炎を、形なき物を描き、段違いに臨場感を増すことに成功。幸運にもこのエミリア劇場に招待され、目の当たりにした私は、魂を揺さぶられた。神に感謝だって。このコニックって評論家は、いつも嫌みで辛口評論で有名なのに、3ページに渡って、ずっとヴァルドス師を褒め千切っているのよ」
ああ、あの2人組のどちらかだろう。始まる前は、斜に構えて結構ひどいことを言っていた。
「このエミリアって、レオンちゃんの故郷よね」
「ええ。確かに炎の表現には感心しました」
「んん。何て?」
「いや、炎の……」
「ちょっと! なんでレオンちゃんが知っているのよ!?」
えっ、何か怒っている?
「なんでって、その舞台を見たからですが」
「うそ! だって、伯爵夫人の誕生日をお祝いした、1回きりの舞台だったって」
「はい。母が伯爵夫人と親交があるので、お祝いとしてヴァルドス師を招いて、企画した舞台ですから」
義姉さんに聞いたところによると。
準備やら企画は母様ががんばったそうだけど、費用は夫人の取り巻きたち何人かと出し合ったようだ。1人でやると、やっかみを受けるからね。この辺りも巧妙なんだよなあ。母様は。
「本当……みたいね。うそ。くやしぃぃい、私も見たかったぁ」
「ははは。ちなみにですが、ここ」
「何?」
演劇評論の一文を指す。
「なめらかな調光をもたらした魔導投光器は、エミリアにある商会が開発した物で……まさか!?」
うなずく。
「ウチの商会だったの!? そうかあ。あっ!
お父さぁん!」
「お姉ちゃん、落ちついてよ。ダンカンさんは、まだ帰ってきていないわよ」
「そっ、そうよね。ねえねえ、レオンちゃん」
アデルさんは、僕の手をとって両手で挟み、自分の胸元に持っていった。
「えっ?」
柔らかい手だな。すべすべしているし。
「そのすごかった、炎の表現ってどういう感じなの?」
「お姉ちゃん」
「そうですね」
隠す程のことじゃないだろう。
「薄衣に風を当てると、ひらひらとなびくじゃないですか」
「うんうん」
大きい瞳で、僕を見上げてくる。
「薄衣を細い三角に裂いてなびかせたうえに、そこに赤やら黄色の光を当てていたんですが。本当に炎が燃え上がっているように見えました」
アデルさんの瞳が、不規則に動いている。想像を巡らしているらしい。
「あぁ、なるほど。すごいかも!」
手を引っ張られた。
「ですよねえ。その仕掛けは、ヴァルドス師と劇団の人が考えたそうです」
「へえ。そうなんだ」
「ちょっと、レオン君とお姉ちゃん。引っ付きすぎ!」
「ひつきすき」
ヨハン君が舌足らずに、反復した。
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訂正履歴
2023/11/29 誤字訂正
2023/12/22 前書き 桶狭間→長篠(kurokenさん ありがとうございます)
2025/03/26 誤字訂正 (うきしんさん 毛玉スキーさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (kokeさん ありがとうございます)