42話 意外な訪問者
電話がない世界線では、来客の予測ってそうなりますよねえ。
夫人とのあいさつを終え、リーアさんと小さめの木箱をひとつずつ持って階段を昇る。3階の部屋前の廊下まで来た。
「掃除は、月曜と木曜の昼過ぎに合鍵で入るからな。いいか?」
「はい」
「遅い時は、この棚に食事を置いておくからな。それと洗濯物はこの袋に入れて、この下に置いておけ、私が下へ持っていって洗って干す」
「ありがとうございます」
「うん。それで、この上段に畳んで戻して置いておく。後……ゴミは」
ん?
つかつかと壁際に移動すると、金属板についている取っ手をひっぱった。
「こうやって開けると、1階の集積庫に通じているから、捨ててくれ」
「へぇぇ」
自分でのぞき込んだが、暗くて下は見えなかった。
「この中へ落とせば良いんですか?」
「ああ。ビンや割れる物は捨てるなよ。そういうものは、この棚の横にまとめておいておけ。じゃあ、扉を開けてくれ」
部屋に入って、シャワーに魔導コンロと暖房の使い方、それに近くの商店街の情報を僕に教えて、リーアさんは引き上げていた。
しゃべり方は少し怖いけれど、やさしいよな、リーアさんは。面倒見もよさそうだし。
さて残りの荷物を上げて、整理しよう。
†
ふう。
荷物を全部上げるのに1時間以上掛かった。
運搬よりは、大きめの木箱を解体し、出た木くずとか掃除してたせいだ。結構疲れた。
一服して、荷物の収納をし始めたころ。
魔道具の呼び鈴が鳴った。
扉を開ける。
「リーアさん。なんでしょう?」
指で下を示した。
さっきと打って変わって、やや険しい表情だ。
「まだ、何か残っていました?」
やらかしたか。
「違う。客だ」
「客? 僕にですか?」
誰だ? 心当たりがない。
「下に居る。昨日も来たぞ」
「はあ」
階段を降りていくと、2階と1階の間で誰が来たかわかった。
「アデルさん!」
「レオンちゃん、久しぶり」
「はい。おひさしぶりです。えっ、あの。どうしたんですか?」
僕の横を、ギロッとにらんでリーアさんが降りていった。
「あっ、うん。今日ぐらいにレオンちゃんが王都に来るって、お父さんが言っていたし、ここの場所も聞いていてたから、来ちゃった」
いや、来ちゃったって。
ん、なんだろう。
アデルさんにしては、紺色の地味な服を着ている。
僕の視線に気が付いたのか。
「これ? 養成学校の制服なのよ」
「へえぇ」
そうか、制服かあ。
似合っては居るけれど、彼女の趣味としてあまり着なさそうな感じがしたんだよな。
「うん。ちょっと野暮ったいけれど、その辺の男共には人気があるのよ」
へえ。まあ清楚には見えるけれど
「お部屋に入れてもらっても良いかな」
「ああ、すみません。どうぞ。さっき着いたばかりなので、全然片づいてないですけれど」
「うんうん」
角に居たリーアさんが、まだにらんでいた。
部屋に招き入れて、とりあえず奥の居間に連れて行く。
「3階なのね。感じが良いわ。ここに1人なの?」
「あっ、はい」
「まあ、うらやましい」
そういうと、アデルさんは上着の前合わせをくつろげた。
おおぅ。
薄手のブラウスを、大きな双球が持ち上げている。胴回りがきゅっと絞られているから、余計に強調されるのだ。上着から腕を抜いて、ソファーに置く。長い栗色の髪をひとまとめにすると、後で縛った。
ほう。
髪を後ろに回すと少し幼く見えて、美しさの上にかわいさまでが増した。
おっと、ずっと見つめているのはまずい。
「あの。養成学校の帰りなんですか?」
制服を着ているのだ。我ながら愚かな質問だ。
「うん。意外と近いのよ。馬車鉄に乗ったら10分ぐらいで来れちゃった」
馬車鉄。そう略すんだ。
ちらっと見ると、袖口のボタンをはずしている。
ちょ、ちょ、ちょっと。どこまで脱ぐんだ? 違った。袖まくりだった。びっくりしたあ。
「歌劇団の劇場も近いし。来年からは私も出演し始めるから。見に来てね」
「えっ。俳優さんになるんですか?」
「うん。来年からはね、研究生の内定をもらったから。もう少ししたら正式発表があるわ」
「研究生?」
「養成学校の課程のひとつよ。俳優半分、学生半分」
「すごいじゃないですか」
「へへぇ。まあ最初は、その他大勢の端役からだけどね」
そして、カバンをあけて、何かを取り出した。取り出した物を開いて、身に着けた。
エプロンか。なぜ、それを?
「さあ、荷物の整理を手伝うわよ」
「えっ、そのつもりで来たんですか? あっ、リーアさんが、昨日も来たって」
アデルさんが、ここに来た理由がわかってうれしい半面、がっかり半面だ。
「そうよ。レオンちゃんが1人で困っているかなあって思って」
「それは、そうですけど。でも。もうしわけないです」
「いいのよ。手助けできたらうれしいわ。ほらっ、レオンちゃんがどうかはわからないけれど、男の人って大体雑じゃない。適当に収納しちゃって、でもそこにずっと入れぱなしにしちゃうから。最初が肝心」
うれしそうにほほえんだ。
うわぁ、すごく良い人だ。
「それとも、私が何か別の理由で来たって思っちゃった?」
「あっ、えっ。いいえ」
「ふふふ。かわいい」
「はぁ」
アデルさんは、手に届く距離に来た。
「かわいいけれど、やっぱり男の顔よね。凛々しいし」
僕の髪に手が伸びる。
「私ね、男役をやりたいの」
「男役?」
「知っているかも知れないけれど、歌劇団の俳優は女だけ。だから男の役も女優が演じるのよ。それが男役」
「へえ」
確かにアデルさんは、綺麗だけど背も高いし、凜としたところがあるから、男を演じても似合うかもしれない。
「そういう意味では、レオンちゃんの顔は男役としては理想的かもね」
「えっ、そうですか?」
「華奢だし、少しお化粧したら、そのままいけそう……あっ」
えっ!
アデルさんが僕の胸に触った。
「意外と、筋肉があるわねえ。腹筋も」
おなかまで触られた。
「ふぅん。脱いだら、すごそうね。だから女の子ぽいってことじゃないのよ。おっと。その話はまたにして、片付ける物を片付けちゃおう」
「あっ、はい」
あせったぁ。
†
片付いていなかった荷物も、2人で分担したので1時間ほどで収納できた。
「来て」
「はい」
寝室に行って、クローゼットを開けた。
「えっと。もう少し暑い日が続くから。夏物が手前、コートとか冬物は奥ね」
「はい」
「意外と衣装持ちよね。まあ、商会の子だものね。肌寒くなってきたら、奥と手前を入れ替えるの。わかった」
「なるほど」
「それから、下着と靴下はここね」
下の引出を引っ張って開けた。
四角く畳んで、ぴっちりと詰められていた。
「あっ、すみません。下着まで」
「別に。レオンちゃんのだし。そうだ、洗濯はどうするの?」
「ああ、さっき取り次いでくれた、メイドさん。リーアさんっていうんですけれど、彼女が洗ってくれることになっています」
「……それは少し妬けるね」
「はい?」
小声で良く聞こえなかった。
「なんでもないわ。至れり尽くせりで良いわね。うん。私、時々ここに見に来るから、ずっと綺麗にしてくれるとうれしいなあ」
「えっ、はい」
「誰かが家に来ると思ったら、緊張感があって片付くからね。じゃあ、居間に行きましょう」
居間に来たけれど、素通りしてキッチンへ入る。
アデルさんが来るまでなかったタワシがあるし、使った布巾はきっちり干されている。両方とも持って来てくれたのだろう。
「食器類は洗って中にしまったから、いつでも使えるわよ」
ふーむ。アデルさんは、華やかな容姿なのに、ずいぶん家庭的でよく気が付く人だなあ。世話好きみたいだし。
「でも、お茶を淹れるくらいしか、ここは使わないかなあ」
「レオンちゃんは、お料理できないの?」
「はい。作ったことがないです」
「そう。じゃあ、ウチに来た時は、教えてあげる」
「アデルさんは、お料理ができるんですか?」
「もちろんよ。お母さんの娘だし。時々ヨハンとロッテに作ってあげるとおいしいって食べてるわ」
へえぇ。いいなあ。
「下宿だから、食事は出してもらえるのよね?」
「はい。家主の方が作ってくれるそうです。日曜から木曜までですけど」
「じゃあ、金曜と土曜は?」
「商店街が近くにあるんで、そこで」
「ふぅん。外食か」
そう言いながら、何か思い付いたように笑った。
「まあ、今日の片付けはこのへんかな」
「そうですね。本当にありがとうございました」
「水臭いわね。私ね、ずっと兄弟が欲しかったの。まあ、ヨハンも弟になったけれど、ちょっと年が離れすぎだしね」
「はあ」
「そうだ。家には何も言ってきていないから、今日はこれで帰るわね」
「えっ、何のもてなしもしていない」
「いいのよ。それと。ウチにも来てね、ヨハンがお船をくれたおにいちゃんって、時々言っているからね。あのおもちゃ。とても気に入っているのよ」
「はい。近い内に必ず」
†
1階に降りると、ちょうどテレーゼ夫人がいた。
「こちらは、家主のテレーゼ夫人とメイドのリーアさんです。そしてこちらは」
「レオンちゃんの従姉でアデレードと申します。よろしく」
自己紹介してくれた。
小さく従姉って声が聞こえた気がした。
「まあ、美しいお嬢さんね。その制服は……」
「あっ、はい。サロメア歌劇団の養成学校に通ってます」
「そうなの」
有名らしい。
「はい。またこちらに伺おうと思っていますけど、今日は失礼します」
「そう。じゃあ、また」
その後、馬車鉄道の停車場まで送っていった。
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誤字訂正
2025/04/01 誤字訂正(Paradisaea2さん ありがとうございます)
2025/04/04 誤字訂正 (長尾 尾長さん ありがとうございます)