41話 旅立ちと独立
一人住まいになったときは、しっかり記憶があるんですが。就職して独立したときの記憶がそれほど鮮やかじゃない。なぜなんですかねえ。
瞬く間に9月となった。
今日は、故郷を後にして王都へ向かう日だ。
数日前、下宿先へそれ程多くない荷物を送った。
昨日は、一日かけて自分の部屋を掃除した。手伝ってくれるはずのウルスラは、終始泣いて戦力にならなかった。
残った物は、捨てるなり処分するなりしてもらうよう、コナン兄さんとハイン兄さんに頼んだ。エミリアの町に戻って来ることはあっても、もうここに住むことはない。
昨夜は、父様が初めて酒を勧めてくれた。子が大人になったと認める慣習だ。
本当は、年が明けて15歳になってからだけど、少なくともその時期にはエミリアには戻ってくることはないからね。
兄さん2人も僕に酒を勧めたけれど、母様はその辺にしておきなさいって止めてくれた。あと、ハイン兄さんと、エレノア義姉さんは途中から泣き出して、困ったなあ。
さて。そろそろ、馬車乗り場へ向かおう。
おっ。
玄関へ行ったら、たくさん人が居る。家族だけじゃない、館の奉公人も全員居た。
「レオン。成人おめでとう。おまえを送り出せることは誇りに思う」
「ありがとうございます。父様」
「元気でな」
「はい」
「独立しても、レオンは家族だということは忘れないで。エミリアに来ることがあれば、ここに寄りなさい」
心なしか母様の眉が下がっている。
「はい」
「あと、そのうちに王都に行くから、その時には下宿先の方にあいさつに伺うわ。あからさまに嫌そうな顔をしない」
「済みません」
やっと笑ってくれた。
「元気でな。私も王都に行ったときは会いに行くからな」
「お元気で」
「兄さん、義姉さん。ありがとう」
「レオン!」
「おわっ」
ハイン兄さんに抱き付かれた。まだ、昨夜の酔いが残っているのかな? 何も言わず、うなずいてバシバシと僕の背中をたたく。大袈裟だなあ。
コナン兄さんが、引きがはがしてくれた。
「レオン坊ちゃま、行ってらっしゃいませ」
「「「「行ってらっしゃいませ」」」」
支配人や経理のみんな、奉公人のみんなも手を振って見送ってくれた。そして、門のすぐ横に居たのは。
「ウルスラ。今日までありがとう。幸せになってね」
昨日聞いたが、彼女は郷里に帰って結婚するそうだ。本当はもう少し早くそうなるはずだったけど、僕が独立するまでと遅らせてくれていたそうだ。
「はい。必ず。坊ちゃま、行ってらっしゃいませ」
「うん。みんなも元気でね。行ってきます」
僕は気合いを入れて手を振ると、王都に向けて旅立った。
†
着いた。2度目の王都だ。
今回は、竜脈とは関係ない最短経路の街道を通ってきた。今は、魔獣の安定期だからね。
馬車の窓から魔獣の群れは見えたけれど、昼間だったし、襲ってくることはなかった。おかげで、3日目の今日には、着くことができた。
駅馬車の格は落ちた気がするけれど、まあラケーシス財団の馬車に比べたら、似たような物だ。それに運賃が安かったしね。
父様と母様から結構な餞別はもらったけれど、もう自分の家計は自分で守っていかなければならない。節約が大事だ。
馬車の旅も慣れてきたからか、感覚的にはあっと言う間だった。
さてさて、今回は南区の正門公園に着いた。
昔は、この両脇に堀があったそうだけど、今は埋め立てられて、門としての機能は失われている。この南にも、市街地と呼ぶのはどうかと思うけれど、切れ目なく10キルメルばかり町はあるから、門としての実質の意味はなくなったのだ。
それでも王都の旧4大門のひとつだけあって、なかなか立派だ。物見遊山で見た、中央区の南門と比べると豪華さでは負けるけれど、ここはここで風格があってすきだ。
今日は出迎えもないし、とっとと馬車鉄道に乗って下宿先へ向かおう。大体の場所は知っていたので、停車場はすぐ見つかった。
石畳の道路の真ん中に、そこだけ土が埋まっていて、2本1組の軌道が2列敷かれている。つまり複線ってヤツだ。
軌道の中は、少し雑草が生えている。車輪はレールの上だけど、馬の蹄に石畳は余り良くはないだろうからね。
停車場は、少し石で持ち上げてあって、馬車に乗りやすくなっている。案内板によると、朝夕は5分間隔だけど、今の時間帯は10分間隔か。しばらく待っていると、2頭立ての鉄輪馬車が来た。
南区環状線左回りに乗って、北上する。
昼だから、結構空いている。満員になったら20人位乗れるだろう。普通の馬車なら最低でも4頭立てになるのだろうけど、鉄のレールと鉄の車輪は摩擦が少ない。だから2頭でも走らせられるというわけだ。
怜央の知識によると、動力が馬ではなくて、蒸気や電気とかの機械力で走らせる列車というものが、あったようだ。それによると、1都市の範疇に留まらず、国中あるいは世界中に鉄路が敷かれてそこを走っていたと、概念を伝えてくるけれど。この2本のレールがねえ。とんでもない量の鉄材が必要になるよなあ。とても信じられない。そうなったら良いなとは思うけれど。
「ルードス2丁目、ルードス2丁目です。次は、サロメア大学正門前です」
大学敷地の東側を通って北に向かう。
数分走ったら。停車場に着いた。
「サロメア大学正門前です。大学正門前です。次はベイター街です」
ベイター街の停車場で降りて、運賃を払う。環状線はどこまで乗っても、20ダルク(ざっくり200円)だ。
下宿先は、2筋西と眼と鼻の先にある。
馬車鉄道は便利だな。まあ近いから大学に通うのには使う気はないけれど
間もなく下宿先に着いた。
3階建ての建物。これから数年はここに住むのだ。なんか、心が沸き立ってくる。
呼び鈴の紐を引っ張った。
しばらくすると、扉が開き、リーアさんが出てきた。
「おお、レオンだったな」
「リーアさん、こんにちは。お世話になります」
「おお。入れ」
ぶっきらぼうなのは変わらないが、この前と違って表情が柔らかい……気がする。
「荷物が届いている。そこに置いた」
玄関を入ってすぐ左の廊下に木箱がいくつか置いてあった。
「ありがとうございます」
「荷物が多いな。何が入っているんだ?」
いや、少ないでしょう。リーアさんと感覚のずれがあるなあ。
「いやあ。大部分は、本と服です」
「ふーん。そうだ、ここに来るまでの下着があるだろう」
「ありますが」
「私が洗濯……いや奥様の話の後だな。行こう」
奥の居間に通された。
9月にはなったが、まだ暑いなあ。サンルームの下の植物が青々と元気そうだ。
「テレーゼ夫人、お久しぶりです。今日からお世話になります。よろしくお願いいたします」
「まあまあ。いらっしゃい。元気そうで何よりだわ、こちらこそよろしく頼みます。それから、私のことはテレーゼさんで良いわ」
「それは、おいおい」
「ふふふ。それでいいわ。そこに掛けて。これからのことを話しましょう」
「はい」
対面のソファーに座る。
「食事は朝と夜だけど、基本は平日のみ。金曜の夜から、日曜の朝までは出せないからそのつもりでね」
「はい」
夫人にも休日は必要だ。
「その他にどうしても食事を出せない時は、前もって知らせます。レオンさんも、何かの都合で食べられなくなったら、前もってわかる場合は教えてね」
「了解です」
「場所は、ここを出て右の食堂で食べてもらうか、自分の部屋で食べてね。夜9時を過ぎる場合は、3階の戸棚に入れておきますから」
うなずく。
「それから、お掃除は週に2回お昼間に、リーアさんが寝室以外はやってくれます。寝室は自分でやってね」
「はい」
「お洗濯もリーアさんがやってくれますから、下着も遠慮なく出して。洗濯物とゴミと、出し方は、彼女に教えてもらって」
ええと。さっきそういう話をしかけていたけれど、下着も洗ってくれるのか。至れり尽くせりだな。下着を洗ってもらうのは申し訳ないけれど、いままで自分では洗ったことがないし。
「よろしくお願いします。リーアさん」
「おお、まかせておけ」
「レオンさんの方から、何か訊きたいことはあるかしら?」
「はい。あの、こちらの家賃は」
「今月分は、もう財団から振り込まれたわ」
「そうなんですか」
「レオンさん宛の奨学金もたぶんね。銀行に確認すると良いわ」
「はい」
「他には?」
「いえ、今のところは」
「そう。リーアさん。鍵を渡して差し上げて」
「はい。奥様」
「なくさないようにな」
「はい」
鍵を受け取った。
「今夜は、レオンさん歓迎の料理を出すから。その時にまた話しましょう」
「はい。それでは」
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2025/03/26 誤字訂正 (ビヨーンさん ありがとうございます)
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