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閑話1 エイルの決意

2章終わりの区切りです。感想などを是非お寄せください。

───エイルの視点


 しかし……。


「おば様は、どういうお考えなのかしら」


「おば様と申しますと?」

 おっと。声に出してしまっていたようだ。


 鏡に映った私の付き人であるボナが怪訝(けげん)な顔をしている。私の後でドレスの着付けを手伝ってもらっているけれど、彼女はひとり言を自分に話しかけたと思ったようだ。


「うん。これから行く歌劇にお招き頂いた、アンリエッタおば様のことよ」


 オルキュスの乙女は名作だが、それだけにいまさらかという感がある。それに今日はただの講演ではない、伯爵夫人の誕生日を祝う趣向なのだ。

 その演目に対してどうなのかという疑問がある。


「ああ、リオネス商会の女魁(にょかい)でしたか」


「女魁?」

(ちまた)ではみなそう申しております。実質リオネス商会を仕切っているのは、あの人だと」

「まあ」

 そんなことはない。

 お父様に聞いた話だけれど。リオネス商会の服飾部門と貴金属部門が売上全体に占める割合は、多くても3割。しかし、伯爵夫人様やその取り巻きの貴族の方々に結構喰い込んでいるから、華やかで単価の面で大きい。だから、そう周囲が思うのは無理のないことね。


「たしかに、コナン殿でしたか、あのように大きな息子がいる歳にもかかわらず、容貌は変わらず、いえ昔よりも妖艶さを増していますからねえ。得体(えたい)が知れないと、もっぱらのうわさです。あの、私はそんなことは思っておりませんよ。ご当家とは親戚筋でございますし。まあ、そのようなことを申すのは、そねみが強い者たちでしょう」


「ふふふ」

「お嬢様?」

 ボナもおば様と同じような歳。嫉妬しているのだわ、おば様の美しさに。


「それはいいけれど。このコルセットは、もう少し締まらないの?」

 腹回りが、あと1、2セルメト(1、2cm)くびれた方が格好良い。


「もう無理でございます。右と左がくっついていますから。そのう。お嬢様はまだ14歳でございますから、そこまでやらなくてもと思いますが」


「あら、胸が大きくなってからやれってこと?」

「そっ。そんなことはございませんが……」

「じゃあ、できるだけでよいわ」

 まあボナが言うように、最近私は焦っているわね。


「はい。これで、きつくありませんか」

「うん。ぜんぜん」


「あのう」

「何?」

「私、歌劇が苦手でございますので、劇場へお供はいたしますが、そのう」

「うん。待合で待っていれば良いわ。おば様と一緒に見るから」

「はい」

 ボナは、うれしそうにうなずいた。


     †


「いゃあ。すいやせん」

 劇場へ向かっていた馬車がゆるゆると停まり、馭者(ぎょしゃ)が振り返った。まだ、劇場のポーチの少し手前だ。


「あちらの馬車は、伯爵家のものです」

 意味がわかった。

 あの馬車に平民が近寄りすぎると、無礼ととがめられるというわけだ。彼の言う通りだ。

「ここでいいわ」

「へえ」

 降りて、徒歩で劇場へ入った。


 みつけた。

 伯爵夫人が、おば様と親しげに話されている。

 えっ? なぜ彼が?


 伯爵夫人ご一行が去ってから近付く。

「おば様。この度は、お招きありがとうございます」 

「エイルさん。こんにちは」

「こんにちは。あら。レオンちゃんも、こんにちは」

 今、気付いたように声を掛ける。

「やあ」


「歌劇なんか全く興味なさげなのに、劇場に来るなんて、おどろいたわ」

「そうだね」

 はっ? 何を言っているのかしら?

 もしかして、おば様に無理やり連れて来られたってこと?


「お嬢様。私はこちらでお待ちします」

 うなずくと、うれしそうに離れていった。

 都合が良いことになったわ。


 おば様たちに付いて劇場の大ホールに入る。右側の席に座るようだ。

 さて席は、ちゃんとレオンちゃんの隣だ。

 えっ、なんだかレオンちゃんは眉をひそめている。少し迷惑そうに見えるのは気のせいかしら。


 どうやら、レオンちゃんは、まるで歌劇のことは知らないみたいだから、小声で教えてあげよう。


     †


 信じられない物を見た。

 この劇場でも何度か見たことがある、オルキュスの乙女だったから。見ながらレオンちゃんにあらすじを教えてあげるぐらい余裕だと思った。

 ところが、幕が開いて少ししたら、そんなことは頭から消えていた。


 すごかった。

 さすがはヴァルドス師が率いる劇団、歌も演出も言うことはなかった。

 でも、それがかすむほどの舞台。


 投光器に、あんな活用法があったなんて。

 大道具の代わりになる、時の移ろいを何の説明もなしに感じさせる。それすら、初歩的に見せる使い方。

 形のない炎にまるであぶられるような思い。

 赤と青の光で、心情すら訴えてくる。


 あれは革新だ。

 私はその証人になったのだ。


 それが、おば様が用意した物だったなんて。

 驚きだわ。

 たしかに、おば様は目の付け所は違うし、すばらしく趣味が良い。


 とはいえ。

 おば様が、あの魔道具を作ったわけではないはずだ。

 誰が?


「じゃあ、エイル。僕たちは馬車で送ってもらうことになったから」

「エイルさん。ご機嫌よう」

 レオンちゃんとエレノアさんは、おば様と一緒に城には行かず、そのまま帰るようだ。


「ちょっと待って、レオンちゃん」

「ん?」

「劇が始まってすぐのことだけど」

「ああ」

「レオンちゃんは、”どこに納入したかと思っていたら、ここだったのか”って言ったわよね」

 彼の眉が一瞬上がって下がった。


「いやあ。思い当たらないなあ。エイルが何か聞き間違えたんじゃない?」

「ああ、そうかもねえ」

「うん。じゃあ」

「じゃあ」


 強張っていなかったかしら。

 彼らを見送って、作り顔が剥げ落ちた。


 まったく、いまいましい。

 彼は、あと数日で王都へ向かうというのに、私に何のあいさつもなかったわ。

 眼中にないらしい。


 それにしても、あの眉の(くせ)。あいかわらずうそが下手だわね。

 私は確信した。

 あの投光器は、全部でないにしても彼が作ったのだわ。


「お嬢様、何をご覧になっていますか?」

「いや別に」


 目の前には壁。ある団体の募集広告が貼られていた。

 考え事をしていただけで、見ていたわけではない。

 それに、前にも見たことがある広告だ。でもボナに言われて改めて見直した。


 これは───

 そうね。そうだわ。


「9月12日……か。まだ間に合うわね」

「はい?」


「ボナ。あなた、私が行くところなら、どこへでも付いていくって言っていたわよね」

「申しましたが、それが」


「ふふふ。ちょっと遠いところに行くかも知れないわよ」

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


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訂正履歴

2025/03/26 誤字訂正 (ビヨーンさん ありがとうございます)

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貴族女性が歌劇団ってあんまり賛成されないような気が?
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