40話 舞台の革新
40話にて2章の本編最終話と致します。
あれ?
先に入った伯爵夫人ご一行は、どこに? 姿が見当たらない。
「どうしたの、レオンちゃん?」
僕が周囲を見回しているのが気になったのだろう。
「いやあ。伯爵夫人はどちらにいらっしゃるのかなと?」
「夫人は上よ」
「上?」
顔を向ける。
おお。後方上部に2階席があった。
なるほど、あそこなら周囲の視線を気にせず、観劇できるというわけだ。
「レオンちゃんは、ここに来たことがあるの?」
「いや、来た覚えはないけれど」
「何を言っているのかしら」
えっ?
思わず母様の方を向く。
「前にも連れてきたでしょう」
母様が眉をひそめた。僕は覚えていない。
「それは、いつぐらいのことですか?」
「さあ。レオンが騒がなくなったころだから、6歳ぐらいじゃないかしら。まあ、始まって。30分もたたないうちに寝ていたけれど」
普通の6歳児には無理だろう。
「じゃあ、何も知らないレオンちゃんに、いろいろ教えてあげるわ。今日の演目であるオルキュスの乙女は、とても有名な歌劇なのよ」
歌劇か。
魔導ブザーが低く鳴って、辺りがうす暗くなった。
「始まるわよ」
舞台の上の幕が左右に分かれ、背景が見えた。
城?
石造りの塔か。
低く響めきが起こった。
「こんな……?」
はっ?
エイルの表情はやや引きつって。驚いているのか? 何に?
歌劇初心者の僕にはわからない。
舞台の奥、幕か?
そこに、光が。蒼白く、ぼやけた像が浮かび上がる。
むっ。
思わず上を見上げた。
投光器。
魔導投光器は以前にも見たことがある。
壁の一部が少し内に出っ張っていて、そこからぼやけた光が舞台に向けて放たれていた。
問題は───
横を見たら、母様と目が合った。何とも言えない笑顔だ。
どこに納入したかと思っていたら、ここだったのか。
『ああぁああ 月よ 月よ』
弦楽が鳴り始め、朗々たる高音がホール中に響く。
『一人きりの私を照らせよ この世に生まれた証として』
塔の上に人影が見える。
徐々に、光が当たり始め、麗しい姿が浮かび上がる。
ふたたび上を向くと、今度は燦然と力強い光。
むっ!
反対側の壁から、暗いが青い光が伸びた。舞台背景下部に当たる。
「湖だわ!」
エイル?
ああ、水面だ。
青い光が暗く当たり、背景の幕が揺れて穏やかな波を作っていた。
別の投光器の軸が伸びて、波紋の上に光の反射が映り込む。
湖畔の月夜か。完全なる門外漢の僕でもわかった。寒々とすら感じる。
「えらく大道具が少ないと思ったら……」
はっ?
「こんな仕掛けがあるなんて。光の芸術だわ」
そうなのか?
『生きていても けしてここから出られない定め もう身を投げてしまいたい』
あの人は塔に───
「幽閉されているのか」
「そう。ディアラ姫は、塔に閉じ込められているの。子供の頃から」
エイルが答えてくれた。
「ディアラ姫?」
「原形は、200年前のリアラ姫だそうよ」
「リアラ姫?」
実在のモデルがいたのか。どのみち知らないけど。
「もう!」
首をひねっていたのが、気に入らなかったのか。有名だろうがなんだろうが、知らない物は知らない。
姫の心地良い高音と同時に、エイルの低い声の解説が入る。
彼女によると、養子とした王弟と、その後に生まれた実子の王子が継承権を争い、破れた前者の姫が、塔の上で歌う姫だそうだ。
姫には興味が湧かない。かわいそうだなとは思うが、200年前だしな。それより、ありがちな跡継ぎ問題だなと、そっちは少し気になる。舞台が暗転し、明るくなった。
湖畔の緑が黄色に?
「これって、季節の移り変わりなんだわ」
そういう表現か。
荘厳な弦楽がゆるやかに流れたかと思ったら、金管に変わり打楽器が折り重なる。
舞台はまたも暗くなった。
ん?
塔の周りが紅くなった。
『なんということ 塔が燃えているわ』
火事か!
「本当の炎だ!」
観客がざわつきはじめた。
ちがう。舞台の上、塔が燃え盛るように見えるが、熱くもなければ焦げる臭いもない。
裂いた細絹を風になびかせ、そこに投光器から、赤と黄の光を当てている。
それが炎に見えるのだ。
『燃えろ 燃えろ 外に出られないぐらいなら いっそこの身を焼くがいい』
炎が迫る塔の上で、哀切極まりない声で歌い上げる。
「すごいわ。こんなオルキュスの乙女なんて見たことがない」
やがて苦しむように、身をよじる姫。
塔全体が紅く染まる。
そして朗々たる悲しき重唱が、ホールに響き渡る。
「どうなるんだ?」
「見ていて、レオンちゃん」
姫の姿が───墜ちた。
あれは影だ。歌手ではなく影の移動。
「湖に落ちたのか」
「そう」
舞台は徐々に暗くなり、明るくなると場面が変わっていた。
姫は対岸の異国、オルキュス村に流れ着いた。
そして、村人に救われたが、自分が何者かを覚えてはいなかった。
容姿の美しさが評判となり、王子に見初められるが……
†
姫が自らの不幸を呪い、船に乗って去る別れ歌。
僕の心をも打った叙情とともにカーテンが閉まった。
音楽と歌声が絶えた静寂を破って、拍手と声援がホールを満たした。
それが長く続くと、上手からヴァルドス師がディアラ姫を演じた歌手と現れ、喝采に応えた。
「ヴァルドスさん」
上だ!
見上げると、階ぎりぎりに伯爵夫人の姿があった。
「はっ」
劇の演出家と歌手が畏まる。演出家というのは、さっき訊いた。
「見事でした。希に見るすばらしい舞台だったわ。このノーマ、感服しました」
「ありがたき幸せ。我ら演者、楽団の功もありましょうが、すばらしき道具を援助くださったアンリエッタ夫人とリオネス商会へも、ぜひお言葉を」
おお。
「アンリさん。ありがとう。ぜひ、話を聞きたいわ、一緒に城へ来て」
「お言葉のままに。今日の舞台開催にご尽力くださった皆様とともに伺います」
†
「よかったんですか? 義姉さん。一緒に城へ行かなくて」
僕と、エレノア義姉さんは、城へは向かわず、朝に乗って来た伯爵家の馬車で送ってもらっている。
「そうねえ。でも今日は、たくさんの皆さんが、お城に行ったみたいだから」
控えめなところが、この人の美点だよなあ。
「しかし、あの照明はすごかったわね」
「確かに、わが母ながら感心します」
「えっ? ああ。そうね」
「そういえば、僕が魔灯の披露をした時、義姉さんは、まるでお芝居の劇場って、言いましたよね」
「ええ? そんなことを私は言ったかしら?」
本当に覚えていないようだ。
「言いましたよ。それで母様が今日のことを思い付いたのかもしれないけれど」
「ふーむ」
「それにしても実現してしまう、母様はすごいなあと。もちろん演出はあのヴァルドス師という人と共同で考えたのでしょうけれど」
「うん。エイルさんも言っていたけれど。あんなオルキュスの乙女は。いいえ、他の演目でも、あそこまで光というか投光器を、うまく使ったことはないんじゃないかしら」
「そうなんですね」
義姉さんが言うのならば、そうなのだろう。
僕は、魔灯を照明器具としか見ていなかった。発想の転換というのは感心するなあ。
「うふふふ……」
ん?
「レオンさんは、本当に感心しているようね」
「はい」
「そうねえ。もちろん、お義母様の手腕は見上げたものですけれど」
うん。
「それも、レオンさんが作ったあの魔灯、魔石あってこそよ。レオンさんはもっと自分を高く評価すべきだわ」
「えっ?」
「旦那様も、よくそう言っていますよ」
「そっ、そうですかね」
「そうよ、姉としての助言よ」
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訂正履歴
2024/02/25 誤字訂正(ID:1189159さん ありがとうございます)
2025/04/02 舞台監督→演出家 (カレイドさん ありがとうございます)
2025/04/04 誤字訂正 (ドラドラさん ありがとうございます)