38話 策士
小説とかで読むと、嫌いじゃないですが。策士って、実際にあったらいやななのかなあ。
「着いたぁぁ」
エミリア城門前広場で、駅馬車を降りた。およそ半月ぶりの故郷だ。さて、館へ帰ろう。
5分ほど歩いていると、横に辻馬車が寄ってきた。
なんだ?
「レオンちゃん」
げっ。思わず足が止まる。
「お嬢様」
隣の侍女だかメイドだかが止めている。
離れるとまた大きな声を出しそうだから、馬車に追い付く。
「やあ、エイル。久しぶり」
「サロメア大学に合格したそうね」
「なっ、なんで知っているの?」
「昨日おば様とお会いして、その時に聞いたのよ」
母様とどういうつながりがあるんだ?
「そうなんだ。じゃあ、また今度」
「ちょっと、話は終わっていないわ」
こちらに話はないのだけど。
「僕はいいけれど、人の目があるよ」
「そうです、お嬢様。参りましょう」
狭い町だ、うわさになるぞ。
「もう仕方がないわね。ではまた」
馬車が僕を置いていった。
†
「ゾルカ、ウルスラ。ただいま」
館に帰ってきたら、玄関に続く廊下でメイドたちが掃除をしていた。
「これは、レオン坊ちゃま。お帰りなさいまし。すぐ奥様にお知らせしてきます」
ゾルカが小走りで、本館の方へ行った。
「坊ちゃま。お帰りなさいませ。洗濯物がありましたら、出してください」
「うん。あるある。部屋に取りに来て」
部屋に戻って、カバンから洗濯物を出していると、ゾルカが来た。
「奥様が、すぐにとお呼びです」
「はい、はい。ウルスラ、あとよろしく」
カバンごと押し付けた。
ゾルカの姿は見えなくなった。
「ウルスラ」
「まだ、洗濯物がございましたか」
「うん、洗濯物じゃないけどね」
「はい?」
「これ、王都のお土産。ウルスラにあげる」
「私にですか?」
「そうさ。ウルスラにはいっぱい世話になったからね」
僕はもうすぐ王都に行くから、今までのようには会えなくなる。
「手鏡。ありがとうございます。大事にします」
「大げさだなあ。最近少ししわが増えたからね」
「もう坊ちゃまったら」
「じゃあ、行ってくるよ」
†
僕の方こそ、聞きたいことがある。
本館の母様の部屋の前に来た。扉を薄く開ける。
「レオンです」
「お入りなさい」
「ただいま戻りました」
「合格したそうね。おめでとう」
顔は、あまりうれしそうではないが。
「ありがとうございます。これ王都の土産です」
小さな紙袋を、卓の上にのせる。
「そう。ありがとう」
母様は、視線すら向けず無表情だ。重苦しい。
「北区にあるラケーシス財団に行って、当主と会ったそうね」
「はい」
ダンカン叔父さんにそのことを言っていない。つまりラケーシス財団から、父様か母様へ連絡があったということだ。
まっすぐに母様を見返す。
「ふぅぅぅ。そう。それで、言いたいことはないの?」
「母様が、お話しくださると思っています」
「思ったよりも策士ね」
「父様と、そして母様の子ですから」
「大体レオンが考えている通りよ」
なかなかに狡猾だ。
「そうですか。あれだけそっくりで、血がつながっていないのであれば、神を疑います」
「まあ。最初から信じていないくせに」
「いいえ、都合の良いときは信じますよ」
「商人ぽいわね。それで、何か聞いた?」
「ええ、将来ある若者の後援をするのは、わが一族の望みでもある。励まれよ。だそうです」
「ふん。一族のね」
「何か、偽りが混ざっていますか?」
「さあ。どうなのかしら」
一瞬眉根が寄ったが、無表情に戻った。
「そういえば、なぜ母様は父様と結婚されたのでしょう。まあウチも裕福ではありますが、あちらは桁違いです」
「答える必要あるかしら」
予想通り、教えてはくれなさそうだ。
だが否定はしなかった。ならば母様が、単にあの当主と同じ一族であるだけでなく、家計が同じか、あるいは余り変わらない水準であったことを、暗に認めたわけだ。
それ以上のことを知ったとしても、僕には余り意味はない。この辺りで追及はやめよう
そもそも、なぜ教えてくれなかったのかなど言えない。母様や家族に対して、僕もスネに傷ある身だ。それに遠からず、この家さえ出る立場なのだから。
「さて、レオンを呼んだ用件だけど」
「はい」
「私の考えを話しておくわ。財団から援助を受けることには反対しない」
ふむ。
「ただ、当主が会ったとなると、何かレオンに対して魂胆があるということね」
「魂胆」
「狙いと言い換えても良いけれど」
ふむ。
「奨学金の対象者には、全員と会うとか?」
「それなら、家令を代表理事にしないでしょ」
なるほど。
「じゃあ、あの人が母様に似ているということは、僕にも似ているから」
「レオンに会って顔を見たかったってこと? まあそうかもしれないけれど。とにかく奨学金に関すること以外、あまり関係を持たないようにすることを勧めるわ」
「それは、なぜですか? 僕に何か害があることをするとでも?」
「それはないでしょうね。ただ……」
「ただ、何です?」
「あなたも行って分かったと思うけれど、感覚がおかしくなるわ。特に金銭の」
「そうですね」
「でしょ。あれはレオンのためにはならないわ。契約外のことで、何か言ってきてもレオンは断って良いから」
「しかし、この商会の出資者なんですよね。大丈夫なんですか?」
「もちろん。それにレオンは、15歳になれば商会との直接的な関係が切れるからね」
「それはそうですが」
「何か言われても……毅然と断ることができるように、経済基盤を早めに作った方が良いわ」
「こころします」
「それで良いわ」
「ちなみに、財団との奨学金契約の添書は、父様にお願いすれば良いのでしょうか?」
「ええ。決めたのは旦那様なのだから、そうすべきね」
「わかりました。では」
「ああ、コナンのことだけど」
扉の前で止まる。
「はい」
「わかっていると思うけれど。あの子をゆるしてあげてね」
大学を勧めてくれたことだろう。無論財団奨学金が前提にあってのことだ。どこまでが兄さんの意思だったかは知らないけれど、切っ掛けは父様に違いない。
「僕の希望に合っていたし。今のところは悪い方向へ行っていませんから」
父様には逆らえませんからね、と。そこまでは言葉にならなかった。
それに、切っ掛けがどうあれ、兄さんは僕のことを考えて、策に乗っていたはずだ。僕は信じてる。
†
「ただいま戻りました。父様。コナン兄さん」
父様の執務室に行くと、兄さんも居た。
「うむ。おめでとう」
「おめでとう。よかったな、レオン」
「はい。今回は旅費を出してもらってありがとうございました、父様。兄さんもありがとう」
「まあ、掛けなさい」
父様と座って向かい合った。食堂以外では初めてかもしれない。
「ラケーシス財団から連絡が来た。レオンと当主様が顔を合わせたとな」
「はい」
やはりな……当主様ね。
「誤算だった。代々、わが商会の長とその後継者にしか会わない約定だったのだがな」
ふむ。父様にとっても予定外の事象と言うことか。
「わかりました。リオネス商会の共同出資者の件。僕は口外しません」
父様は穏やかな顔でうなずいた。
「こちらは財団との奨学金契約書です。既に僕の署名は済ませてあります」
「わかった。添え書きをして、財団へはこちらから送っておこう」
「お願いします」
こうして僕の進路と奨学金、そして下宿先が確定したのだった。
テレーゼ夫人には、9月中旬からお世話になりますと手紙を出した。
ビーゲル先生は、僕の合格をよろこんでくれ、お土産を渡すと、感激してくれた。そして、最後の授業をしてくれた。そのあと、僕は何度もお礼を述べてお別れをした。
ウチに生徒となるべき者はいなくなったが、エミリアで別の家庭教師をされるそうだ。
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訂正履歴
2023/11/16 少々表現変え
2024/04/22 誤字訂正(せとんくん(さん) ありがとうございました)
2025/03/26 誤字訂正 (毛玉スキーさん ありがとうございます)
2025/04/04 誤字訂正 (長尾 尾長さん ありがとうございます)
2025/04/13 「スネに傷を持つ」部を少し補足(asisさん ありがとうございます)