37話 内見(内覧)
賃貸物件は内見、分譲物件は内覧だそうで(知るわけない)。あと関東(内見)と関西(内覧)で違うという説も。
「はじめまして。レオンと申します」
王都南区の郊外にある3階建ての家。通りに面した玄関からずっと廊下を通って突き当たりの部屋に進んだ。
外?
部屋の奥、壁と屋根の一部がガラス張りになっていた。観葉植物の鉢植えがいくつも置かれていて、温室みたいだ。今は夏だから一部は開け放たれているけれど。そこから中庭も見える、とても感じのいい部屋だ。
「どうぞ、おかけになって」
夫人が示したソファーに腰掛けた。
目の前に居る人は、60歳前後の婦人だ。
髪は銀色で、とても品が良い。少ししわがあるけれど、温和な表情が優しそうに見える。背格好は中肉中背といったところ。いや右側に立っているメイドさんがでかいから、対比で錯覚してるかもしれないけれど。
しかし、落ちつく部屋だなあ。
夫人側の壁にはタペストリーが掛かっている。その右側は手縫いだろう布の壁飾りが下がっている。
「テレーゼ・デュワ・メルフィスよ」
家名があるから貴族だけど、デュワだから領地を持たない貴族、おそらく子爵か男爵だ。
例えばエミリアの御領主様は、サリウス・デュ・エミリー4世というお名前。デュはアルゲン語で”の”という意味だ。それで領主だから領地の名前と家名が、昔は一致していたそうだ。そういった訳で、デュが領主の証というわけだ。
デュワの由来は…………知らない。
「レオンさん。男の子よね」
「はい」
僕は、どう見えているんだろうか。
背も165セルメル(おおよそ165cm)になったけど、声も高いんだよなあ。
「そうよね。よかったわ」
よかった?
「昨日夕刻に、登録しているラケーシス財団から、お手紙をもらったの」
財団は手配が早いな。
「それで、レオンさんって方が、この家に9月から入居されるかもしれないってね。書いてあったわ」
「はい。昨日、審査がありまして、財団から援助をいただくことになりました。まもなくいったん故郷に戻る都合があったので、お約束もなしに押しかけまして、すみません」
「いいのよ。気にしないで。それで……ふむ。そうね。まず部屋を見てもらって、またお話ししましょう。リーアさん3階へご案内して」
「はい。奥様」
「ありがとうございます」
おっと。
すたすたとリーアさんが歩いて行くので、僕も立ち上がって付いていく。
玄関近くまで戻り、入った所を右に折れて内階段を昇る。
2階に上がると踊り場のような廊下を逆方向へ歩いていく。
その間に扉がひとつ。
この奥にも誰かが住んでいるのだろうか。
端まで行くとまた上り階段だ。
3階は、2階と同じように踊り場のような廊下があって、扉があった。なるほど。玄関からこの階段と扉の前までは共用部分ということだ。
あまり、家族だけで住むという構造ではないような気がする。
誰か、他人を住まわせる前提? 最初からか、後付けか。どっちだろう。
リーアさんは鍵を取り出すと、扉を開けた。
「中へ」
「はい」
南方向に廊下が続いている。
「右が、トイレとシャワー。ここは物入れ」
ふむふむ。
「左が寝室、そして奥が居間だ。気の済むまで見ろ。私はここに居るから、何かあれば呼べ」
「あっ、はい」
ふむ。しゃべり方は荒いが、気は使ってくれているらしい。
おっと、今はそれどころじゃなかった。
ええと、まずは居間からだ。
差し渡し、12メト位(おおむね12m)。南向きの出窓があって、日が差し込んできている。1階のあの部屋ほどではないけれど感じが良い部屋だ。
ちゃんと普段換気してくれているのか、空気はよどんではいない。近寄って窓から下を見ると、1階の屋根が2階のベランダになっていて、白い洗濯物が干してある。
なるほど、2階から上は狭くなっているんだ。
居間は温かみのある壁の色に、小さな卓の両側に革張りの椅子と寝転べそうな長椅子もある。
王都の冬は寒いと聞いているけれど、蒸気暖房もあるし、この部屋は暖かそうだ。
部屋の北側に戻ると、魔導コンロと水道と流しがある。蛇口をひねると……水は出た。お茶ぐらいなら淹れられそうだね。食器棚やクローゼットもあるし、必要な生活用品は食器ぐらいか、余り要らなそうだ。
廊下に出て腕組みしているリーアさんの前を通り、寝室に入る。東向きの窓と、本棚に机と椅子。部屋の真ん中には大きいベッドがある。落ち着けそうな部屋だな。3階はこれで終わりか。
ん。あれ?
「リーアさん」
「なんだ?」
「この3階は、何人部屋ですか」
「何人?」
「はい」
表情が険しい。なんか変なことを訊いたか。
「ベッドがひとつしかないんだ、1人で住むに決まっているだろう」
「そうなんですね。結構広いお部屋なので」
にらんでいる。
「広いからって、女を連れ込むなよ」
「はっ? あっ、はい。善処します」
「意味がわからないことを言うな。それで、もういいのか?」
「はい」
「じゃあ、出ろ」
うわぁ。なんだか嫌われているな。
リーアさんがしっかりと鍵を掛けた。彼女について階段を下る。
2階の廊下で止まって振り返った。
「ん。なにか?」
「2階はな……」
なんだ? 言いよどんでいる。
「はい」
「この館に住むことになったら、この辺りを余りうろつくな」
「はぁ……それは」
理由を訊こうとする前に、ぷいっと振り返ってしまった。
1階の奥の部屋に戻って来た。
「お部屋はどうでした?」
「はい。広くて暖かそうで気に入りました」
「まあ、そう。よかったわ。じゃあ、レオンさんのことを少し訊かせてもらっていいかしら」
「はい」
眼鏡を掛け、真新しい封筒を出した。財団から届いた手紙だろう。その便せんと僕の顔を行きつ戻りつした。
「えっと。エミリー伯爵領エミリア出身。14歳」
「14歳?!」
僕と夫人が、声の主を見た。
「どうしたの、リーアさん?」
「なっ、何でもありません」
何だか赤くなった。
「きちんと紹介していなかったわね。この人はリーアさん。わが家のメイドをやってもらっていて、今はこの家で二人きりで住んでいるの」
ご主人は、と訊きかけて止まる。
「この人が洗濯と掃除、私は料理が担当よ。おっと話が横道に逸れたわ。それで、10月からサロメア大学に入学予定と」
「そうです」
「ということは、ここから南へ行ったルードスにある」
「はい。南キャンパスです」
「まあ、近くていいわね」
多分歩いて10分くらいかな。でも門を入ってから同じ位かかりそうだけど。
「ここには書かれていないけれど。訊いてもいいかしら。何学部かしら?」
「魔導学部です」
「軍人では、ないわよね」
「はっ?」
確かに、それなりに学部内の割合は多いようだけれど。一般的に見て、魔導学部はすなわち軍人なのだろうか?
「はい、軍人ではないです。14歳では、まだ軍人には成れません」
「そっ、そうよね」
セシーリアでは15歳で成人だ。しかし、さすがに平均的な体格は脆弱に過ぎる。士官学校生はどうか知らないけれど、基本的に軍人任官は18歳からだ。
「商家出身ということだけど、ご兄弟は?」
ええと。これは面接なのかな。
「男ばかりの3人兄弟で、僕は3男です」
「そう。3男なのね。じゃあ、家業を継ぐことは。ああ、ごめんなさい。立ち入ったことを訊いてしまって」
「ああいえ。母からも、あなたは自由に生きなさいと良く言われます」
「へえ。自由にね。いいお母様ね」
「どうでしょう」
† † †
翌日朝、ニコラさんに見送られて、王都を後にした。
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訂正履歴
2025/04/09 誤字訂正 (ひささと よみとさん ありがとうございます)
2025/04/21 誤字訂正 (アカケン♂さん ありがとうございます)