36話 出生の秘密
さて回収回です。
あああ。間違えて投稿してしまいました。
明日(12日)の投稿はありませんのでご了承ください。
奨学金の要項と契約書をよくよく僕なりに精査した。
契約書の読み方は、ベガートさんの授業を受けてある。
落とし穴になるような特約もなかったので、その場で仮契約を結んだ。
私設奨学金援助者制度登録番号479-012。
これは、ラケーシス財団が、国から認められた援助者であることを示している。
479は登録年だから、10年前から援助者になっているってことだ。
なお、僕の方から大学へも、奨学金契約の内容は伝えられる。財団としても名誉のため、あこぎなことはできないというのは前提だが。
ただし、僕は未成年であるため、金銭の絡む契約成約には親の了承を示す添え書きが必要だ。
エミリアにいったん戻り、2週間以内に契約書を財団に送ることになった。
「それでは、これより主人である当主と面談いただきますが、それにはお約束いただかねばならないことがございます」
ここの主人に会う前提か。それならここに僕を呼ぶ必要があるな。
「はい。なんでしょう」
「主人の個人に関するご質問を、面談時にしないことです」
ふむ。想像も付かない金持ちが、どんな人なのかかなり興味はある。とはいえ、僕への援助者になろうとしている人の機嫌を損なってまで、訊こうとは思わない。
「わかりました」
僕の返事を聞くや否や、キアンさんがうれしそうに笑った。
えっ、そんなに?
これは、覚悟しなければ。どんな人が居るところに案内されても、動じないように。
「では、主人の状況を確認して参りますので、しばらくお待ちください。その間に、お手洗いのご用があれば、そちらの執事に申し付けください」
†
いやあ、さっき執事さんに連れて行かれたところも豪華だったが、戻ってきたキアンさんに連れられて歩いている廊下もなんだろう。もう褒める言葉がなくなった。
帰ったらこの光景は忘れよう。
「こちらです」
「はい」
「失礼いたします。レオン殿をご案内しました」
「うむ」
ふかふかの絨緞が気になりつつ進み出ると、胸に右手に当てて感謝を示した。
そして、ゆっくり顔を上げた。
「この度は……」
僕は、間抜けにも口を開けてはいたが、声すら発せなくなっていた。
なぜだ?
母様───
思わずそう呼びかけそうになった。
1人掛けのソファーに悠然と腰掛けた人物は。身に着けた服に髪形は違うが、顔は母様そのものだ。
「この度は、何かね?」
野太く低い声、男だ───母様じゃない。
「こっ、この度は、ご援助の対象に加えていただき、感謝いたします」
「掛けられよ」
「はい」
「家令……今は代表理事と呼んだ方が良いかな、彼の推薦によるものだ。感謝するのであれば、彼にすればよい」
「ご当主様、ご冗談を」
「ともあれ、将来ある若者の後援をするのは、わが一族の望みでもある。励まれよ」
「はい」
反射で答えながらも、当主と呼ばれた人の顔を見つつ、脳内システムの画像記録に収めた。
無表情では母様にそっくりだったが、僕に話しかけて口角が上がると別人だ。それにこの人の方が、100ミルメト(おおよそ100mm)は背が高い。
母様にそっくりなら、僕自身にも結構似ているはずだ。普段鏡越しでしか見ていないから、どこか違う気がするが。そうか。キアンさんが、僕を申請者と認めたのは、そのせいなのか。
それ以前に、僕の母方の親戚に一切会ったことがないのは、こういうことなのか。
さまざまな考えや思いが、頭を巡る。
「それでは、レオン殿」
もう少し観察したかったが、長居は危険としきりに何かが告げてくる。
「はい。お目にかかれて光栄でした。失礼いたします」
「機会があれば、また相まみえよう」
立ち上がり会釈して、部屋を辞した。
玄関車寄せまで、キアンさんに送ってもらって、馬車に乗ったような気がするが、まるで上の空だった。
再び、商会の寮まで送ってもらって、馬車を見送った。
そのあと、泊まっている部屋で、しばらく呆然としていたが、思い出した。
「支店に行かないと」
†
「おお、レオン。どうだった?」
この叔父は、どこまで知っているのだろう?
破格の奨学金の件。優秀な成績を収めたからなどと思えるほど、僕は浅はかではない。
どう考えても───
「どうした?」
「いえ。奨学金をもらえることになりました。父か母の同意が得られれば、ですが」
「んん? そりゃあ。得られるだろう。奨学金の申し込みは会頭の指示だからな」
「そうですよね」
会頭ね。
父様はそうだろう。
「レオン。変だぞ。何かあったのか?」
心配してくれているのか。
「叔父さんは……」
「ん」
「ラケーシス財団のことを、どのぐらい知っているんですか」
叔父さんは、ニコラさんと顔を見合わせた。
「いや。ほとんど知らない。そんな財団があるとは会頭からの手紙で初めて知った。丁重に応対せよと書いてあったからな、気になって、ニコラに調べてもらったが」
「はい」
ニコラさんは、手帳を開いた。
「教育科学省によれば、ラケーシス財団の代表理事は、キアンという名でした。ラケーシス財団の私設奨学金援助者登録は、10年ほど前のことですが。成約に至った事例は、それほど多くないようで、絞って援助しているようです。誰が援助を受けているかまでは、公開されていません。役人によると総じて評判は悪くないとのことでした」
「どうだ、レオン」
「ありがとうございました」
「何か、気になることが有ったのか?」
気になるのは、あのことだが。
「ええ。馬車で迎えてもらった先は、見たこともないお館でした。あそこが王宮、いや離宮だと言われてもそうとしか思えないほどの豪華さでしたよ」
無難なことを言っておこう。
「ほう。そうなると大貴族……だがキアンというだけなら、貴族ではないか」
「たしかに。実働は一般人にやらせたとしても、貴族が背後にいるのであれば、顕示欲から代表名として公表すると思うのですが」
「そう言われれば、そうだな」
叔父さんは本当に知らないのかな。そうなら疑って悪かったが。
「ともあれ、奨学金が得られるなら、よかったじゃないか。この件は私が会頭へ手紙を出しておこう」
「よろしくお願いします」
「それで、この後はどうする」
「あさって、エミリアに向けて王都を発ちますが、その前に行かなければならないところがあります」
「そうか。じゃあ、また明日夜に家に来てくれ」
「ああ、いいえ。何度も伺っては申し訳ないので。9月中頃になると思いますが、王都に来たら伺います」
「それはかまわないが。レオンの考えに従おう。じゃあ、元気でな」
「はい。お世話になりました」
†
翌日朝。向かったのは南区。
サロメア大学南キャンパスから、すこし北の郊外だ。
そうは言っても、王都だ。エミリアの町並みには栄えている。
馬車鉄道を降りて、目的地を探す。ベイター街212。
表示と番地は合っている。
ここかな。石畳の通りに面して、3階建ての建物が見える。
鉄柵を開けて中に入り、玄関に近付く。紐が下がっていた。紐の先は滑車を介して中に入っている。呼び鈴だろう。ゆっくりと下に引いた。
数秒後、中から声が聞こえた。
扉が外に開き、ぬうっと人が顔を出した。
でかい!
頭には白いスカーフを被ったエプロン姿、メイドさんだ。僕よりだいぶ背が高い。というか、横にも僕の1.5倍位ありそうだ。
「どなた?」
なかなかにぶっきらぼうだ。
「レオンと申します」
「レオン?」
「テレーゼ夫人は、ご在宅でしょうか」
僕のことを上から下まで値踏みするように見ている。
「用件は?」
「近く、こちらに下宿させてもらうかもしれないのですが。そのごあいさつに参りました」
「リーアさぁぁん。お客様なのぉぉ?」
奥の方から聞こえてきた。
「はい。奥様。レオンと名乗っています」
でかい声だ。
「お通しして」
「どうぞ」
そうは答えたが、顔は怖いままだった。
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訂正履歴
2025/03/28 誤字訂正 (よろづやさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (森野健太さん ありがとうございます)