表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/274

35話 ラケーシス財団

使い切れないほどでなくて良いから……

追記:本文にも書きましたが、コーヒーって豆じゃないんですよねえ。初めて知った時はびっくりしました。

 翌日。

 9時に、王都支店の寮に2頭立ての馬車が迎えに来た。通知状に書いてあったとおりだ。

 なぜか、支店長であるダンカン叔父さんに見送られた。


 しかも、この馬車。

 外見は地味目の馬車なのだが。乗り込んではっとなった。


 エミリアから乗って来た駅馬車もそれなりに立派だと思ったけれど。段違いとはこのことだ。総革張りで豪華そのもの。靴を脱ぎたくなるほど、綺麗で塵ひとつ落ちていない床面。これは、きっと貴族、いや大貴族が乗る馬車の内装に違いない。


 場違いすぎて、座っているお尻が落ち着かない。4人乗れるのに僕しか乗っていない。

 なんという無駄。後から走って追いかけたいぐらいだ。いやそれも無駄か。


 もういいや。なるようになれ。もう2度と乗らないだろうし。

 馬車は、何度か通りを曲がったが、おおむね北へ向かっている。いつからか車窓の風景が変わった。

 王都の中と言うのに。麦畑や牧場こそないけれど、のどかな風景だ。木立が途切れては現れ、豊かに茂る。

 これが北区か。

 だが、自然ではない、明らかに人の手が入った秩序があるのどかさだ。


 貴族や、富豪はこのようなところに住んでいるのか。

 窓を少し開ける。エミリアのように空気が澄んでいて、隣接区の猥雑(わいざつ)さなど知らぬげだ。

 僕は車窓を異世界のように眺めて、何筋か通りを行き過ぎた。だが、不意に馬車は右に曲がった。

 街道ではない。

 逆の車窓には、幾何学状に刻まれた木々と青い芝。白い石造りの東屋が後方へ流れていった。

 庭園? まさか離宮?


 それからたっぷり5分は走ると、馬車がゆるやかに右へ回り出した。車窓に白亜の車寄せ(ポーチ)が一瞬見えたと思いきや、なめらかに減速して蹄音(ていおん)が途切れた。


 おっ。

 扉の掛け金が外れ、大きく開いた。

「つきました。お降りください」

「はっ、はい」


 大理石だ。床が、いや柱も壁も。

 それに執事とメイドが大勢並んで出迎えられてしまった。ウチの家も大概裕福とは思っていたが。比べるのも失礼にあたる。

 帰りたくなってきた。


「レオン殿。お待ちしておりました」

 黒い服、白い長靴下の紳士が近寄ってきた。


「参上しました。こちらを」

 審査通知書を差し出そうとしたのだが。

「いえ。間違いなくレオン殿と認めておりますので」

 そうですか。初対面のはずだが。

「では、こちらにお越しください」

 はあ。


 どんどん、建屋の中に入っていく。


 本当にここは宮殿とは違うのだろうか。価値判断が付かない程の調度が、惜しげもなく僕の部屋より広い廊下の端々に配置されている。


 その上で歩くのがはばかられる程に磨き込まれた床。壁、柱、板ガラス、鏡。どれもこれもぴかぴかだ。


 感嘆しつつも、次々疑問が浮かぶ。

 どれだけの使用人を雇えば、このようにできるのだろう。どんな事業を営めば、ここまでの財が積めるのだろう。

 その財団が、なぜ僕をここに呼び寄せたのか。どこかその辺で、審査すれば良いじゃないか。


 ふと、これは詐欺なのではと浮かぶ。

 しかし、その利得は? ない。ここまでする必要はない。誘拐だって馬車をどこかで停めて取り囲めば良いと考えるはずだ。


 であるならば、これは詐欺などではありえない。

 などと、余りの現実感のなさに、頭が逃避しつつも先導について行く。

 それがしばらく続いたが。


「こちらでこざいます」

 別の執事が扉を開けてくれて、部屋の中に入る。

 そこにも、メイドが5人待っていた。

 いやいや。僕はそこまでしてもらう人物じゃないです。そう言いたくなる。


「お掛けください」

「はい」

 上質の光沢がある革張りのソファーに腰掛ける。


 後ろで微かに水音が聞こえると、カップをメイドが運んできた。

 これは。


 お茶じゃない。

 深く沈んだ暗褐色。見たこともない飲み物。微かに陶然となりそうな香りが言葉を紡いだ。

「コーヒー」


「何かおっしゃいましたか?」

「いえ。なんでもありません」

 ごまかしたが、色と言い香りと言い、これはコーヒーだ。

 怜央の記憶が教えてくれた。


「どうぞ」

 勧められるままに手が伸び、持ち手をつまんだ。

 鼻の下に持っていき吸い込み。思わず目が閉じた。そして口へ運ぶ。


「いかがですかな?」

「初めて喫したはずですが、何ともなつかしく感じます」

「ほう」


「これは何という飲み物でしょうか?」

「カーフィと申します。とある果実に含まれる種を()って粉砕し、湯にて抽出したものです」

「そのような、珍しい物を。ありがとうございます」

 やっぱりコーヒーだ。


「いえ。それでは、面接に入りましょう。私、財団の代表理事を務めますキアンと申します」

「むっ。代表理事でいらっしゃいましたか。大変失礼致しました」

 胸に右手を当て、謝意を表す。

 いや、非常に上質な生地を使っているが、明らかに使用人の服装なのだが。


「いいえ、単に主人の代理に過ぎませんので、お気になさらぬように」

「はあ」

 なるほど。そういうことか。


「では、お送り頂いた、合格証明書と入学試験成績証明書にしたがいまして」

 キアンさんが取り出した。


「確認いたします。合格されたのは魔導学部、魔導理工学科ですね」

 うなずく。

 しげしげと眺めていたが。


「成績は、優秀ですね。結構です」

 ふう。科目についてのばらつきには特に言及はなかったが、問題なかったのかな。


「レオン殿は、サロメア大学でどのようなことを学び、研究をされることを考えていらっしゃいますか」

「はい。私は、魔術の術式を学び、本質を理解して、人の役に立つよう改良を目指します。またできれば魔道具として形にしたいと思います」


「魔道具ですか。具体的にはどのような分野に? ああ、秘密は厳に守ります」

「はい。手始めは魔灯に取り組みたいと思います」


 なぜか、キアンさんが信じられるような気がして、話してしまった。まあどのみち成果報告する必要があるからな。

 魔灯に着目するかどうかは、まだぼんやり考えていただけだが。特許出願した内容にもまだまだ改良の余地はある。


「魔灯ですか。ふむ」

 ああ、それがどう評価されるかまでは考えていなかった。何か高尚でないとか言われてしまうだろうか?


「魔灯は多くの人が使う物、個人的には良い着眼点と考えます。このように面接をしておりますと、高い目標を掲げられる方が多いのですが、大きな挫折につながることが多うございます」

 おおぅ。


「とは申しましても、まだまだ大学に入られる前の段階で伺っておりますゆえ、成約の暁には、ゆっくりと半年考えて、内容を変えて戴いても結構です。その上で計画書を提出願いたく存じます」

「わかりました」


 キアンさんは穏やかにほほ笑んだ。


「それでは、奨学金に関する条件について、説明します」


 第一関門通過だ。


「当財団は、レオン殿の申請に対しまして、財団の定めるところの最上級の奨学金1級分類と評価します。契約書と要項をお渡ししますが、まず重要項目を説明致します」

「はい」

 最上級か。


「1つ。奨学金契約の期間ですが……」


 自分の覚えとして、まとめよう。


 奨学金給付の期間は、学部卒業もしくは退学まで。大学院に残る場合は、手続きは必要だが、おおむね継続となるそうだ。

 学部卒業までの期間は、サロメア大学の場合は決まっていないそうだ。基本的に、所定の単位を取得するまでだ。具体的には、学部によっても異なって、神学部、医薬学部は長く、平均的には3年から4年位と入試の要項に書いてあった。


「2つ。財団への報告は……」

 財団へ2月に進捗(しんちょく)報告。7月に成果報告を対面実施。ただし来年2月は計画書提出のみ。

 研究成果についての権利を、財団が要求することはない。奨学金としては、そんな物だと思う。


「なお。研究の報告を怠った場合、事情によっては最長2カ月お待ちします。また報告内容が所定の水準に達しない場合は、最長半年を目安に改善をお待ちしますが、それを超えた場合は、その時点で奨学金は打ち切らせていただきます」

「わかりました」

 ううん。やっぱり厳しいねえ。


「3つ。お住まいについては……」


 奨学生の環境整備の観点から、財団指定の場所となる管理人付住宅に住むこと。

 同住宅に対する家賃、光熱費、提供される食費は補助金として財団が全額負担。

 住居が合わないという場合、財団指定の別の場所への移動は可。

 財団指定外へは、要相談かつ前記補助金は打ち切り。


 むう。なんとなく監視されるような気もするが、経済面ではなかなかすばらしい話だ。

 王都内の家賃は高いからな。寮に入ったとして2人部屋の寮費ですら月10セシル(ざっくり1万円イメージ)と入学要項に書いてあった。実質奨学金の割増しだ。


「理解しました」


「4つ。奨学金の金額は……」

 一時金として、1500セシル。

 月額100セシル。

 1年の更新時に一時金500セシル。

「以上を、提携銀行へ振込で支給します」


 ええと。仮に学部4年間だったら1500+100×12×4+500×3=7800セシルだ。

 補助金も含めれば、たぶん経理のルッツさんの同期間の収入並みになるだろう。


 いやいや。多いって。

 一時金で大学に納める入学金300セシルと授業料600セシルなどの1年分の学費全てをまかなえ、生活費に小遣い付という水準だ。これが最上級ってことか。


 それにしても、住宅費負担と月額100セシルの組み合わせは、全く期待していなかった。これは使わず返済に回すべきだろう。


「財団から提示する条件は、以上です」


「わかりました。あっ、いえ。あのう。返済比率と返済期間を教えて戴かないと」

 それが最重要項目のひとつだ。


「返済は一切必要ありません」


 はっ? えっ?!

 そんなことがあり得るのか?

 いやあ、この邸宅を見れば、金などいくらでもあるには違いないだろうけれど。


 だとしても。それとこれとは話がちがう。


「いや、僕は(ほどこ)しを受けたいわけでは……」

 キアンさんの穏やかな面持ちが、僕を止めた。


「けして無償の施しではありません。こうお考えください。レオン殿を通じた社会貢献だと」

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2023/11/11 誤字脱字訂正、前書きに少し追記

2024/04/22 誤字訂正(せとんくん(さん) ありがとうございました)

2025/03/29 誤字訂正(n28lxa8さん ありがとうございます)

2025/04/01 誤字訂正(Paradisaea2さん ありがとうございます)

2025/04/24 誤字訂正 (十勝央さん ありがとうございます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
まあこんな至れり尽くせり、条件も研究成果という特別特殊な物ではないのに更に返済しなくて良いとかなんか裏ありそうで逆に怖いよねw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ