34話 水面下
良かれと思っても、知らないのはねえ。
「おお、やったな。レオン!」
「ありがとうございます」
入学試験に合格したことを告げると、ダンカン叔父さんが僕の手を握ってブンブンと振った。僕よりよろこんでいるよな。
結果が出たら、支店へ来るようにと言われていたので、大学から直行したのだ。
「じゃあ、今夜は祝賀会だ。ニコラ」
「はい。お宅へは使いを出します。支店長、会頭へも」
「そうだな。兄さんと義姉さんへ速達を送らないとな。レオン。合格証明書と1次試験成績証明書を1部良いか?」
「はい」
エミリアに送るのかな? まあ、奨学金申請に必要だしな。各3部ずつもらっているから問題ない。もらってきたそれぞれを出す。
「よし、じゃあ手紙を書くとしよう、ニコラ」
「申し上げにくいですが、支店長。そろそろ次の来客が」
「あぁぁ、そうか」
「私が下書きしておきます」
「うむ、頼むぞ。一緒に送るからレオンも書いた方がいいぞ」
「そうですね。書きます」
送らないと父様はともかく、母様がへそを曲げそうだ。
「じゃあ、ここで書いたらいい。いやあ。合格することは疑っていなかったが、うれしいなあ。アデルもよろこぶだろう」
そうですね。ロッテさんは微妙だけれど。
「それと、レオン。あと数日は王都に滞在してくれ。じゃあ。ニコラ頼むぞ」
「はい」
明日には帰ろうかと思っていたのだが。ウチへは手紙で知らせるのだ。問題ないだろう。
「では、夜にウチでな」
叔父さんが、執務室を出ていった。
「便せんはこちらをお使いください、レオンさん。改めまして、おめでとうございます」
「ありがとうございます。秘書さんって大変なんですね」
「ははは。そんなことはないですよ。おっと、お茶がまだでした。お待ちください」
ソファーに座って、文面を考える。
でもなぜ、王都滞在を延ばさないといけないんだろう?
何かあるのかな、王都を観光していけとか? いや、どのみち10月から、王都に数年間は住むことになるしなあ。なんだろう。まあ後で訊こう。
それにしても、1次試験が全体で7位だったとは。僕にはできすぎだ。
面接官にはけなされたけれど、国語とひどかった史学でなんとかそこまで落とさなくて済んだのは、ビーゲル先生のおかげだ。
エミリアに帰ったら、ちゃんとお礼を言おう。そうだ。王都で土産を買っていこう。何が良いかな。アデルさんに相談したらいいかな。兄さんたちと義姉さんにも買っていかないと。
おっと、それより手紙だ、手紙。
†
「おめでとう! レオンちゃん」
「いや、あのう」
手紙を書き終えて、叔父さんの家にやって来たのだが。
合格を告げるとアデルさんに抱き付かれた。
うわあ。なんか、いい匂いがする。それに胸に柔らかいものが。
「おねえちゃん。くっつきすぎよ」
「そうお?」
「レオン君が困ってるでしょう」
困ってないです。
「いいじゃない。ロッテ。ケチね」
「ケチじゃないわ! 養成学校生は団員と同じ! 男女交際と疑われることは御法度っていつも自分で言っているじゃない。離れなさいってば」
でもこの前、つきあうならサロメア大学生って、言ってなかったっけ?
「もうぅぅ。家なんだし、いいじゃない。レオンちゃんと私たちはいとこなんだし」
ロッテさんが引っ張って、アデルさんが身を離した。
「よくないわよ。はぁはぁ、いとこは結婚できるんだし。第一私たちは血のつながりがないのよ」
「そこがいいんじゃないの」
「まったく、おねえちゃんは……おめでとう、レオン君。だからって、鼻の下を伸ばさないで」
「えっ。ありがとうございます。おふたりとも」
「じゃあ、レオンちゃんも、このウチに住むということで」
「お姉ちゃんが、そんなだから無理よ」
「おお、おねえちゃんたち。けんかしないで」
心配そうだ。
「してない、してない。じゃれてるだけだから。ヨハンにも抱き付こう」
「うひゃひゃ。くすぐったい」
「それで。相談があるんですが」
「相談? 何かしら。レオンちゃんも私の弟になりたいとか?」
なんとなく、既に実質そうなっているような。
くすぐられた、ヨハン君がよろこんでいる。
「そんなわけないでしょう。レオン君。お姉ちゃんが調子に乗るから早く言いなさい」
「はい。エミリアに居る人に土産を買っていきたいんですけど、何が良いかなあって思いまして。教えてくれませんか?」
「ああ、お土産ね」
「意外と義理堅いわね」
えっ、ロッテさん。
「それで、贈る相手は? 女の人? 私たちに訊くってことは、女の人よね? 好きな人? 恋人?」
「あっ、いや」
「おねえちゃん!」
「ああいえ。買っていく中に、若い女性もいますけれど、義姉です」
「なぁんだ。男の人主体か。そんなの私たちに訊いたってわからないわよ。第一、商会の人って服も扱っているし、みんな感性豊かだし、むつかしいわ」
「それは、そうね」
あからさまにアデルさんは、興味を失っている。
「ヨハンは何が良いと思う」
「おもちゃ!」
「おもちゃかあ。そうだ、歌劇団のお土産は売っているわよ。女優の似顔絵の版画とか。すごく似ているのよ」
義姉さんは、よろこびそうだな。
「商会の人じゃない人も居まして」
「それは?」
「僕が大学に合格するように親身になってくれた先生なんです」
「お世話になったかあ……」
「はい」
「あっ、そうだ!」
「なんでしょう。ロッテさん」
「ニコラさんに訊いてみれば良いんじゃない」
ああ、確かに。彼ならば王都のことも、いろいろ知ってそうだし。名案だ。
「だめね!」
「えっ」
「なんでよ? おねえちゃん」
「わからないの?」
「わからないわ。どうしてよ!」
「あのね。ただ単に親しい人へのお土産ならそれでいいと思うわよ。たぶん彼なら無難で、間違いない物を勧めてくれると思うから」
「じゃあ、いいじゃない」
「はぁぁ。まだまだお子ちゃまね。その先生が本当によろこんでくれると思う?」
「うっ。そんなのわからないじゃない」
「そんなにお世話になった先生なら、レオンちゃんが心を込めて選ばなきゃ、だめ! 物より心がうれしいのよ。それがなんであってもね」
おおう。
「なあんて、歌劇団の監督さんがいつも言っていることだけどね」
「アデルさん。ありがとうございます。僕、がんばって選びます」
「うん。さすがは、わが弟!」
「なあに? おねえちゃん」
「あははは。ヨハンのことじゃないわよ」
†
祝賀会をしてもらった次の日。観光がてら王都の東区を馬車鉄道に乗ったり、ほっつき歩いたりして、いくつか土産品を買った。
寮に帰ってくると、管理人さんから支店へ行くようにと伝言を受け取った。
なんだろうと思って支店へ行くと、すぐダンカン叔父さんが会ってくれた。
「ああ、呼び出して悪いな。座ってくれ」
ソファーを示された。
何だろう。
叔父さんと差し迎えで座る。
「うん、レオンを王都に引き留めた件、奨学金の話だ」
「えっ」
そういうことだったんだ。
「突然で悪いが、明日ここへ行って、面接を受けてきてくれ」
上質の厚い紙を渡された。二つ折りになっている。
「奨学金審査通知状?」
金箔で文字が押されている。
「ラケーシス……財団」
下の方にそう書いてある。私設の奨学金を出してくれる団体のようだ。
手に取って開く。
レオン殿。
今般、当財団に奨学金申請がありました貴殿への審査を実施します。
つきましては、次の日時、場所にお越し願います。
あっ、合格証明書はここに送ったのか。
日時は、本当に明日だ、朝の10時。場所は北区東6番。ただし、財団より差し向けの馬車に乗られるように、か。
「いや。あの、ありがたい話ですが」
叔父さんの勝手で決められても。
「そうだな。こっちも見てくれ、兄さんからの手紙だ」
「あっ、はい」
父様の字だ。
えーと。
関係なさそうな文をどんどんとばしていき、要点を探す。あった。
もし、レオンが合格したら、同封の書簡を下記に詳細を記すラケーシス財団へ迅速に送ること。ただし、財団より返事があるまでは、レオンには伝えないこと。また、この書状を受け取り次第、本店へその旨返信すること。
これって、どう読んでも父様から叔父さんへの依頼というよりは、会頭から支店長へ、つまり部下への命令だ。
なんだこれ? 日付が10日前なんだが。まだ僕がエミリアの町に居る頃だ。
「父の指示だということはわかりましたが。でもどういった」
「さあ。私もよくわからないが。とにかく行ってきてくれ」
「わかりました」
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訂正履歴
2024/01/27 日数表記部分の間違い訂正(ID:361108さん ありがとうございます)
2024/04/22 誤字訂正(せとんくん(さん) ありがとうございます)
2024/07/14 誤字訂正( ルイナスさん ありがとうございます)